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一人目

 気が付けば、白い空間に立っていた。周りには何もないが、自分は立っている感覚だけは確かにある。

 目の前には青白く光る透明なウインドウが開いている。その下に、同じく青白くて透明なキーボードが浮かんでいた。


『ギルティ・ストライカーズの世界へようこそ。プレイヤーネームを入力してください。』


「名前……か」


 正直迷った。今までのゲームは適当に名前を付けてたり、オンラインゲームでなかったら実名を入れてたりしていたが、今回はそうはいかない。

 実名は論外だし、適当な名前はVRであるという事で妙に躊躇してしまう。


「……じゃあ、これでいいかな」


『ようこそ、ソウさん。チュートリアルをプレイしますか?』


 自分の名前の上の文字だけをとって『ソウ』。安直だが、これ以上のものは思いつかなかった。


 チュートリアルをスキップすると、真っ白な空間が一瞬でフェードアウトし、辺りが人でにぎわった和風の旧市街のような街並みに変わった。京都や奈良のような雰囲気がただよう、日本人としてはなごめる風景だった。


「すごい……。リアルみたいだ。ゲームの世界なのに」


 石畳の大きな広場から放射状に延びる道、所々には露店も出ている。街の中央広場は、RPGによくあるような装備を身に着けたプレイヤーでにぎわっている。現実のようだがゲームの世界だと実感できる不思議な光景だった。


『新しい冒険者の方ですね?』

「え、は!? あ、はい」


 突然後ろから声をかけてきたのは、大きな麻袋を担いだNPC(ノンプレイヤーキャラ)の中年男性だった。思わず情けない声を上げてしまい、少し恥ずかしくなる。


(冒険者って、プレイヤーのことだったよな?)


 現実ではなかなか聞かない言葉に違和感を覚えるソウを気にせず、中年男性は麻袋を降ろして言った。


『あなたはまだまだ半人前です。そこで、私があなたを一人前の冒険者にしてあげましょう』


 ニコニコと温和そうな顔を浮かべて、ひどく押し付けがましい事を言ってくる。これが現実なら、蒼真は「あ、結構です」と言って、すぐさま走って逃げているだろう。

 今もそうしたい気分ではあるが、事前にゲーム内容を浜風から聞かされていたので、そのまま中年男性の言葉を待つ。


「あなたにこの4つの武器を差し上げます。その四つを最低一回ずつ使い、モンスターを狩り、武器の扱いを憶えてください。そうすれば、あなたは立派な冒険者となれます」


 中年男性NPCは麻袋から武器を取り出した。「そんな簡単なことで冒険者になれるのか?」とはつっこまず、素直に受け取る。片手剣、弓、ハンドガン、腕輪。中年男性が言う『立派な冒険者』となるときに選ぶ武器の基本となるものだ。

 『立派な冒険者』とはつまり、この『ギルティ・ストライカーズ』の世界で職業を有する冒険者のことだろう。計7種あるうちのウォーリアー、アーチャー、ガンナー、ファイターの初期装備だ。


『では、お達者で!』


 一方的に話を終え、中年男性NPCはどこかに去って行った。

 アイテムがストレージに格納された旨のメッセージを眺めながら呆然と広場に立ち尽くすソウは、はっと我に返り、浜風の行っていたことを思い出した。すなわち、2000人すべてのプレイヤーをPKするために必要なこと。


『ゲームを開始すると、NPCから4種類の武器が渡されます。剣、弓、銃、そして腕輪……つまり、ウォーリアー、アーチャー、ガンナー、ファイターの初期装備です。これらを最低一回ずつ使わないと、職業選択が解禁されません』


 顎に手を当てながら思い出す。話がやたらと長かったせいか、思い出すのに時間がかかる。


(そこじゃない、この次に言っていたのが一番重要なことで……)


『――で、計7種。プレイヤーに知られている職業は剣士、弓使い、銃使い、格闘家、生産職、武器使いの6つです。ですが、あなたが取得するのは一般プレイヤーには知られていない隠された職業……』


 このゲームには計7種類の職業が存在するが、一般のプレイヤーに知られているのは6種類。ソウが取得すべきはPKすることのみに特化した職業、その名も――


『《マーダー》です』


(直訳すると、人殺し……だよね。まさにPK専門職って感じだな)


