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職業:マーダー

 しばらく歩いていると、三人組のプレイヤーを見つけた。ウォーリアーの男が二人、アーチャーの女が一人。

 三人は目の前のモンスターを狩るのに夢中でソウに気が付かない。こちらに背中を向けているせいもあるが、ソウがとっさに草陰に隠れたせいもあるだろう。


(三人とも、HPは半分以下か……)


 どうするか、結論はすぐに出た。


 タイミングを見て、三人全員仕留めよう。


 これで、さっき殺したカリヤを合わせて四人。つまり、転職のためのノルマを達成できる。残りの武器は片手剣、弓、腕輪。弓を使えば後ろから茂みに隠れながらPKすることはできるかもしれないが、片手剣と腕輪はどうしてもプレイヤーと対峙しなければならない。


(僕の腕で大丈夫か? 弓で一人倒したとしても、二人を同時に相手しなければならないし……)


 正直、キツイ。

 カリヤは一人だったし、モンスターがHPをレッドゾーンまで削ってくれたから倒せたのだ。見たところ、三人はHPが危険域に到達する様子がない。

 武器も初期装備だから、一撃で大ダメージを食らわすことも期待できない。クリティカルヒットが出ても、たかが知れている。


(――そうだ、カリヤを倒した時にドロップした装備!)


 ストレージにある装備を確認する。

 カリヤが残したのは弓と防具だった。防具はアーチャー専用装備だったので使用できないが、弓は使える。そして、攻撃力はソウが持っている初期装備のものよりずっと高い。


 決めたら、迷っている時間はない。弓を構え、プレイヤーの一人に矢を放つ。ゲーム補正のおかげで、弓を全く触ったことのないソウでも当てることができた。相手のHPが、一気に一割近く削り取られる。


(やっぱり一撃の威力が違うな。このまま一人倒そう)


『なっ!? 矢が飛んできたぞ!? おい、気をつけろ!』


 死角から放たれる矢に、流石に三人組も気が付いたようだが、ソウの居場所までは分からない。

 ソウは移動を繰り返しながら矢を一人に集中して放つ。

 いくつか外しはしたが、それでもきちんと当たってくれる。ゲーム補正バンザイだ。


(まずは、一人目!)


 まんべんなく三人に向けていた矢を、HPがレッドゾーンに突入した一人の男ウォーリアーに向けて集中させる。

 パニックに陥って回避もままならなくなったウォーリアーに矢が殺到し、ついにHPがはゼロになった。

 ソウは心の中でガッツポーズをする。

 すぐさま狙いを残りの二人に切り替え、腕輪を装着した。条件を達成するための装備は、あとはこの腕輪と片手剣だけだ。


 ポリゴン片となった仲間を見て、残りの二人は慌てて小さな小瓶を取り出した。おそらくは、回復薬。少なくなったHPを回復するつもりだ。


(させるかっ!)


