襲い、襲われ
《ギルティ・ストライカーズ》を開発したゲーム会社、《天辺エンターテイメント》のVR管理室。βテスト中の《ギルティ・ストライカーズ》のシステムを管理、調整するための部屋だ。
ゲーム内の状況こそ把握できており、新たに見つかったバグの対処も可能だが、その部屋は現在、本来の役割を半分も果たせていない。
βテスト当日に行われたハッキングは、管理者権限を始めとした、ゲームの中枢に当たるシステムの大半をこの部屋から奪い去った。
未だ犯人の特定には至らないが、ここまで綺麗にシステムを抜き取れる以上、内部犯、若しくは会社員に協力者がいるということは明らかだった。
この事態はプレイヤーにとっても悪夢だが、傍から傍観することしかできない職員たちにとっても悪夢以外何ものでもない。万が一にも死人が出るような事態となれば、自分たちの首が飛ぶくらいでは済まないだろう。
しかし能動的にゲームに関わる機能を喪失した現状では、彼らに出来るのは現在の進行度を確かめることくらいであった。
「課長、プレイヤーの全員が転職したようです。一日遅れでログインしたプレイヤーはマーダーとなりました」
「そうか……ハッキング元の特定は?」
「未だ判明せず。申し訳ありません」
予想していた通りだが、課長の口からため息がこぼれ出る。大企業にハッキングを仕掛けるだけのことはある、ということか。
首を振り、ゲーム内の状況確認に戻る。
「職業の内約はどうなっている?」
「2000人中、ウォーリアー524人、ガンナー218人、ファイター487人、アーチャー355人、オールラウンダー159人、ブラックスミス255人、マーダー2人です。なお、デバックのため試験プレイしているわが社の社員8名は数えていません」
「マーダーが二人……?」
「はい。自力で就職条件に気付いたプレイヤーが一人いるようです」
それはつまり、最低4人をPKした人がいるという事。本当のクリア方法を全く知らずにマーダーになった人間がいるという事。
「それは……喜ばしい事なのか?」
いや、きっとそうだろう。PKされることが唯一のゲームからの脱出手段であるならば、対人戦に特化した職業のプレイヤーは、大いに越したことはない。
だが……。
「いや、考えても仕方がない。解析班は引き続き、ハッキング元の特定とシステムの復旧に当たれ! 我々実動班は医療機関と連携し、精神を捕らわれた人々の搬送を早急に完了させる! 事態は常に一刻を争う、全員気を抜くなよ!」
「「「はいッ!」」」
マーダーがいる以上、既にPKは始まっている筈。しかし未だ目覚める人間がいないということは、黒幕の仕組んだ生死は、ゲーム終了時に決定するのだろうか? それとも、ゲーム終了時に清算か?
どちらにしろ、プレイヤー達が帰還する前に体が死んでしまうという事態を防ぐ。それが、今自分がしなければならないことだ。
課長は頭によぎる一抹の不安を振るい落とすように声を上げ、自身の作業を再開した。
◆◇◆◇◆◇
中央街から真北にある街、《ゲンブ》。円形の世界の最北部にある街で、周辺一帯は火山地帯である。火山近隣で採れる豊富な鉱物は、鍛冶屋NPCにもっていけば中々に質の良い武器・防具となるため、人気の高い街の一つだ。
ソウたち三人は道中でモンスターを倒しながらそこへ向かい、今はゲンブで昼食をとっている所だ。
「おーいソウ君、大丈夫?」
フライドポテトをつまみながら、スズランがソウに心配そうな声をかける。千夜も控えめに声をかけているが、反応はない。
二人の視線の先には疲れ果て、燃え尽きたアスリートのように俯くソウがいた。
(《マーダーホリック》がこんなにもダメスキルだったなんて……)
確かにマーダーは秀でた能力こそないが、数値的にはオールラウンダーと同じなのだ。足を引っ張らない程度には、と思っていた。
しかし、パーティを組んで戦うと、自分の弱さを否応なく痛感させられる。
二人に遠く及ばない火力、生粋の近接職たるファイター以下の防御力、壁役の側面もあるブラックスミスにやっと追いつく程度の敏捷性。クリティカルなど、望むべくもない。
モンスター戦では全くの役立たずどころか、仲間に迷惑をかける足手まといだった。
「いえ……自分が弱すぎたのがショックだっただけですから」
モンスター戦はできる限り控えねばならない。改めてそう思った。
