マーダー≠ハンター
街を覆う空はすでに茜色。フィールドから帰ってくるプレイヤーもだんだんと増えてきて、街は昼間以上の賑わいを見せる。
ようやく安全地帯に戻れたことに安堵しつつ石畳の道を歩き、NPCが経営する武器屋に入る。
PKしたプレイヤーからドロップした装備や必要ないアイテム、初期装備を全て売り払う。そこそこの値段になったので、換金したお金で装備を買おうとした……のだが、
(……銃の種類、色々ありすぎだろ。どれがいいんだよ……)
予想していた以上に、武器の種類は多かった。正確には銃の、だが。
ソウは銃を一丁と、剣一振りを基本装備にする予定だった。剣は値段と大きさが自分に合いそうなものを選べば良かったが、銃はどれにすればいいのかよく分からない。
回転式と自動式。オートとセミオート。シングルアクション、ダブルアクション。「無駄に」と頭に付けたくなる程に、様々な形状の銃が目の前に並んでいる。
(ガンナーがアーチャーやウォーリアーに比べて少ないって浜風さんは言ってたけど、絶対このせいだろうな……)
ガンマニアな方々にとっては嬉しいことなのだろうが、正直言って、運営は要らないところに力を注いでいるように思えた。シンプル・イズ・ザ・ベストという言葉を知らないのだろうか?
結局、ソウは自動式拳銃《三五式拳銃初期型》、近接戦闘用の剣をNPCから購入。追加で拳銃用の《通常弾Lv.1》と《通常弾Lv.2》、そしてマガジンと拳銃用のホルスターを買い、回復薬も補充した。
「またのお越しをお待ちしております」
NPCの挨拶を背に、店から出る。
決して安くない買い物だったが、それでも欲しいものを買えたという充実感はある。しかも、男のロマンたる銃と剣だ。これが興奮せずにいられようか。
意味もなく銃のグリップを握ってみたりしつつ、街の中央を目指す。
早くこの銃と剣を使ってみたいものだが、我慢だ。まずは宿をとり、改めてメニューの銃の取扱説明を熟読するのが先だろう。
初期装備の銃はモデルガンのようなものだったが、今装備している《三五式拳銃初期型》は本物の銃だ。腰のホルスターの僅かな重みが、やけに頼もしく思える。
しかし次の瞬間、ソウはとあることに気付いて一気に青ざめることになる。
(……あれ、金まだあったか? 今夜の宿の分?)
嫌な予感をひしひしと感じつつ、ステータスウインドウから所持金を確認する。
「……残金、320ロン……」
少ない。少なすぎる。……いや、少ないのか? 宿泊代、夕食代、明日の朝食代を考えると……。
「……間違いなく足りない」
相場は知らないが、確実に少ないことは分かった。
このままのお金では泊まることはできても、夕食と明日の朝食を諦めざるを得ない。今でも少し空腹感を憶えているので、このまま何も食べないと、本当に動けなくなりそうだ。
思考の鋭敏さがそのまま動きの精彩に繋がり、三大欲求に数えられる食欲、睡眠欲までもを忠実に再現しているこの世界において、空腹のまま行動するのはできる限り避けたい。
しばしの逡巡の後、ソウはため息をついて踵を返した。
「仕方ない。今からフィールド行って、試し撃ちするかな……ハァ」
夜になれば、当然周りが見えづらくなる。そんな状態で新しい武器を使うのは嫌だったが、もう売れるものも持っていない以上、背に腹は代えられない。
がっくりと肩を落とし、来た道を引き返す。お金がなければ何もできないのは、現実でもゲームでも同じ。世知辛い世の中に嘆くソウだった。
◆◇◆◇◆◇
日が傾き、薄暗くなった森の中では弾丸の行方を追いづらい。イノシシ型のモンスター《ドレッドボア》に向けて引き金を引くが、思うようにHPが減らない。頭を狙っているつもりなのだが、弾道が逸れているようだ。
こうも見えづらい上に激しく動く相手では、照準をつけるのにも苦労する。
「あぁもう、こんなことだったら銃買うのは明日にしとけばよかった!」
始めは戦闘が純粋に楽しかったが、こうも弾が狙った場所に当たらないと、苛立ちばかりが募っていく。
ドレッドボアの攻撃手段は突進のみ。避けることは簡単だから、倒すことが難しいわけではない。
突進を半身で避け、頭を狙って打つ。が、弾丸はまたしても外れて横にある木に当たった。
