〈四〉
「朱羅様! ようやくお帰りですか!」
松明の灯りが、煌々と宴を照らし出していた。酒や料理を片手に持ち、兵たちがほうぼうに座り込んでいる。朱羅がその中に分け入ると、その場は更に明るくなったように見える。口々に勝手なことを言いながら、酔った兵たちが朱羅の帰還に湧いていた。
「早く来ないと残りも飲んじゃいますよ!」
人波の中央で、海渡が笑いながら朱羅を呼んだ。顔をほころばせた朱羅は、兵の間をぬって進み、用意された敷物の上に座した。瞬く間に満たされた杯が彼に手渡され、それが空になる。揺れる灯りと笑い声の中で、朱羅はその明るい場にこそふさわしい人に思えた。そう思った途端居心地の悪さを感じ、そっと宴を離れる。
森と野営地の間の暗がりからは、灯りが遠く見えた。ここまできて、ようやくふっと息をつく。光からは、遠いほうが安心する。朱羅はどうして平気なのだろう。あのように暗い目をしておきながら、それが嘘だったかのようにあの灯りの中へと分け入っていける。自分にはできない芸当だった。暗闇にとらわれてから、自分はそこから出ようとしてきただろうか。
再びため息をついた。少し一人でいれば、この違和感も消えるだろう。のろのろと弓矢を手に取る。考えこんでしまいそうなときは、弓をひくと気がそれてよかった。
ほとんど何も見えない暗がりの中で、静かに矢をつがえる。宴の騒ぎに交じる、弱い風の音に耳を澄ませる。目の前の木を見据える。じわじわと闇に慣れはじめた目に、葉の一枚一枚がくっきりと映った。
葉の揺れる音が、波のように押し寄せてきた。風だ。一枚が散った。そう思った瞬間には、すでに矢は木の幹に突き立ち、葉を一枚、そこに縫い留めていた。
止めていた息を、そろりと吐き出す。そのとき、背後から声がした。
「相変わらず、見事だな」
振り向くと、灯りを背にして朱羅が立っていた。
「驚いたか?」
にやりと笑う主を見て、肩を落とす。
「おれの負けです。全然気づきませんでした。……そんなに気配消さなくたって良いのに」
「邪魔したくなかったんだ。でも、背後にも気をつけろよ。次気付かなかったら小突いてやる」
「宴は? いいのですか、また外して」
朱羅は手に持っていた酒瓶を傾けて杯を満たすと、黙ってこちらに差し出した。
「まあ飲め」
「……ありがとうございます」
断れるわけもなく、ぐいと飲み干す。なかなか強い。少し頭がくらりとした。
「美味いだろ」
杯を返すと、朱羅はそれをもう一度満たし、瞬く間に飲み干した。
「あんまり飲み過ぎないでくださいよね」
「八汰」
「何です?」
「初陣からもう六年だ。私ももうすぐ二十になる」
「もう、そんなに経つんですね」
「この六年で、何か変わっただろうか。私も、お前も、都倶も」
懐かしむような口調で、朱羅は言った。
「私はね、八汰。このまま今がずっと続けばいいのにと思っているんだ。……戦には、私の居場所がある」
「いいんですか? あなたは、都倶長子です。こんな小さな軍と、危険な遠征などより、もっと多くを得られたはずです……今からでも、」
「私が選んだんだ。この地位と、お前たちを」
朱羅は、ただ静かにこちらを見ていた。何もかも見透かすような瞳だった。どきりとすると同時に、奇妙な安堵も覚える。ためらいなく、まっすぐこう答えられる彼にならば、自分という人間をすべて預けてしまえる気がするのだ。しかし、それは一瞬の感情だった。自分には、すべきことがある。たとえこの人と道を違えるとわかっていても。
「だいぶ酔ったかな。無為な話をしてしまった」
朱羅は口の端をくいと上げ、ぽんと一つ手を叩いた。
「さあ、からかう相手もいないのではつまらん。一緒に戻って続きをやろうじゃないか」
こちらの応えも聞かず、朱羅は騒がしい灯りの方へと歩き出す。そして、一度だけ振り返って八汰を手招いた。
「早く」
弓を背負い直し、彼の隣を目指し駆け出す。
「はいはい、ただ今」