 地面を蹴って草むらから飛び出し、片方との間合いを一気に詰める。突然の乱入に、相手の動きが一瞬止まった。

 その隙を逃さない。ソウは足を振り上げて、回復薬を持ったアーチャーの女の手を蹴りあげる。

 回復薬が宙に舞う。続けて鳩尾に一発拳を叩きこむ。


 カハッ――と、息を吐き出す音がした。

 体を低くした体勢から振り上げるように拳を入れたため、女の体が一瞬浮かぶ。体を少し引き、足の付け根に、横から蹴りを入れる。

 一連の動作の中で、ソウはここがゲームの中だと改めて実感する。筋力が増加している訳ではないものの、現実ではここまで思い通りに動くことなどとても無理だろう。


 筋肉と筋肉のちょうど間……(けん)を叩いたので、女は力なく倒れた。壮絶な痛みと痺れた足では、少しの間、立てなくなる。

 女のHPはもう2割を切っていたが、ソウはとどめを刺さず、横に跳んだ。ギリギリのところで、黄色い光を纏った剣が、ソウがいた場所を切り裂いた。


「なんだてめぇ! いったい何がしたい!?」


 顔を真っ赤にした男が剣を構えて怒鳴る。ソウを真っ直ぐ睨み、剣を震わせる。

 なお怒鳴り続ける男の言葉をソウは聞き流す。

 何を言っても聞かないであろう人間の言葉など聞く価値がない。頭の中でバッサリ切り捨てたソウは、その先(・・・)のことを頭の中で巡らせていた。


 つまり、どうやって二人を倒すか。


 男のHPは半分以上にまで回復している。ソウが女性プレイヤーの相手をしている間に回復したようだ。

 相手はレベル差があるウォーリアー。加えて、装備にも差がある。


(力でぶつかったら勝ち目がない。どうする……)


 カリヤが使っていた弓に装備を変えれば少しは能力差が縮まるかもしれないが、変えている隙に男が襲ってくれば、対応できない。

 男の気をモンスターに引き付ける手もあるのだが、期待できるほどモンスターの数は多くない。


(ニ……いや、三体かぁ。これじゃあモンスターにも頼れないな)


 正直、打つ手なしだ。


「おらぁっ!!」


 逡巡している内に、男の剣がソウの肩めがけて振り下ろされる。

 受け止めるべきか、避けるべきかの選択はするまでもない。間一髪、体をひねって避ける。ひねった体をそのままに後ろへ倒れこむようにして右足を振り上げ、男の手を弾く。


「ぐっ……!」


 威力もないし、急所でもない。減ったHPは微々たるものだった。

 互いにバランスを崩した二人は、いったん距離をとる。


「お前が俺の仲間を殺したんだな? 矢で殺されたんだ、モンスターの仕業じゃあない。お前、無職だろ? 今は腕輪を装備しているが、無職なら――」

「……うるさい」


 いい加減、耳障りに思えてきた。イライラしてきた。腹の奥底に黒い、溶かしたチョコレートのような、ドロドロした感情が渦巻いてきた。

 脳が赤く染まっていく。口が締め付けらるように熱くなっていく。

 自分が自分じゃなくなるような感覚を何とか押しとどめ、どろどろした感情を飲み込む。


 冷静にならなければならない。


 冷静に、冷静に……。


(女性プレイヤーの方は後回しでいい。痛みが引くのは時間の問題だけど……)


 気にしていたら、目の前の男を倒せない。


「やばっ!?」


 気付けば対応が遅れていた。腹を狙って横薙ぎされた男の剣が、避けられない速度で迫る。

 咄嗟に後ろに跳んだが、遅かった。


(ぐっ――痛っ――)


 ゲームなので、少しは痛みが軽減されてはいるが、痛いことに変わりはない。血のエフェクトが腹部から吹き出し、地面に滴り落ちる。HPも三割ほど削られた。


(そんな!? 力の差がありすぎるじゃないか! スキルでもない一撃で三割なんて削られすぎだ!!)


 冷静になろうと努めたはずが、最悪な状況とパニックを招いてしまった。一瞬でも相手への注意を怠ったことを後悔する。


 追撃の手を緩めずに突進してくる相手の剣が、青白く染まる。スキルエフェクトだ。

 まともに受ければ……終わる。


 研ぎ澄まされた感覚が、時が止まったかのような錯覚を起こす。相手の剣を睨み、その動きを注視する。体勢とエフェクトから、相手のスキルと合致するものを脳内の資料から必死に探す。

 確か、スキルそのものにそれなりの追尾力を持つ突き系統の三連撃だったはずだ。どの方向に跳んでもある程度なら剣がそれを追う、厄介なもの。


(ギリギリで避けて、それから逃げる。それしかない)


「おおおぉぉーー!!」


 雄叫びと共に、燐光を纏う大剣が空気を裂く。予想以上に剣速が速い。


 一撃目、かがんだ左肩に剣が掠めてHPが半分近くになった。

 体をひねって剣から逃れると同時、咄嗟に地面を蹴って後方に跳ぶ。が、それでも二撃目には間に合わなかった。足に剣が刺さる。HPは残り三割ほどになった。


 そして三撃目。


「死ねぇッ!!」


(せめて、直撃だけでも――!)


