フレンド登録をしてみる
中央街のレストラン街の一角。イタリア料理店で、ソウはふたりの見た目麗しい女性と食事をしていた。
NPCが作る料理もなかなか美味しいものだと思うソウであったが、今は別の要件に脳の容量を割かれ、それもあまり楽しめずにいる。
要件とは何か?それはもちろん、
「じゃあ、今日就職したばかりなの? ゲーム開始から十日も経っているのに?」
「はい。でも、現実世界の時間では一日ですよ。時の流れは早いですね」
「何うまいこと言ってるの。それはゲーム上の仕様でしょ。この世界では時間の流れがリアルの十倍だって、運営さんが言ってたじゃない。じゃあ、それまで何をしてたの? 散歩?」
「まぁ、そんなところです」
……会話が辛い。それに尽きる。
絶えることなくこちらに話しかけてくるメガネのお姉さん、スズランの質問に、適当に……かつ、失礼の無いように答えていく。
「えぇ」や「はい」といった短い相槌に加え、具体的な質問には最短の回答を返す。時々小さく笑ったりして、感情を表に出していけば完璧だ。
だが、内心はガチガチに緊張していた。こちとら、同年代の女子となどろくに話したこともないのである。ここ一年程は、受験勉強に追われて街に繰り出すこともなかったのだからなおさらだ。
加えて、目の前にいるのはなかなかお目にかかれないレベルの美人さん二人組。これが緊張せずにいられようか。
一つの質問に答えを返すのでさえ、限りなく神経を使う。まだこの店に着いてからそれ程時間は経っていないが、正直もうクタクタだ。
しかし、何かしらの情報を得られる可能性がある以上、まだこの二人と別れる訳にはいかない。スパゲッティもまだ残ってるし。
「でも、もう現実では一日たってるのかー。いや、『まだ』って言ったほうがいいかな?」
「すごい技術ですよね、ベータテスト期間は30日。つまり、ゲームの世界では300日」
「それまでにゲームクリアをしないといけないんだよねぇ……じゃないと、みんな死んじゃうって……」
タイムリミットがあることは、資料にも書かれていた。普通に考えても、ベータテスト期間いっぱいがタイムリミットだろうということはわかる。
つまり、この世界における300日以内に全てのプレイヤーをPKしなければならない。一日のノルマを考えると、思わず脱力して椅子に沈み込みたくなった。
暗くなった空気を振り払うようにして、スズランは明るい声を上げる。
「ソウ君は、どこかのギルドに入ってたりするの?」
「いえ、まだ未所属です」
「じゃあ、いつもはフレンドと一緒にフィールドに行ってるのかな?」
グサッと、心になにかが刺さる音が聞こえた気がした。
曖昧な笑顔を作り「いえ……」と小さくかぶりを振る。
「え!? もう十日も経ってるのに!?」
グサグサッ。
ちょっとふらつきそうだった。なんとか耐える。大丈夫だ、問題ない。フレンドはいなかったわけではない。PKしちゃっただけだ。
(あれ、カリヤとはフレンド登録してたっけ……?)
これは断じて涙ではない。心の汗だ。そうだったらそうなのだ。
っていうか、好きで一人でいるだけだし。一人でいて何が悪いんだよ。孤高ってカッコ良いじゃん。一匹狼でもいいじゃん!
…………僕はいったい誰に言い訳しているんだろう?