現実世界並みの身体能力は、RPGの世界では全くの非力だった。女性であるスズランと千夜でさえ、ソウより良い動きをしていたし、息も全く切れていない。慣れもあるだろうが、やはり補正値による差は大きい。
「それより、今日中にウシトラに入るのですか? これを食べたら出発?」
だが、よいこともあった。思った以上にお金が稼げたのだ。大半がスズランや千夜が狩ったものだが、ひとまず少しは安心できる額までは稼いだ。これなら、しばらくは宿代や食事代には困らないだろう。
拠点を置くなら早くした方がいいと思ってそう発言したが、帰ってきたのは予想の斜め上の答えだった。
「ん? いや、ウシトラとあともう一つ、南東の街……《ヒツジサル》は初日から入れない状態にあるんだよ。なんか、ボスフィールドに不具合があるからって、今修整中。明日の午前7時に同時解放される……って、ゲーム開始一日目の午後に通知が来たじゃん」
「へ? あ、あぁ……すいません、忘れてました。あはは」
呆れ顔のスズランに笑って返したが、内心はかなり焦っていた。
マズった。自分には出遅れた一日分、つまりゲーム開始から十日間の情報が一切ない。ボロを出さないようにしなければ。
逃げるように視線を逸らすと、じっとこちらを見る千夜と目があう。
「な、何でしょう……?」
澄んだ瞳に凝視されつい敬語になる。嘘を見破ろうとするようにまっすぐな目に見つめられ、今の自分にはないはずの心臓の鼓動が一気に早くなるような感覚に陥る。
「別に、なんでも」
数秒の後、ふいっと千夜は目を逸らした。
(気づかれた? それに及ばずとも、不信感を抱かれたか……?)
「何見てんのよ?」
「あ、いえ、なんでもないです……」
怒られた。なんだか理不尽だと思いながらも、確かに女性をじろじろ見るのはいけないと、食事を再開する。
スズランは今の二人の様子を見てにこやかに笑っているが「何が面白いんですか?」と聞きたいのが、ソウの正直な感想だった。
実際は、千夜はただソウを見ていただけで、それ以上の意味はない。突然見つめ返されたため、テンパってぶっきらぼうになってしまっただけだ。
「ごめんねー、やっぱりちーちゃんちょっと慣れてないみたいだからさぁ」
「あ、はぁ」
「お姉ちゃんだまってて」
昨夜の千夜の超絶ハイテンションを知っているスズランとしては、妹が「あこがれの人と話をしてみたいけど素直になれない純情な少女」にしかみえない。笑いも出ようというものだ。
今夜は一杯いじってあげよう。そしたらきっとすごくかわいい。
昼食が終わり、二人はまた再びフィールドに繰り出したが、ソウは二人に断わって別行動させてもらうことにした。これ以上足を引っ張りたくないというのもあるが、第一はまだノルマが終わってないからだ。
このゲームには、約2000人のプレイヤーが閉じ込められている。それを現実世界での30日――ゲーム内においては、約300日以内にすべてPKしなければならない。2000を300で割ると、一日あたり6.666……つまり約7人PKしなければ間に合わないことになる。間に合わなかった時のことなど、想像もしたくない。
加えて、自分は現実世界で一日遅れでゲームを開始したため、既に10日をロスしている。つまり、約70人分後れを取っているという事だ。それは少しずつでも補っていかなければならない。
そして、10日遅れという事は、それだけ他のプレイヤーとの差も開いているという事。いずれはトッププレイヤーもPKしなければならないため、モンスターとちまちま戦闘して少しずつしか強くなれないというのは何とも歯がゆい。
しかし、ソウはスキルポイント面での心配は今のところは無いと考えている。スキルポイントは、プレイヤーを倒した場合でも手に入るからだ。
PKによって手に入るポイント量はまちまちだが、モンスターより多いことは確か。まだスキルが《マーダーホリック》しかないことを考えても、プレイヤーと闘ってポイントを稼ぐ方が楽だろう。
加えてプレイヤーを倒せば、防具や武器も手に入る。使わないものは換金できるし、モンスターとプレイヤーのどちらを相手取るのがいいかは明らかだ。
PK=殺人という認識さえなければ、今頃この世界ではPKが当たり前になっていたことだろう、とソウは思う。
