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 暦の上では春なのだが、三月の天気は冬のようだ。黒のダッフルコートにフードを目深にかぶった少年は、視線の先の番号表と手元の受験票を見比べた。

 今日は大学の合格発表日だ。

 少年は『藤原蒼真(ふじわらそうま)』と書かれている欄の下にある受験番号が合格者一覧にのっているのを確認すると、人ごみをかき分けて帰路についた。


 蒼真は帰り道に着く受験生で電車が混む前に帰りたいと思っていた。合格発表ならインターネットで見ればよかったのだが、親が『大学まで行ってきなさい。下見もかねて!』と言うので、ここまで電車を乗り継いできたのだ。行きの電車では立っていたので、帰りは座ってゆっくりしたい。

 十中八九受かると分かっていたので、さほど緊張はしていなかった。

 一緒に見に行く友達はいない。友達がいない訳ではない。この日本一の学校を受ける友達がいなかったという事だけ。


 辛い受験生活だったが、それも今日で終わり。ひたすら勉強漬けの味気のない生活で、たまにやるゲームが楽しかった。携帯ゲーム、オンラインゲーム問わずプレイしたが、中でもMMORPGには熱中した。

 そして、受験が無事終わった今、蒼真の頭は明後日のことでいっぱいだ。


 明後日は世界で初のVR技術を搭載したMMO(大規模多人数参加型)RPGオンラインロールプレイングゲーム、「ギルティ・ストライカーズ」のβテストサービスが始まる日だ。

 ちょうど春休みに入ったので時間はたっぷりある。駄目元で応募したβテスト抽選に当選した時は本当に嬉しかった。明後日にはVR技術の結晶を堪能できると思うと、大学に合格したことなんて小さなことに思えてしまう。


 家にはすでに端末のヘッドギアのような機械が届いている。後はゲーム開始の日を待つだけ。


 蒼真は小走りで家に帰る。頬を撫でる冷たい風も、普段は煩わしいだけの人々の喧騒も、この時ばかりは不快に感じなかった。


◆◇◆◇◆◇


 蒼真が待ちに待った「ギルティ・ストライカーズ」βサービス開始から、二日後。世界を震撼させ、ゲーム界のブレイクスルーとも言われたVR技術の粋であるゲームを彼はまだプレイしていなかった。


 受験が終わったので、両親に強制的に祖父母の家に家族で帰省させられていたのだ。そして、親に頼んで自分だけ帰ってきた蒼真の目に映るのはテレビ画面。ニュース番組のテロップは「『ギルティ・ストライカーズ』バグ発生! 2000人がゲームに閉じ込められた!?」。


 嘘だ。


 そう思いたかった。待ちに待ったゲームには欠陥があり、しかもそれが非常に危険なバグ。ということは、自分はこのゲームをプレイできない。あれほど楽しみにしていたVR技術を体験できない。受験の最後の方はこのゲームだけをやる気として頑張って来たのに、それができない。

 頭をかかえたくなるのを堪え、流れているニュースを見やる。


 ゲーム内に囚われているプレイヤーは二千人。

 ゲーム会社によると、プレイヤーがクリアするまでログアウトはできない。

 無理やりヘッドギアを外そうと外部から力がかかるか、一定時間以上電源供給がない、もしくはゲーム中でPK(プレイヤーキル)される。そのいずれかを満たせば、ヘッドギアから発信された特殊な電波が脳を破壊する。当然、それは脳死となる。