――ブチッ……と、頭の中で何かが切れる音がした。銃をホルスターに戻し、背中の鞘から剣を引き抜く。
「ああああ――っ! さっさと死ねよ! 鬱陶しいんだよっ!!」
引き抜いた勢いのまま、首元めがけて剣を振るう。真っ赤な血のエフェクトが飛び散って、地面を赤く染める。生物にとって首は急所だ。どうやら、それはゲームの中でも変わらないらしい。
柄を両手で掴み、渾身の力で剣を押し込む。既に3割を切っていた敵のHPがみるみる減っていき、攻撃に移る間もなく0になった。
「ハァ、ハァ……」
動きを止めた敵の体が消滅し、ソウはアイテムと幾ばくかのスキルポイントを得る。
RPGなんて、大概こんなものだ。序盤は大して楽しくない。レベルがある程度上がってからが面白いのだ。《ギルティ・ストライカーズ》はスキルポイント制なので、正確には『スキルレベルが上がってからが面白い』だが。
「スキルはないし、職業補正値なんて……どうしてこうなんだか。弱すぎじゃないか、マーダー?」
一息ついて改めて自分のステータスを確認したソウは、思わず顔をしかめる。
補正値とは文字通り、現実世界における身体能力をシステム側がどの程度補助するか、数的に表した値のことだ。筋力や敏捷など、5つの項目毎に5段階の数値が存在し、その振り分けは職業毎に異なる。
「……オール3って、器用貧乏じゃないか」
マーダーに与えられた補正値は、5項目全てが平均の3。隙の無いステータスといえば聞こえはいいが、体感的には『現実世界より少しばかり強くなっただけ』であり、ゲームをしているという感覚は薄い。
戦闘職の一つであるオールラウンダー――そう言えば、秋水が自分はオールラウンダーだと言っていた――の補正値もオール3だが、あちらには他にはない多彩なスキルという特色がある。
一方のこちらはと言えば、唯一のパッシブスキル《マーダーホリック》のおかげで、モンスター戦では更に能力が低くなる。明言はされていないがおそらくはオール1、悪ければオール0もあり得る。
いくら一般に秘された、対人特価の職業とは言え、もう少しくらいマシな能力にはできなかったのかと思わずにはいられない。
とはいえ、ソウはゲームを楽しむために《ギルティー・ストライカーズ》をプレイしているのではない。全プレイヤーをPKするためにプレイしているのだ。遊びにかまける暇など無い。
気を引き締め、再び現れたモンスターに体を向ける。
今必要なのは、お金とスキルポイントだ。
◆◇◆◇◆◇
太陽が完全に落ちた。木の枝が月の光を遮り、森は影の世界と化す。
ポリゴン片となったモンスターの僅かな光がなくなると、今更ながら光が足りないことに気付く。
なけなしの所持金で購入した、携帯ランプのスイッチを入れる。暗闇の森の中に、ボウっと柔らかな光が満ちる。モンスターを引き寄せないよう、光量は最小限に設定する。
メニューから時間を見ると、20時を回っていた。倒したモンスターは、猪型を二体と兎型を一体のみ。どう考えても疲労につりあった戦果とは言えない。
「さすがに弱すぎる! なんで雑魚モンスターにこんな苦労しなきゃならないんだ!」
浜風に渡されたマニュアルからモンスターでは苦労するだろうとは予想していたが、これ程とは思わなかった。一番弱い地域のモンスター相手ですらこんな調子だ。無職の方がモンスター戦では強かったとすら思える。
地面にヘタリ込み、疲れと苛立ち、その他もろもろのぶつけようのない感情を息と一緒に吐き出す。まだゲームを始めて一日目だが、最終目標を考えると、早くも挫折しそうになる。
しばらく休んで呼吸を落ち着かせ、ソウは町に戻るために歩き出した。目標金額には達成できていないが、これからの労力を考えると、とてもモンスターを狩り続ける気にはなれなかった。夕食くらいは食べられるだろう。
疲れた。腹も減った。早く街に帰ろう。
すると、視界の端に動く光をとらえた。即座にランプを消してさっと身をかがめ、その光を注視する。一、二、三……。
あんな光を出すモンスターはこのエリアにはいない。となると、プレイヤーだ。
ソウはゆっくりと、気づかれないようにその光に近づく。