事前情報から得た知識で、プレイヤーがあまりいなそうな狩場へ向かう。一撃で仕留められるような状況でもない限り、複数人との戦闘は避けて単独の相手を狙う方針だ。
間もなく、一人で剣を振るう男性を確認した。時折首を傾げながら手にした剣を振り回している所を見ると、どうやら新しく手に入れた武器を試している最中のようだ。
男に目の焦点を合わせ、プレイヤー名と職業、HPを確認する。HPは六割ほど、職業はウォーリアー。
……よし。
ソウは茂みに身を潜めながらその男の背後に回り、《アーリーブレイド》を構える。《三五式拳銃初期型》に片手を添え、いつでも抜き撃ちできるようにしておく。
男が身体の力を抜いて武器の状態を確認し始めた瞬間、地面を蹴って疾走。あと一歩で剣が届くところで気付かれたが、もう遅い。禄に力も入らないまま振られた剣を難なく避け、右手の剣を相手の喉に突き刺した。
「ッ――あっあああ!?」
突然の出来事に目を見開く男、突如として自分の喉に剣が突き刺さっているという状況に、ただ驚くしかない。一瞬破裂したように鮮血が飛び散り、刃が赤く染まる。
冷静になる暇を与えずに、《マーダーホリック》で急上昇した膂力でもって突き刺さった剣を力任せに斬り上げ、その勢いのまま袈裟懸けに一閃。
顔が真っ二つになり、肩から腰にかけての傷から大量のポリゴン片をまき散らしながら男が倒れる。急所への痛撃により、HPは既に三割を切っていた。
(ゲームには骨の概念が無いのか? 切りやすいから助かるけど)
そんなことを考えつつ、倒れたまま僅かに動く相手を二度三度と斬りつけてとどめを刺す。ポリゴンが消えた後に残ったのは、金と消費アイテム、一本の武器。
アイテムと金は自動回収され、ソウは残った武器を拾い上げる。
「薙刀か……どうするかな」
できれば相手が使っていた剣が欲しかったのだが、ドロップアイテムはランダムで決まるというものは、モンスターだろうがプレイヤーだろうが関係ないらしい。
奇襲をメインとしたいソウとしては、槍系の武器はあまり興味がない。換金するか、と考えながら、メニューを開きアイテムボックスに格納する。
ついでにポーチの回復薬などの残量も確認。特に足りないものは無い。スキルも確認し、覚えられるものにポイントを振っておく。
無事に仕事をこなし、気が緩んだ瞬間のことだった。
メニューを閉じると同時、背後からカサリという音が聞こえた。気付くのが遅れたと歯噛みしつつ、振り向きざまに剣を引き抜く。
目に飛び込むのは、剣を大上段に振りかぶる少年。刃渡り1メートル以上の大剣は、荘厳な装飾がその威力を物語っていた。
まずい。
急激に世界がスローモーションになったような感覚の中、ソウはすべての意識を少年の持つ大剣に集中する。弧を描く軌道を読み、自らの剣を即席の盾として構える。
一瞬の後、構えた剣に凄まじい衝撃が走った。
安価な片手剣で大剣の威力を受けきれるはずもなく、ソウの体は紙のように軽々しく吹き飛ばされる。
地面を転がりながら、意識を敵に向ける。いや、向けようとする。もちろん、揺れる視界では敵の姿は捉えられないが、敵が次にどんな行動をするかは簡単に予想できた。
地面を叩いて体を浮かせ、一瞬だけバランスが安定した間に地面を蹴って横に跳ぶ。何かが身体を掠める感触を確かめ、後退しながら立ち上がる。果たして、先ほどまでソウがいた場所には巨大な剣が突き刺さっていた。
体勢を整えたソウは改めてその中学生ほどの少年を見据え、そして思わず目を見開いた。
こちらを仕留め損ねたにも関わらずニヤニヤと嗤っているのは、昨夜スズランと千夜を襲った少年だったからだ。
お互いが動かないまま、数秒が過ぎる。
昨夜の襲撃の様子。そしてさきほどの接近の手堅さから、ソウは目の前の少年が日常的にPKを行っていると判断した。話し合いの余地はないだろうし、PKの現場を見られたかもしれない以上取り逃す訳にはいかない。
逃げる必要は……無い。実力では相手が上だろうが、こちらには《マーダーホリック》がある。
ソウは先手を取って動き出した。
この距離なら銃は使わない方がいい。一歩目から最大速で少年に肉薄し、躱されることを踏まえて喉元を狙う。避けられたが反撃の隙を与えず、二撃目、三撃目を繰り出す。
(大まかな能力値は僕と同じ……いや、少し上か。……え?)