 だが、あくまでゲーム内でモンスターに殺されたときは何ともなく、指定されたポイントから再スタートできる。

 警察も動いてはいるものの、プレイヤーを人質にとられているに等しい状態に加え、このような事件が起こった前例が皆無であるため、解決の見込みは低い。

 全国のプレイヤーは現在、最寄りの病院で保護されている。


 ありえない。

 そんな言葉も出ない。夢だと思いたかった。それも、とびっきりたちの悪い夢。


 からからに乾いたのどのつばを飲み込もうとして、咽る。上手くのども動かない。

 これからプレイしようと手に持っているヘッドギアに視線を落とす。正確に言えば、プレイしようと思っていた、だが。


「なんだよ、これ……」


 やっと出た言葉は、自分以外誰もいないリビングで反響することなく消えた。 

 ギリギリのところで命拾いした安堵感と、それに勝る大事件への衝撃、期待していたものが裏切られた脱力感が混ざり合う。


 体から力が抜け、ふらふらとソファーに倒れこんだ。肘掛けに額をぶつけたが、気にもならなかった。耳から入ってくるニュースキャスターの声を聴くので精一杯だ。

 顔をクッションにうずめたまま、ソファーの下に落ちているであろうリモコンを探す。

 リモコンを拾い上げ、ボタンを押すのと同時に玄関のチャイムが鳴った。


「誰だよ……」


 無視していたかったが、それはそれで相手に悪い。ソファーから起き上がり、蒼真はしぶしぶ玄関へ向かった。


「どなたですか?」


 言うと同時にドアを開けた瞬間、蒼真の体は固まった。

 ドアの前に立っていたのは黒いスーツを着た男が二人。新聞の勧誘じゃなさそうだ。ヤの付く職業の方かとも思ったが、蒼真の家庭は全くの堅気なのでお世話になるわけがない。


「こんにちは。藤原蒼真さんですね? 私、こういうものです」


 固まる蒼真を気にせず、男の一人が名刺を差し出してきた。受取って確認したが、やはり知人ではない。しかし、会社の名前は蒼真もよく知るものだった。


「え……」

「初めまして。私、天辺エンターテイメントの浜風と申します」


 それも当然。その会社、天辺エンターテイメントは、ゲーム業界最大の企業。

 そして、「ギルティ・ストライカーズ」を管理・運営している会社なのだから。


 蒼真は受け取った名刺と男の顔を交互に見た。では、こちらの男は誰だ?


「私は警視庁の方の者です」


 そう言って男が胸ポケットから出したのは、警察手帳だった。本物は見た事は無いが、確かにそこには男の名前と顔写真、肩書が書かれていた。


「それで……僕に何の用です?」


 だが、天辺エンターテイメントにも警察にも蒼真の知り合いはいない。この二人が訪れる理由が分からない。

 この一連の騒ぎに便乗した詐欺か?

 蒼真は体を一歩引いて顔に出さないように注意を男たちに向けた。


「そんな怯えないでください。危害を加えるつもりなんてありませんから」


 顔に出ていたようだ。

 蒼真は心の中で舌打ちして、今度こそ表情を読み取らせないようなポーカーフェイスを作る。


「2000人ものプレイヤーを人質にとったのにですか?」

「あ……実はそのことで、藤原蒼真さんに相談したいことがありまして……」


 面倒事に巻き込まれる前に追い返したいというのが正直な気持ちだったが、かと言って話を聞かないわけにもいかない。何より、相手側には刑事もいるのだ。

 蒼真はドアを開け、二人を家にいれた。


 リビングに招き、二人にソファーを勧める。

 お茶でも入れようかと思ったが、浜風が「すぐに話がしたい」というので、蒼真はテーブルの角を挟んで反対側にある一人用のソファーに座った。


「単刀直入に言う。藤原蒼真さん、君に2000人のプレイヤーを救ってもらいたい」

「……はぁ」


 この人はこんな嘘をつくためにここまで来たのか? そう思い、ため息が出そうになるが、何とか押しとどめる。


「……何の冗談ですか?」


 努めて冷静に聞き返す。浜風の声は、冗談を言っているソレではないと分かっていた。

 けれど、本気で言っているとも思えなかった。


「具体的に言うと、蒼真さんに『ギルティ・ストライカーズ』にログインしてもらい、約2000人のプレイヤー全てを倒す……つまりはPK(プレイヤーキル)してほしいんです」

「はぁ!? 何言ってるんですか!?」


 今度こそ、思ったことがそのまま口に出る。

 PKとは、オンラインゲームにおいてプレイヤーがプレイヤーを倒すことを指す。普通のMMORPGでは、アイテムの強奪目的などで行われることが多い。しかし、件の『ギルティ・ストライカーズ』では、PKは現実での死に直結する。