「お姉ちゃん……」
先程まで黙っていたソウと同い年と思われる女子が、諌めるようにため息を吐く。
「あぁ、ごめんごめん。じゃあ私たちとフレンド登録しよっか? よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
メニューを展開し、手続きを済ませる。フレンドリストに「スズラン」という名前が追加されるのを見て、不覚にもにやけそうになる顔を引き締めた。
何も嬉しくないし。これはお情けのアレだし。わかってるし。
「ほら、ちーちゃんも」
「うん……よろしくお願いします」
「こちらこそ」
小さな声に、お辞儀をして返す。が、すぐに目を逸らされてしまう。会話にもあまり参加しないし、名前すら先程スズランから聞いた。
(僕、嫌われたかな? 何も悪いことはしてないと思うけど……)
スズランの妹だと紹介されたちーちゃんこと千夜は、出会った時からあまり喋らなかった。ソウを避けているように見えるが、全く無視しているというわけでもない。時々こちらを見ては、すぐに目をそらす。ずっとその繰り返しだ。
「ごめんねー。ちーちゃん、かなりの人見知りなの。初対面の人とは、あんまりしゃべれないんだよね」
「お、お姉ちゃん……!」
「あ、そうなんですか。じゃあ僕と一緒ですね。僕も結構人見知りなんです」
「へー以外。でも、こうやって私と喋っているじゃない」
「僕も自分に驚いていますよ」
本心だが、スズランは本当だと受け取っていない。ころころ笑いながら、次々に話題を投げていく。
職業、スキル、武器や防具などなど、話題が尽きることはなかった。
「スズランさんはブラックスミスなんですか。確か、唯一の武器生産職でしたっけ?」
「違うよー。武器生産はβ版では実装されてないみたい。武器強化スキルはあるけどね」
「それはまた……なんでですか?」
「それがね、なんだか調整中とからしいよ。まぁこんなことになっちゃったし、製品版がでることなんてないだろうから、実際に生産職としてのお仕事は出来ず終いだろうなー。残念」
また一つ、知らなかった情報を得た。資料には生産職と書かれていたブラックスミスだが、どうやら実際は戦闘職に統合されているようだ。
モニターしてるならそこまで説明しておいてくださいよと、ソウは現実世界の浜風に届かぬ念を飛ばした。
「そうだったんですか……知らなかった。なら、なぜスズランさんはブラックスミスに?」
「生産はできなくても、ブラックスミスにはブラックスミスの特色があるしね。そこら辺は、パーティを組んだときにでもゆっくり教えてあげるよ」
「楽しみにしてます。しかし、そのハンマーは重たくないんですか?」
「うーん、重たくないってことはないし、結構大変だね。たまに、引っ張られて転んだりしちゃうし。それも楽しいんだけどねー」
「だから、一緒に軽量級の近接戦闘職やろうって言ったのに。お姉ちゃん、全然聞いてくれないんだもん……」
珍しく千夜が口を挟んできたので、話を振ってみる。
「千夜……さん? は近接職を?」
「へ? あ、うん。……えっと、ファイターやってます」
声をかけられた千夜は若干あたふたしながら、ファイターの適正武器である腕輪を見せる。
武器を持っていないから予想はしていたが、彼女がファイターを選んだというのは意外だった。見たところ、格闘技の経験があるようにも見えない。
人見知りをする女の子には、言っては悪いが、合わないのではないかと思った。
「千夜さんは、なぜファイターに?」
「……特に理由はありません。ただ、武器を使って戦うのは、ちょっと苦手かなって、そう思っただけです」
「ちーちゃんはね、不器用なんだよ。可愛いくらいのドジッ娘なの。あと、ソウくんも“ちーちゃん”って読んであげて。“千夜さん”なんて他人行儀すぎるよ」
(実際他人なんですけど……)
思ったが、とても口にはできない。どう返していいか分からずに視線を千夜に戻すと、千夜はフォークを持ったまま固まっていた。
口を魚のようにパクパクさせていたかと思うと、顔がみるみる赤くなっていく。
「そ、そそそそそんなのお姉ちゃんが決めていいことじゃないでしょ! いきなりそんなあだ名で呼べるはずないじゃない! あと、ドジッ娘って言わないで! ドジじゃないもん!」
「はいはいちーちゃん、顔が真っ赤だよ? かわいーなー」
「うるさいバカぁ!」
「ちーちゃんは本当にかわいいなーうりうりー」
「頭撫でるなーッ!!」
周りのことなどお構いなしに叫ぶ千夜だが、スズランには軽く受け流されている。っていうか、見てるこっちが恥ずかしいんですけど。一応、他人の目があるのに。
けれど、誰だって出会って間もない他人から、あだ名で呼ばれるのは気が引けることだ。それが異性からともなれば、気恥ずかしさも倍増だろう。
