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火の影を踏む  作者: せん
第一章 欲行遠道迷
5/9

〈五〉

「本当に、食料だけで良いのですか」

 荷駄馬に最後の包みを括りつけながら、富賀が問う。しかし、小隊とはいえ、男ばかりが二百五十。人里離れる旅路では購うのにも苦労する。それを思えば、食料こそがこれから最も必要とされるものであるのも事実だ。

 臙脂色の旅装をまとった朱羅は、姿勢を正して富賀を見た。

「これだけあればしばらく保つ。貴重な食料を分けていただき感謝する」

 そう言って、彼は笑った。瞬間、自分に向けられたものではないのについ目を奪われる。この笑みを見ると、不思議と身を投げ出してでもついていきたくなってしまう。富賀も似たような感覚を覚えたらしく、数度瞬くとほっとしたように表情を緩めた。

「不思議なお人だ、あなたは」

 そう呟いた富賀に微笑みだけを返し、朱羅は馬にひらりと跨った。背後に控えていた八汰も、それに続く。

「では、」

 朱羅が馬の腹を蹴ろうとしたとき、富賀が声を上げた。何かを決心したように、眉が寄せられていた。

「朱羅殿」

「……どうなされた」

 馬のそばに近づくと、直ぐ側にいる八汰の耳でもようやく聞き取れる程度の声で、彼は囁いた。

「お耳に入れておくべきであろうことが」

「……何だ」

「家の者から聞いたのです。この戦を仕掛けた真雁のもとに何者かが訪れていたと」

 朱羅の目がすっと富賀を逸れた。思案を巡らすとき、彼は斜め下を見る癖がある。朱羅は、視線を富賀に戻した。

「教えてくれてありがとう」

「……御身お気をつけなされませ」

「ああ」

 掛け声とともに、朱羅は馬を走らせた。駆け出した彼を追って、八汰も馬の腹を蹴る。数騎の兵に少し遅れて荷駄馬が進む。結局、わずかな食料を受け取っただけで朱羅率いる小軍は奈志を去っていった。昼の草原に騎馬が連なる。富賀が、不安げにその背を見送っていた。



 食料を携えて帰ると、野営地ではすでに出立の準備が整っていた。都倶長子の率いる軍だというのに、彼らに与えられているのは最低限の物資と馬だったから、旅支度を整えるのは容易いことだったし、流浪の生活を何年も続けてきた彼らは、移動に慣れていた。

 秋の透明な日差しが、風に溶けていた。奈志は、都倶と元丹国領の境にあるごく小さな国であるが、北の遊牧国家加治とも僅かに国境を接していた。だからだろうか、加治には見渡す限り広がっていると聞く草原の香りが、ここまで届いているかのように感じた。

 馬を降りた朱羅は、帰還を喜ぶ兵たちを見回して腕を組んだ。

「そろそろ、都に帰ろうか」

 その言葉で、兵たちの顔に一斉に喜色が浮かぶ。前に帰ってからもう半年近く経つ。確かに頃合いといえば頃合いであった。しかし、王が征服を命じた部族はまだ幾つか残っている。これまでの遠征ではきっちりとすべてを従えてからしか帰ろうとしなかった朱羅にしては、奇妙な発言でもあった。不審に思う気持ちが顔に出ていたのだろう、朱羅は八汰を見ると数歩近寄ってそっと囁いた。

「富賀殿の話、聞こえていただろう? 今回の攻撃が真雁の短慮ではなく他人の入れ知恵によるものだとすれば、何者かが私達の遠征を邪魔しているとも考えられる。何かに巻き込まれる前に、一旦皆を休めたい」

「そうですね。食料は手に入りましたが、他の物資も調達したいですし」

「それに」

 朱羅は、前を見たまま虚空を睨んだ。

「何か、嫌な予感がするんだ」



 西日に向かうように、何刻も進んだ。鮮やかに染まった葉を、更に赤い光が透かす。咲き乱れる花のような紅葉の林を抜けて、ようやく野営地を張れそうな広い場所まで辿りつけた頃には、日はすっかり落ちていた。

  都までは早くてもあと十日はかかる。帰路についたとはいえ、旅はもう少し続くのだ。軽く食事をとり、各々身体を休める。八汰が異変を感じたのは、見張り以外が眠りについた頃だった。


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