 けれど、その実質は救世主。PKは、すなわちこの世界からの解放を意味する。それならば、この名前も悪くないと思えるのだった。


 今のソウは無職。渡された4つの武器を最低一回ずつ使うことで、ウォーリアー、アーチャー、ガンナー、ファイター、オールラウンダー、ブラックスミスへ就職が可能となる。

 無職のままでもプレイできない訳ではないが、就職した時と比べてステータスに難がある。なので、余程のこだわりでもない限りは、全てのプレイヤーが就職する。


 だが、マーダー解禁の条件は他の職業とは異質。就職するためには、4つの武器でそれぞれ最低一回ずつPKをしなければならない。

 つまり、PKなどしない一般のプレイヤー達は、マーダーとパーティを組みでもしない限りその存在に気付くことはないのだ。


(とは言え、もう殆どのプレイヤーは就職しているだろうし、いきなり襲っても成功する訳がない。どこかで待ち伏せするにしても、能力差がありすぎる……)


 資料こそ読んだものの、まだ一度も戦闘しておらず、戦いのノウハウは全く知らない。ステータスも最底辺、装備も初期装備の貧弱なもの。その辺のプレイヤーに挑みかかっても、返り討ちに遭うのは目に見えている。


(僕一人じゃHPを全部なんて削りきれないし、仲間……一緒にPKしてくれる人なんている訳が……え?)


 泥沼に陥りかけた思考が、不意に一つの実を結ぶ。分かってしまえば考えるまでもない、簡単なことだ。

 HPを一緒に削ってくれる仲間はいる。ここにはいないが、確実に。それも、大量に。


 ひとまず、ソウは街の外側に向かった。目指すは街とモンスターの出るエリアの境界。そこなら、プレイヤーがたくさん集まっているはずだ。


◆◇◆◇◆◇


 目当てのプレイヤーはすぐに見つかった。

 ソウが探していたのは、フィールドに出て一緒にモンスターを狩る仲間を探しているプレイヤーだ。

 街とモンスターのいるフィールドの間には大きな門があり、そのわきに一緒にフィールドに出てくれるプレイヤーを探す掲示板がある。自分のステータスと募集人数や職業を書いて利用するのものだ。


(職業は何でもいいけど、募集人数は一人だから……この人でいい)


 ソウの思う条件に合ったプレイヤーの一人に声をかけてみる。


「あの……プレイヤー募集してますか?」


 声をかけたのは、そうと同じくらいの歳の男性プレイヤーだ。背中に持っている弓からして、アーチャーなのだろう。


「おう、だれでもいいぜ……って、無職かよ」

「ダメですか?」

「あー……まぁいいや。誰でもいいって言ったしな。」


(よかった。まずは一人だ)


 ソウが探したのは募集人数が一人で、かつソウとの実力差があまりなさそうなプレイヤー。つまり、モンスターと戦った後、一番殺しやすそうな(・・・・・・・・・)プレイヤー。


「俺の名前はカリヤ。お前のスキルレベルは……って無職だからスキルねぇんだな」

「ごめんなさい。名前はソウです」


 『ギルティ・ストライカーズ』はプレイヤーレベル制ではなく、完全なスキルレベル制のゲームとなっている。モンスターを倒し、それから得たスキルポイントでスキルを取得、強化していくのだ。

 つまり、プレイヤーの身体的能力は同じ職業だとほぼ変わらない。プレイヤー間での強さの差は、スキルと装備の差に比例する。

 そして、無職のプレイヤーはスキルを持たない。だから、ほとんどのプレイヤーはすぐに何らかの職に就くのだ。


「あやまんなって、仕方がないから転職するまで付き合ってやるよ」

「ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。もちろん、最後まで付き合ってもらう気はないのだが。


(気持ちはありがたいけど……時間が無いんだ)


「できるだけ難易度が高いところにしませんか?」

「無職なのにか?」

「難易度が高ければ、スキルポイントもたまりやすいでしょうし、転職した時に楽でしょうから。どうせですから、難易度が高いところにしましょうよ」

「ふぅん……ま、いいけどさ。死ぬなよ?」

「もちろんです」


 もちろん死ぬつもりもない。カリヤは最初の目標だ。殺すまでは、自分は死なない。


(殺すっていうのは、響きが悪いけど……結果的には救っている訳だし、考えても仕方ないか)