 足の痛みをこらえ、可能な限りの力で再び斜め後ろに跳ぶ。男の剣先が、正確にソウを追う。

 しかし、男は三撃目を繰り出す直前、巨大な何かに殴られたかのように真横に吹っ飛ばされた。


「ッ!?」

「はぁ、できれば手出しはしたくなかったのですが……仕方がないですね」


 即座に見やった場所には、やれやれとため息をつく眼鏡をかけた青年が一人。手には大型の銃、身に纏う防具も一目でその質が分かるような高価なものだった。

 青年は銃を男に向け、ためらいなく放つ。乾いた音が二回、青年はソウに向き直るとにっこり笑った。


「助けに来ました。HPをレッドゾーンまで削りましたので、とどめを刺してください」

「……誰ですか?」


 倒れたままの男は、動かない。確かにHPはレッドゾーンに達している。だが、この青年を信用していいのか、ソウには判断しかねていた。


「あなたの味方です。そこの二人を倒したら話します。だから早く。麻痺弾の効果が切れてしまいます」

「――ヒッ!?」


 青年の言葉に反応したのは、ソウの後ろで倒れたままだった女性プレイヤーだった。

 『ふむ……』と青年は顎に手を当ててしばし考えると、麻痺弾を二発、女性に放った。女性は倒れ、男と同じように動かなくなる。


「早くしてください。マーダーの取得に必要なんでしょう?」


 そうだった。

 それに、この二人はPKされることで、このゲームの世界から解放される。


(何でためらってたんだ、僕は……)


「ありがとうございます」


 青年に礼を言い、ソウは男に歩み寄る。アイテムポーチからカリヤをPKしたときドロップした回復薬を取り出し、飲み込む。HPが半分まで回復した。

 男はうつ伏せになっているので顔は見えないし言葉も発せないが、その心情は十分察することができた。男のHPは無職のソウでも一撃かニ撃で倒せるほどしかない。

 一発。男の肩に拳を入れる。そしてもう一発。拳が命中すると、無言のまま男の体が光輝き、無数のポリゴン片となって消えた。


「ヒッ――た、助けて! お願い、殺さないで!!」


 あおむけで倒れている女性は、首だけこちらに向け涙ながらに懇願する。麻痺弾の効果で一定時間動けないことが、彼女の恐怖を一層高めた。


「大丈夫です。PKされたら現実世界に戻るだけですから」


 微笑んでそう言いながら、ソウは装備を片手剣に切り替え、剣を高く振り上げた後、腹部に思いっきり振り下ろした。

 ソウの言葉を信じずに泣き叫ぶ彼女も同じく、輝くポリゴン片となって消えていった。


 二人をPKしながら、ソウはいつの間にか自分がさっきまでためらっていた理由に気が付いていた。


(感覚が同じなんだろうな……)


 このゲームがバーチャルリアリティゲーム――極限までリアリティを高めたものであるが故、PKは現実での人殺しと感覚が似ていたのだ。もちろん蒼真は現実で人殺しなどしたことはないが、似たような感覚であるだろうと確信した。


 胸のもやもやした不快感を、ため息とともに吐き出す。


 結果的に救ったとはいえ、人殺しの感覚は最悪だ。一気に疲れた気がして、そのまま倒れたかったが、今は突然現れた青年がいる。

 ニコニコしていて、背はソウより高い。細身だが、頼りなさそうな感じはしない。


「はい。お見事でしたよー。これでマーダーに就職できますね」


 青年の言った通り、ソウの目の前に『就職先選択』とタイトルが付いた画面が現れた。

 主要戦闘職五つに加え、生産職であるブラックスミスと選択肢がある中で、一番下に『マーダー』の文字が赤く淡く光っていた。


 迷う必要はなかった。ソウの指が、躊躇い無く画面に触れる。

 電子音と同時に、『マーダーに就職しました』というメッセージが表示されるポップアップした。メニューから自分のステータスを確認すると、『職業:マーダー』の文字が確かにあった。