思うように狩りができなかったのは癪だが、運良くプレイヤーを見つけられた。一度に三人を相手するのは辛いが、草陰から隠れながら狙撃すればいい。それでダメだったら、今度こそ諦めよう。
そう考えつつ、更に光へと忍び寄っていく。次第に剣戟の音が聞こえ出した。
だが、ついにはっきりとプレイヤーが見えるまでに近づいたソウが見たのは、モンスターを狩るプレイヤーの姿ではなかった。
二人と一人が向き合うように立ち、戦っている。一人はソウより年下の少年で、対する二人は女性だった。
いや、違う。
戦っているのではない。少年が、女性二人を襲っているのだ。振るう剣からは、明確な殺意がにじみ出ている。女性プレイヤーはなんとか逃げ出そうとするが、纏わりつくような少年の動きがそれを許さない。
相手の動きを読み、逃げ道を塞ぎ、剣を振るう。その剣筋は一気呵成と言うよりも、相手をひたすらに嬲り、いたぶっているかのようだった。
「なんだよ……なんだよ、これ」
しかもその少年は、笑っていた。剣先が相手を掠めHPを削るたびに顔は喜びの色に染まり、動きが更に加速する。
どこからどう見ても、PKを楽しんでいるとしか思えない表情だ。
「――――ッ!!」
腹の底から沸く感情が、ソウの身体を突き動かした。
左手に《三五式拳銃初期型》を構え、右手で《アーリーブレイド》を抜いて、潜んでいた木陰から一直線に少年へ向かって走る。
突然の乱入に三人が驚いている隙に、少年へ向けて続けざまに発砲。少年はバックステップで避け、ソウから距離を取る。
少年と二人の間に立ち、銃を投げ捨て剣を両手で構える。
長いか短いかわからない沈黙を打ち破ったのは、少年だった。一転してつまらなそうな顔になり、こちらに背を向ける。
「ちぇっ、乱入とかマナー違反だろ。ふざけんなよなぁ」
確かに他人の戦闘中に乱入するのはマナー違反だが、それ以上のタブーであるPKをしている人間が言えることではない。
こちらへの興味を失ったように一人でブツブツ言いながら、少年は森の中に去っていった。
本来なら、ここで乱入するより放っておいたほうがよかったのかもしれない。PKされればゲームから脱出できるのだから、この世界でPKはむしろ推奨するべきものだ。
だが、理性よりソウの感情がそれを許さなかった。
ソウと秋水以外のプレイヤーは、PKされることは現実の死と同義と知らされている。つまり、あの少年は純粋に殺人を楽しんでいたのだ。
結果的に人を救うことになるとはいえ、殺人を楽しむなんて狂気を許すことはできない。
やっていいのは、僕だけだ。
「あ、あの……ありがとうございます」
「は、はぃ!?」
ふぅ、と肩の力を抜いた直後に声をかけられたものだから、思わず情けない声を出してしまう。
わたわたしながら振り向くと、果たして先ほどの女性が二人いた。
一人はソウより年上で、赤いフレームの眼鏡が印象的な女性。知的な雰囲気と手に持つ大槌が、なんだかミスマッチだ。
もう一人は、おそらくソウと同じくらいの年頃。茶色がかった髪を、後頭部でひとつにまとめてポニーテールにしている。相方の背に隠れつつ、気の強そうな釣り目でこちらを睨んでいた。
眼鏡の女性が、体を直角に曲げて頭を下げる。
「ありがとうございます。PKされそうなところを、本当にありがとうございます!」
「い、いえいえ。見過ごせなかったので……」
頭を上げた女性に、自分の持ち得る数少ないコミュニケーションスキルを総動員して対応する。
くそう。背が高い。負けた。
自分の165cmという身長が恨めしい。などと、どうでもいいことを考えてしまう。
「ほら、千夜ちゃんも」
「あ、ありがとう……ございます」
おずおずと頭を下げるポニーテールの女性を見て、
(よかった。僕のほうが高い)
やはり、余計なことばかりに頭が行く。
「あ、私はスズランと申します。あの、お礼もしたいので、これから一緒に夕食でもどうですか?」
眼鏡の女性が、そう提案してくる。初対面でいきなり食事なんて……と思ったが、自分の懐事情を考えると、断る理由も見つからない。いやしかし……
友人(特に女性)の少ないものの性か、混乱しつつ考え込むソウ。
結局ソウは申し出を受け、三人は中央街へ戻っていった。