もちろん、友達はいるけどぼっちのソウだって、そこらへんの人の気持ちはきちんと心得ている。いきなりあだ名で呼んだりなんかしない。
「じゃあ……千夜、と呼んでいいですか?」
「い、いいですよ……もう」
顔を真っ赤にして頬をふくらませた千夜は、それっきりソウと目を合わすことはなかった。
◆◇◆◇◆◇
この一歩は人類にとっては小さな一歩だが、ぼっちにとっては大きな一歩である。
(いや、別に僕、ぼっちじゃないけど。友達いるし、ひとりでいることのほうが好きってだけだし)
人見知りせず、自然に他人と話せたのは自分でも意外だった。そう考えながら、ベッドに横になる。
灯りを消したホテルの一室で頭に浮かぶのは、先程別れたスズランと千夜のこと。せっかくフレンドになったのだから、もう一度は会いたいと思った。
会ってどうするのかと聞かれれば、
「いつPKしようか……」
殺す他に、することもないだろう。
とは言え、流石に人目につくところでは殺せない。それに、二人同時に相手して、返り討ちにあったら元も子もない。
「……いや、だったらPKしないほうがいいか?」
そう考えると、後先考えずにPKに走るのも得策ではないかもしれない。
他のプレイヤーとのパイプを作るためにも、『普通のプレイヤー』を演じるためにも、フレンドは多いに越したことはない。
「……よし、やめよう。あの人たちはPKしない。まだ、ね」
せっかくできたフレンドだ、今後のスケジュールのための情報源として活用させて頂くとしよう。
ひとまず考えをまとめたソウは、毛布を被って目を閉じた。ベッドもないような安宿に泊まらずに済んだのも、二人が夕食を奢ってくれたおかげだ。今度会ったら、改めてお礼を言おうと思った。
思ったより疲れていたようで、ソウの意識は一気に遠のいていった。
◆◇◆◇◆◇
翌朝、無機質なアラームの音で目を覚ます。爽快な目覚めとは言い難いが、音楽の類は残念ながら実装されていない。
ベッドから体を起こし、寝ぼけ眼で辺りを見渡す。見慣れない部屋。バーチャル世界のホテルの一室だ。
視界の端に封筒型のアイコンが光っている。新しいメッセージだ。差出人はスズランとある。
「ん……スズランさんから……?」
ぼーっとした頭で内容を確認する。要約すると、『朝7時に中央街の北門に集合』とのこと。文面から察するに、半ば強制参加らしい。
内容を確認し、準備をしようとして手が止まる。目に入ったのはメニュー画面端のデジタル時計。
現在時刻、6時55分。
「え? ちょ、待……え? ……………………はあああああああああぁぁッ!?」
部屋を飛び出し、玄関を出て猛ダッシュ。チェックアウトだとか髪のセットだとか、そういった面倒事が不要なこの世界のシステムに感謝しつつ、まだ人がまばらな大通りを駆け抜ける。
このメール来たのはいつだ? 昨日、寝るときにはなかったはずだ。なら朝か? だとしたら集合時間が早すぎる! そもそも、あんな夜遅くか、若しくは朝早くにメール送る方が失礼だ! 遅れても僕は悪くない!
「……じゃあ、ゆっくりでもいいじゃないか」
走りながら考えた末に、ソウはこう結論づけた。
しかし、自分は悪くなくても他人はそう思ってくれないのが社会の道理。足を緩めることは許されない。っていうか、女性を待たせるとか最低だ。僕は最低になんかなりたくない。
数分の全力疾走の後、ソウは早朝からフィールドに繰り出そうという血気盛んなプレイヤー達が集まりつつある大門の前に到着した。門の前の広場に、見覚えのある姿を見つける。
「ッハァ! ……ハァ……すみません。ハァ……遅れました」
「いいよいいよ。急に呼び出した私たちが悪いんだし。気にしないで」
若干息を切らせながら話しかけたソウに、昨夜と同じような人の良い笑顔を見せるスズラン。だが、その顔にはなぜか疲労の色が浮き出ていた。
「スズランさん、お疲れですか?」
「ん? んー……ちょっと寝不足かな? ね、ちーちゃん?」
「……別に」
その横でぶっきらぼうに答える千夜のまぶたも重そうだ。そっぽを向いたまま、ソウをチラっと見ただけで、すぐにスズランの陰に隠れてしまう。
まあ、それにももう慣れた。悲しいことだが。
「それで、どうして僕を呼んだのですか?」
こんなに朝早くに昨日知り合ったばかりの人間。しかも異性を呼び出すのだ。なにか用事があるのだろう。
いや、用事がなかったらこちらが困る。朝早くから全力疾走したのが全くの無駄骨になってしまう。
「えっと、これから私たちは北東にある街、ウシトラに行って、家を一軒買おうと思うの。そこまで大きくない街だから、安いのがあるかもしれないからね。……ついて来てくれない?」