 一仕事終えた安心感に包まれたが、ソウは気を抜かず、目の前の青年を見据える。


「えっと……僕の名前はソウです」

「ハイ、知ってます」


 知ってんのかよ、と突っ込みたくなったが、それは何とか押しとどめた。


「私の名前は秋水(シュウスイ)です。職業はオールラウンダー。《ギルティ・ストライカーズ》のデバッガーをしています」


 『とりあえず……』と、シュウスイは一つのアイテムをソウに手渡した。少し大きめの、シールのようなものだ。


「《フェイクステッカー》というもので、自分のステータスを偽装できるアイテムです。これであなたの職業をオールラウンダーに偽装してください。マーダーなんて職があると一般プレイヤーにばれると、いろいろ厄介なことになりそうですからね」


 確かにその通りだ。マーダーなんて職業持っていたら、プレイヤーが警戒してしまう。


(他の名前はなかったのかとは思うけど……まぁ、いいか)


「では、遠慮なく使わせていただきます。ありがとうざいます」


 ソウはさっそく《フェイクステッカー》をつかい、『職業:マーダー』の欄を『職業:オールラウンダー』に書き換える。


「大事にしてくださいね。一般には出回っていない、裏メニューならぬ裏アイテムなんですから」


 「わかりました」とソウは頷いた。運営を名乗る人間が自分から接触してきたという事は、浜風のことも知っているのだろう。そして、おそらくソウがここにいる理由も知っている。


「秋水さんは僕がここにいる理由は知っているのですか?」


 確認のため、一応聞いてみる。


「ハイ。浜風からメッセージを受け取りました。あなたがログインした時からずっと後をつけてきましたよ」

「なんでわざわざストーカーのようなことを……?」

「万が一のためですよ。先ほどのように、返り討ちになる危険性もありましたしね。マーダーに就職するまでが一番大変だと踏んだからです」


 人のよさそうな笑顔を浮かべながら語る秋水は、嘘を言っているようには見えなかった。


(嘘を言う必要もないし……ダメだな。人を疑ってばっかじゃ……)


 密に反省したソウは、運営側の人間ならば……と、気になっていたことを質問する。


「ということは、秋水さんは現実世界とコンタクトが取れるので?」

「はい、できます。メッセージと音声通話ができますが……あいにく、私もこの世界に閉じ込められてしまったので、それ以上はできないんです」

「でも、本当の脱出方法を知っているのですよね?」

「はい、もちろん」

「じゃあ僕は……」

「はい。ここのプレイヤー全てをPKしてください」


 やっぱりそうか、と改めて自分のすべきことを確認する。


「もちろん、私も協力しますが、できることは少ないです。私はオールラウンダーですから、PKに関してはマーダーに劣ります。それに、会社の仕事……バグの発見と修復の仕事もありますので、常に行動を共にすることもできません」

「わかりました。では僕が直接動くしかないのですね?」

「お願いします。可能な限り協力は致します。必要あらば、PKギルドと連絡を取り、協力を仰ぐことも可能です。人脈だけは広げましたから」

「ありがとうございます」


 ソウは秋水とフレンド登録をし、街に戻った。去り際に秋水の放った、『全プレイヤーのPK、お願いします。必ず成功させてくださいよ?』という言葉が腹の底に落ちて、ずっと残ったままだった。


 やらなければならないが、人殺しの感覚を味わうのは嫌だった。

 現実世界に戻すための救出作業だと思っても、いい気分にはなれるはずもない。


 男を殴った感覚が、まだ自分の手に残っているような気がした。手を払うように振ったが、それは消えなかった。

 次からは、手に感覚があまり残らない銃と剣だけを使おうと、ソウは心に決めたのだった。


 PK専用の職業、マーダー。

 その職業特有のスキル、常時発動(パッシブ)スキル《マーダーホリック》は他の職業とは一線を画すことを表している。

 常時発動する、マーダーだけが持つパッシブスキル。対人戦ではプレイヤーの全ステータスが大幅上昇し、対モンスター戦では全ステータスが大幅ダウンする。

 まさにPKするためだけにあるスキルだ。

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