《マーダーホリック》で大幅に増強されている自分と、全ての能力値で同等だと?
つばぜり合いからお互いを弾き、大きく間合いを開ける。少年の顔には未だ不快な笑みが浮かぶ。
嫌な予想が脳内を支配する。喉を詰まらすほどの鼓動を無視し、再び地面を蹴る。
だがその時、少年の手には小銃が握られていた。
「ねぇ、あんたもマーダーなんでしょ?」
乾いた銃声を認識すると同時、腹部に衝撃が走る。ゲーム補正のかかった、貫くようで軽い痛みを味わう。
装備していたのは大剣だったはずだ。通常のプレイヤーには、携帯していない武器をメニューも開かず瞬時に呼び出す手段はない。それに、奴は「あんたも」と言った。
確定だ。悪い予想というのは、得てして当たりやすいものらしい。
「ということは、君もマーダーか。今のは《スイッチ》だな」
「あたり。それじゃあ、そろそろ終わりにしようか」
再びの銃弾を横に跳んで避け、間合いを詰める。対モンスター戦とは全く違うスピードで肉薄するも、突き出した剣は大剣に弾かれる。
戦闘補助系スキル《スイッチ》。全ての武器を使えるという特性を持つオールラウンダーと、PKに特化しているという特性上、対モンスター用のスキルは殆どないという理由で、他の職業より圧倒的にスキルの少ないマーダーの持つスキルである。
手元にある武器を、アイテムボックスにあるものと瞬時に入れ替えることができるという、よく言えば臨機応変、悪く言えば器用貧乏なオールラウンダーを象徴するスキルだ。
ただし、相手の動揺を誘えるという点では、こと対人戦においてはかなり重要なスキルと言えよう。
大剣、小銃、様々な武器を切り替えて戦う少年に必死で食らいつく。相手の武器を見極めながら、隙を探し続ける。
少年が、ナイフ程の刃渡りの双剣を手に肉迫する。
(ここだッ!!)
その両手が振るわれるより先に、剣を手放した右手で掌底を放つ。意表を突かれ、少年の体勢が少しだけ崩れる。
「くっそ――!」
後ろへ跳ぼうとする相手に、銃倉に残るありったけの鉛玉をプレゼント。完全に体勢の崩れた少年は続くソウのタックルをまともに食らい、二人は地面に転がった。
転がりながらソウが叫ぶ。
「《スイッチ》!!」
裂帛の気合をシステムが音声認識し、それに呼応するスキルを発動させる。手中の銃が消え、代わりに逆手持ちの状態で薙刀が現れる。マウントポジションをとったソウは、それを全力で少年の胸に叩き込んだ。刃が少年を貫通し、地面に突き刺さる。
「いっ……たぁ……何? あんたも《スイッチ》使えたの?」
「……あぁ、今までは武器が無かったから使わなかったけど、ちょうどさっきこの薙刀を拾ったからな」
「へぇ、遺品だろ? 良心が痛んだりしないんだ?」
「これはゲームだ、気にする事は無いさ。傷は痛まないのか?」
「これはゲームだよ。セーブされた痛みなんて、気にする事も無い」
実はこのスキルを獲得したのもついさっきなのだが、それは言っても詮無いことだろう。
リアルならこの一撃で心臓を潰せていただろうが、この世界には内臓も骨も無い。しかし、痛みは他の箇所よりも激しいはずだ。
軽口を叩きながらも、ソウは少年を押さえつけることに、少年はソウの下から脱出することに全力を傾けている。胸に刺さる薙刀が、少年のHPを徐々に減らす。
マーダーvsマーダーの勝負では筋力補正値が同じが故、単純な力勝負では拮抗してしまう。が、上から押さえつけるのと下から押し上げるのとでは、どちらが有利かは言うまでもない。
「ちょっと大人しくしてくれないかな?」
「くっそ、装備は僕より数ランク下のくせに……っ」
力を入れなおし、互いのHPバーに目をやる。少年も自分も半分を下回っているが、一撃で削りきるのは無理だ。この体勢のまま、相手が倒れるまで堪え切れれば――――
――――ガサッ
「誰!?」
茂みで何かが動いた音に反応し、首だけを動かしてそちらを見る。モンスターならまだいいが、プレイヤー……この少年の仲間だったら最悪だ。逃げることすら難しくなる。
「あ、ソウ……と、え……?」
「千夜……ちゃん?」
考えうる中ではまだマシな部類か。いやしかし、とソウは内心で呻く。
多少なりとも知り合いである人物であったことはまだいいが、これは助けでもなんでもない。むしろ、PKの件がばれる可能性があることを考えると、一番来てほしくない人物だった。
(どうする!? PKするか? いやしかしそうするとスズランさんに怪しまれるし、しかし放っておくのも色々マズイ!)