「んじゃ、いくか」

「……はい」


 ソウはNPCから渡された初期装備の中からハンドガンを取り出し、フィールドに繰り出すカリヤの後に続いた。


◇◆◇◆◇◆


 ギルティ・ストライカーズの世界は中央の大きな街を中心とする、円盤状の形をしている。中央にあるのが、さっきまでソウがいた街。それ以外の都市は全部で16都市が存在し、外周に沿って8都市、外周と中央の町との間の位置に8都市。16方位にそれぞれ位置している。

 モンスターが出現(ポップ)する場所はどの町にも属さないエリアである。当然ながらポップするモンスターの強さには地域によって差があり、二人が向かったのは易しめな地域の中でも少しだけ強いモンスターが出る場所だった。


「あともうちょい! とどめやれ!」

「わかった!」


 HPがレッドゾーンに達したクマ型のモンスター《ワイルドベア》の頭に狙いを定め、引き金を引く。

 弾丸がワイルドベアの眉間を打ち抜いて最後のHPを刈り取り、どうと倒れた巨体は光の粒子となって消えていった。


「よっし! おつかれ!」

「お疲れ様」


 言うと同時に二人は地面に座り込んだ。自分たちの実力以上のモンスターと戦うと、想像以上の体力を消耗する。ソウにとってはほとんど初の実戦なのだから尚更だ。


(つ、疲れた……でも、予定通り)


 カリヤにばれないように、ソウは薄く笑った。

 ソウも疲れてはいるが、そのソウをかばいながら戦ったカリヤは更に疲労しており、HPもレッドゾーンに突入している。回復薬を使えば少しはHPを回復できるが、モンスターにやられてもデスペナルティを受けるだけという考えから、あまり使わなかったようだ。

 当然、フィールドにいる時はこまめに回復する方がいい。だが、今回はこの方がソウにとって都合がいい。


(今が……チャンスだ)


 ソウは立ち上がり、ゆっくりとカリヤに近づく。薄く笑った口を戻し、カリヤの背後に回るように歩く。

 弾はある。距離は……確実にするため、もう少し詰める。この銃は自動拳銃だ。初弾を撃った後、撃鉄を引くことと弾の装填は自動で行われる。心配はない。


 暴れだしそうな心臓を抑え、普段は気にならない足音に気を配り、全身の神経をカリヤに集中させる。

 辺りにモンスターはいない。風は止んだ。呼吸を止めて、狙いを定める。


(外すな外すな外すな外すな……)


「なぁ、ソウ。次はもっと簡単なモンスターにしようぜ? 流石に後衛のオレが、無職のお前をかばいながら戦うのは疲れる」

「うん。そうしようか」


 次なんて、存在しないけど。


「じゃあ、そろそろ行くか!」

「そうだな」


 銃口とカリヤの後頭部との距離はもう30センチもなかった。そして、座ったまま振り向いたカリヤは、自分の額に向けられた銃口に目を見開く。


「………………………………え?」

「色々教えてくれてありがとう。お礼に、このゲームから助け出す」


 微笑んで、ソウは引き金を引いた。腕にかかる仮想の衝撃と共に、弾が放たれる。

 つい先ほどのワイルドベアと同じように眉間に弾丸が突き刺さり、カリヤの少ないHPの全てを奪い去った。


「え? ソウ? 何で――」


 カリヤの最後の言葉は途中で途切れ、体は光の粒子となって消えていった。後に残っていたのは、カリヤの装備と持っていたアイテムだけだ。

 ソウが初めて殺した(救った)プレイヤーとなった彼は、体の全てが消え去るまで、何が起こったのか分からないといった様子だった。


(これで2000分の1、か……先は長いな)


 それでも、初めの一人の救出に成功した。誰にも見られていない、上々の滑り出しだ。


 ソウは撃ったばかりの銃を撫で、アイテムストレージにしまった。いつの間にか緊張はほどけているし、浅かった呼吸も元に戻っている。


(なんだか疲れた。でも、やっと一人目だ)


 緊張から出た汗を、静かな風がそっとなでる。心地良い涼しさに、ソウは目を細める。

 方法は全く逆だが、一人の人間を助けた。この事実は揺るがない。そう思うと、力が湧く気がした。


「よし、次に行くか!」


 カリヤのアイテムと装備をすべて回収し、ソウは中央の町へと戻った。

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