表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の影を踏む  作者: せん
第一章 欲行遠道迷
4/9

〈四〉

「朱羅様! ようやくお帰りですか!」

 松明の灯りが、煌々と宴を照らし出していた。酒や料理を片手に持ち、兵たちがほうぼうに座り込んでいる。朱羅がその中に分け入ると、その場は更に明るくなったように見える。口々に勝手なことを言いながら、酔った兵たちが朱羅の帰還に湧いていた。

「早く来ないと残りも飲んじゃいますよ!」

 人波の中央で、海渡みとが笑いながら朱羅を呼んだ。顔をほころばせた朱羅は、兵の間をぬって進み、用意された敷物の上に座した。瞬く間に満たされた杯が彼に手渡され、それが空になる。揺れる灯りと笑い声の中で、朱羅はその明るい場にこそふさわしい人に思えた。そう思った途端居心地の悪さを感じ、そっと宴を離れる。


 森と野営地の間の暗がりからは、灯りが遠く見えた。ここまできて、ようやくふっと息をつく。光からは、遠いほうが安心する。朱羅はどうして平気なのだろう。あのように暗い目をしておきながら、それが嘘だったかのようにあの灯りの中へと分け入っていける。自分にはできない芸当だった。暗闇にとらわれてから、自分はそこから出ようとしてきただろうか。

 再びため息をついた。少し一人でいれば、この違和感も消えるだろう。のろのろと弓矢を手に取る。考えこんでしまいそうなときは、弓をひくと気がそれてよかった。

 ほとんど何も見えない暗がりの中で、静かに矢をつがえる。宴の騒ぎに交じる、弱い風の音に耳を澄ませる。目の前の木を見据える。じわじわと闇に慣れはじめた目に、葉の一枚一枚がくっきりと映った。

 葉の揺れる音が、波のように押し寄せてきた。風だ。一枚が散った。そう思った瞬間には、すでに矢は木の幹に突き立ち、葉を一枚、そこに縫い留めていた。

 止めていた息を、そろりと吐き出す。そのとき、背後から声がした。

「相変わらず、見事だな」

 振り向くと、灯りを背にして朱羅が立っていた。

「驚いたか?」

 にやりと笑う主を見て、肩を落とす。

「おれの負けです。全然気づきませんでした。……そんなに気配消さなくたって良いのに」

「邪魔したくなかったんだ。でも、背後にも気をつけろよ。次気付かなかったら小突いてやる」

「宴は? いいのですか、また外して」

 朱羅は手に持っていた酒瓶を傾けて杯を満たすと、黙ってこちらに差し出した。

「まあ飲め」

「……ありがとうございます」

 断れるわけもなく、ぐいと飲み干す。なかなか強い。少し頭がくらりとした。

「美味いだろ」

 杯を返すと、朱羅はそれをもう一度満たし、瞬く間に飲み干した。

「あんまり飲み過ぎないでくださいよね」

「八汰」

「何です?」

「初陣からもう六年だ。私ももうすぐ二十になる」

「もう、そんなに経つんですね」

「この六年で、何か変わっただろうか。私も、お前も、都倶も」

 懐かしむような口調で、朱羅は言った。

「私はね、八汰。このまま今がずっと続けばいいのにと思っているんだ。……戦には、私の居場所がある」

「いいんですか? あなたは、都倶長子です。こんな小さな軍と、危険な遠征などより、もっと多くを得られたはずです……今からでも、」

「私が選んだんだ。この地位と、お前たちを」

 朱羅は、ただ静かにこちらを見ていた。何もかも見透かすような瞳だった。どきりとすると同時に、奇妙な安堵も覚える。ためらいなく、まっすぐこう答えられる彼にならば、自分という人間をすべて預けてしまえる気がするのだ。しかし、それは一瞬の感情だった。自分には、すべきことがある。たとえこの人と道を違えるとわかっていても。

「だいぶ酔ったかな。無為な話をしてしまった」

 朱羅は口の端をくいと上げ、ぽんと一つ手を叩いた。

「さあ、からかう相手もいないのではつまらん。一緒に戻って続きをやろうじゃないか」

 こちらの応えも聞かず、朱羅は騒がしい灯りの方へと歩き出す。そして、一度だけ振り返って八汰を手招いた。

「早く」

 弓を背負い直し、彼の隣を目指し駆け出す。

「はいはい、ただ今」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