驚き、目を白黒させる千夜。半ば思考停止に陥りつつも、機械的に少年を押さえつけるソウ。これから何が起こるのかと、自分のことなどお構いなしにニヤニヤする少年。
やっと口を開いたかと思えばまた閉じ、何を思ったのかソウと少年を見て顔を赤らめたりしていた千夜は、たっぷり20秒ほど後、ソウと少年が見守る中で口を開いた。
「あ、あの……ソウさん?」
千夜もPKするか、すべてを打ち明けるか、はたまたごまかすか。どれも成功しそうになく、判断は難しい。悩むソウから千夜は視線を逸らし、なぜか頬を赤らめた。
「そ、そーゆーことはさ……同意の上でやった方が……いいよ?」
……。
…………。
………………??
この子は何を言っているんだろう?
ゼロコンマ一秒にも満たない間に、脳が高速回転する。
いや、彼女の言わんとすることは分かる。分かるが、断じて理解したくはない!
「違う! そうじゃない、誤解だ!」
「大丈夫、私はそんなの気にしないよ! ……好みは、人それぞれだし……」
「絶対誤解してる! そんなのじゃない!」
「あと、外じゃなくて人目のつかないところでした方が……」
「わけが分からないよ! そうじゃないって!」
自分は断じてゲイではない。しかし、混乱した千夜は聞いているようで何も聞いていない。
「ご、ごめんね! なんか、邪魔しちゃったみたいで」
「だから君の想像しているような事態は微塵も起こっていない!!」
「隙ありぃっ!」
わたわたとパニックになる千夜を見て、ソウの頭もこんがらがってきた。
そしてソウの力が緩んだことを、少年が見逃すはずがなかった。地面に落としていた双剣の片割れをソウの顔面に投げつけ、払いのける隙を突いて腹に拳を叩き込む。引き抜いた薙刀を投げ捨てて距離を取る少年のHPは、既にレッドゾーンに突入している。
イ
「《スイッチ》、《トライバースト》!」
呼び出したハンドガンを構え、銃弾をソウに浴びせる。スキルで威力の上がった弾丸をまともに食らい、ソウのHPゲージも赤く染まる。
(マズい、武器の分あっちが有利だ!)
薙刀を《三五式拳銃初期型》に変え、ポーチから弾を補充。威嚇射撃を繰り返しつつ、落とした自分の剣を拾う。
が、それは悪手だった。
ソウが剣を手にするのとほぼ同時に少年が大剣を呼び出すのを見て、ソウは己の失策を悟る。
武器を取り戻したのはいいが、相手にも時間を与えてしまった。地力で劣る自分には、速攻にしか勝機は無いというのに!