「なるほど、なぜ呼び出されたかは分かりました……しかし、僕が同行する理由は?」
決して安くはないが、それぞれの街に存在する空き家はプレイヤーが買い取って自分の家として使うことができる。中身は好きにカスタムできるし、もちろん宿泊費などはない。
しかし、この周辺のめぼしい建築物は、殆どがギルドや有力なプレイヤーによって買占められている。そこで、そのウシトラという街まで、良さげな物件を探しに行こうというのだろう。
早朝に出発するのは、差し詰めこれからの出費に備えて、少しでもモンスターから軍資金を稼ごうとしているのだろう、とソウは当たりをつけた。
しかし、それだけで昨日知り合ったばかりの、しかも転職したばかりの初心者に同行を頼むだろうか? 見たところ、この二人ならその街までの道のりも、危なげなく踏破できるだろう。
「それはねー…………言っていい、ちーちゃん?」
「絶対言わないで!」
「ごめんねー、ダメだって。まぁ、道中の護衛ってことで、お願いできない?」
「はぁ、構いませんが……」
スズランの問いかけに、顔を真っ赤にして反応したのは千夜。「言ったら殺す」と言外に語る釣り目に、スズランは柔和に微笑んで頷いた。
次いで、所在無げに立つソウへと射殺さんばかりの視線が飛ぶ。
絶対に聞きません、肝に銘じます。だからそんな目で睨まないでください。
「ホントにごめんね、都合も聞かずに朝早くから呼び出したりして」
「気にしないでください。見目麗しい女性二人の護衛を任せていただけて、光栄です」
スラスラと、当たり障りのない文章を述べる。自分のことは気にしなくていいのは本当だが、その後は方便だ。恐れ多いと思いこそすれど、嬉しいとは思わない。
それに安物件狙いとは言え、まだゲームが開始されてからそう経たないのに、もうそれだけの資金を集めるほどなのだから、スキルもそれなりに揃っているだろう。
下手をすれば、こちらが護衛されるほうになりかねない。
精々足手まといにならぬように頑張ろうと、ソウは密かに誓う。
自分にも、女の子に守られる訳にはいかないと思うくらいには、男としての矜持というものがあるのだ。
「あら、お上手。そう言ってくれると私も嬉しいわ。それじゃあしゅっぱーつ!」
それにPKも急務だが、手持ちのスキルが心許ない現状ではそれも難しい。マーダーということを隠しての戦闘に慣れるまで、スズランや千夜と一緒に行動し、スキルレベルを上げるのが良策だろう。
一行はスズランを先頭に、北東にあるウシトラを目指して歩き出した。
◆◇◆◇◆◇
ソウとスズラン、千夜が出会った日の夜。中央街のとあるホテルの一室。
時刻は夜中の1時。スズランとしては明日のためにそろそろ寝たいところだが、妹の千夜がそれを許さない。
「急に飛び出してたときはびっくりしたけど、あの人かっこよかったねー!」
「うん、そうだね。でももう眠――」
「私たち二人で全然歯が立たなかったあいつを、すぐに追っ払ってくれたんだもん! 片手に剣、片手に銃っていう戦闘方法も独特だしさ!」
「あのね、ちーちゃん、もう1時――」
「明日、また会えるんだよね! お姉ちゃん、ちゃんとメール送ってくれた?」
「送ったよ、だからもう寝よう?」
口が開けば止まらない。ずっとこの調子で喋り続ける千夜の頬はピンク色に色付き、時々枕を抱えてはひとりでじたばたしている。
本人は楽しいだろうが、こう夜遅くまで睡眠時間を削ってまで付き合わされると、さすがに疲れるというものだ。確かにそうはちょっとかっこよかったが、妹がここまでフィーバーするとは思わなかった。
少し前までは、明日からウシトラへ行くのにソウを誘うかどうかという議論。誘うと決まったら、どんなメールを打てばいいのかの議論。それが終わってからは、ひたすら千夜の話を延々と聞かされ続けている。
議論といっても、大半は千夜が喋ってスズランは頷くだけ。メールにしたって、いつまでも終わらなそうな千夜の葛藤にしびれを切らして、スズランが送った。
これまで色恋沙汰を経験せずに育った反動か、千夜のフィーバーっぷりは姉のスズランですら引き気味なほど。
でも、この状態が続くのは二人っきりの時だけ。人前では、やっぱり無愛想な娘に戻ってしまう。
今日の夕食の風景を思い出しながら、スズランはため息を一つ。千夜の人見知りが直り、もうちょっと他人に対しても素直になればいいのに……と、心から思うのだった。
ま、ちーちゃんがすっごく可愛くなったからいいけどね♪
恋する乙女は美しい。枕を抱えて頬を上気させ、目を輝かせてソウの事を語る千夜の姿は、姉としての贔屓目を抜きにしてもかなり魅力的に見えた。
可愛い。さすがは私の妹。いつもの五割増しで可愛い。
でも、そろそろ寝かせて欲しい。お姉ちゃんも限界が近いのです。