「《イグニッション》!!」
「ぶっはぁ!!?」
「えっ?」
しかし、その刃がソウを捉えることはなかった。
少年の勝ち誇った顔に、横から拳がめり込んだのだ。今まさに振り下ろさんとされていた大剣が、吹き飛んで地面に刺さる。
拳を放ったのは、もちろん千夜だ。拳を引くと同時に少年の腹に横蹴りを食らわせた。吹き飛ぶ少年には見向きもせずに、ソウに駆け寄る。
「ソウ、大丈夫!? あ、あの人ってもしかして昨日の……!」
「だ、大丈夫です……」
仲間(と言っても昨日知り合ったのだが)が攻撃されているとはいえ、HPが赤の相手にためらいなく攻撃を仕掛けた千夜に驚きつつも、一先ず回復薬を飲み込む。顔を間近で見たことで、千夜もようやく目の前の相手が誰か気付いたようだった。
吹き飛ばされた少年も体勢を立て直し、回復薬を口にしていた。瓶を投げ捨てると二人を一瞥し、口を開く。
「なんかまた乱入されたし……いいよ。二人相手は面倒くさいから、また今度ね。僕はヒナワだ。あんたは?」
「……ソウだ」
「わかった。次は殺すから。じゃあね」
「あ、ちょっと待ちなさ……行っちゃった」
ヒナワと名乗った少年はそれだけ言うと、千夜の制止を無視して地面を蹴った。戦闘の疲れを感じさせない速度で走るその姿は茂みに紛れ、すぐに見えなくなる。
なぜ名を名乗るのかは分からないが、引いてくれたことはラッキーだった。スキルも装備も、ソウよりヒナワのほうがずっと上だろう。千夜と一緒に戦えば勝機はあるかもしれないが、彼女を危険な目には合わせたくはない。
何はともあれ……
「助かった……か。千夜、ありがとう」
回復薬を複数使い、安全圏までHPを回復させる。しかし、身体に残る緊張感は、まだしばらく抜けてくれそうになかった。
「ううん、PKされそうだったんだから、当然よ」
「だとしても、お礼は言わせてよ。あ、飲む?」
「え、あ、ありがとう……」
受け取った回復薬を飲もうかどうかと悩む千夜をぼんやり見ながら、先ほどの戦闘を振り返る。ヒナワは確かに強かった。装備もスキルも良かったし、何よりPKに対するためらいが一切感じられなかった。
(……強いな)
しかし、その動きはなんというか、拙さのようなものが見て取れた。動きは常に直線的、防戦より積極的に攻撃に回る、攻撃にはいくつかパターンがあるように感じる。経験を積めば、倒せない敵ではなさそうだ。だが、成長するのは相手も同じだろう。
問題なのは、トッププレイヤーと呼ばれる人たちは、恐らくあいつよりも強いだろうということだ。《マーダーホリック》頼みの戦法では、楽に倒せないだろうことは容易に想像できる。
相手の意表を突くような戦略も考えていく必要があると、静かに考えるソウだった。
「ねぇ、聞いていいかな?」
一人で考えにふけっていると、いつの間にか隣に座った千夜が微妙な顔をしながら聞いてきた。
なんだろう? PKに関わることなら慎重に誤魔化す必要があるが、どうもそうではないように見える。とりあえず、ソウは続きを促した。
「ソウさんってさ……ボーイズラブなの?」
――ブハッ!
予想だにしなかった質問に、思わず吹き出してしまう。いや、これは悪くない。僕は悪くない。こんな質問をする千夜が悪い。
でも、彼女がこの質問をする理由はわかる気がした。さっきの場面を見たからだろう。
「だ、だって中学生くらいの男の子を襲ってたから、もしかしたらそうじゃないのかなぁ……なんて思ったの!」
「襲ってない! むしろ襲われていたんだ!」
「え、そういうプレイ?」
「違うッ!!!」
どうも、この子は思い込みが激しいらしい。結局誤解を解くのには、別れてからのことを一つ一つ説明しなければならなかった。もちろんPKの話は飛ばさせてもらったが。
なんとか誤解が解けたころには、日が沈みかけていた。それでも千夜には多少の疑いがくすぶっているようで、ソウとしては大変居心地が悪かったが、これ以上は仕方がないと諦め、二人は《ゲンブ》の町に帰ってスズランと合流した。
千夜はスズランの顔を見るなり、顔を寄せて何やらひそひそと話し始める。
嫌な予感を覚えつつ見守るソウの前で、スズランは先程も見た気がする怪訝そうな顔になり、
「え? ソウ君って同性愛者なの? うそでしょ?」
「違います! ノーマルです!! 誤解です!!!」
夕食の前に、もう一度同じ話を繰り返す必要があるようだ。
結局、今後の作戦立案をしようとしていたソウの頭は、大変不本意な誤解を解くために夕食時にフル回転する羽目になってしまった。
明日は朝一番に《ウシトラ》の町に入るというのに、疲れは溜まる一方だ。安めのベッドに包まったソウは、即座に夢の世界へと引きずり込まれたのだった。