 つまり、浜風が言っている事はプレイヤーを救うどころか、全く逆のこと。


「運営が発表したんでしょう! PKされたプレイヤーは現実で死ぬって! 殺人をしてこいと言うんですか!?」


 思わず立ち上がり、浜風と警察の男を怒鳴りつける。

 浜風に「まぁまぁ、話を聞いてください」となだめられ、、蒼真はひとまずソファーに座りなおした。

 口を開いたのは警察の男だった。


「まず分かって欲しいのは、この一連の騒動は天辺エンターテイメントの一部の人間が起こした問題で、会社全体が起こしたものではない、ということだ」

「はぁ……では、そいつらを見つければいいのでは?」

「それが、ゲームの運営権限を持っている技術者が全員そちらに加担しているのだ。全員捕えれば、2000人の人質がどうなるか分からない。それに、全員の黒幕の正体を突き止めたわけではないから、捜査は難航しているのだ」


 警察の男の重い口調に、蒼真は頷くしかなかった。浜風は申し訳なさそうな顔をしている。

 男は続ける。


「分かったことは一つだけ。『ゲームクリアでプレイヤーの解放。PKでは現実の死』という報道、あれは嘘だ」

「は……? 嘘なんですか?」

「私は同僚から聞いたのですが、この一件を仕組んだ黒幕は『ゲームを通じてプレイヤーたちに違和感をかき集めてもらい、そこから真実を見出してほしい』……そう考えているらしいです」


 浜風の言葉に蒼真は愕然とした。


 ふざけるな。


 そう言いたかったが、言っても仕方がないことだと分かっていた。

 そんなフザケタ、生体実験のような理由で2000人もの命を弄ぶなんて、その黒幕とやらは一体どんな思考回路をしているのだ?

 いつの間にか握っていた拳が震えるのに気付いて、何とか自分を落ち着かせる。


「自分の命を握られている状態で、この真実にプレイヤーたちが気が付くのはほぼ不可能だろう。盲目的に『クリアすれば助かる』と信じてゲーム攻略をすると推測できる」

「そこで、蒼真さんにログインしてもらい、全プレイヤーをあなたの手で倒してもらいたいんですよ」


 直接『PK』や『殺す』といった言葉を使わなかったのは、浜風なりの配慮だろう。重い塊に胸を押し潰されるような感覚の中で、蒼真は聞いた。


「……なんで、僕なんですか?」

「君がすでに『ギルティ・ストライカーズ』のアカウントとハードを持っているからだ」

「黒幕側に、今ある予備のアカウントは全てBANされてしまったんです。新しく生産しようにも時間はない。その間にプレイヤーたちがクリアしてしまうかもしれませんので。それに、君のハードには君のアカウントが既に登録されていて、他の人がプレイすることは不可能なんです」


 新しくアカウントを作成するのは、システムの一切が黒幕側に握られているため不可能。運営がログインできない以上、プレイヤーたちに真実を伝えることも、不可能。


「君だけが、頼りなんです」


 浜風の言葉は、蒼真の体に重くのしかかる。


 突然の大事件と、その裏にあるふざけた暗躍。あまりにも絶望的な状況と、それに気付かない、いや気付けない2000人のプレイヤー。

 真実を知り、危機的状況を打破できかもしれないるのは、ただの平凡な高校生一人のみ。


「……無理ですよ。そんなのできっこない」


 パンクしそうな頭で考え、紡ぎだした言葉は、あまりに頼りないものだった。


「僕は普通の高校生です。格闘技もやったことないし、運動部に入っていたわけでもない。喧嘩も強くないし、ゲーマーってわけでもない。こんな僕に2000人ものプレイヤーを倒すなんて……無理ですよ」


 ただの勉強オタクに、そんな大きなことできるわけがない。勉強だけは人よりできたが、こんなのは何の役にも立たない。


「お願いだ。警察としても、君が頼りなんだ」


 力なくうなだれる蒼真は、首を振った。


 情けない。


 そんなことは分かっている。


 やらなきゃ2000人の命が危ないんだぞ。


 そんなことは分かっている。


 お前以外、だれも何もできないんだぞ。


 そんなことは分かっている。


 何もせずに、2000人を見殺しにする気か。


 ……………………。


 自問自答の嵐の中で、いつの間にか自分が自分を責めていた。


 その時、浜風がテレビのスイッチを入れた。映し出されたのはちょうど『ギルティ・ストライカーズ』のニュース。

 病院の一室。

 ベッドに寝る患者の頭には『ギルティ・ストライカーズ』のハードがつけられたままで、起き上がる気配はない。男性が多いが、映し出された病室では、女性も何人もいた。中学生らしき女の子も、蒼真と同じくらいの歳の子もいた。

 いくつかの管が体からのび、頭はすっぽりハードに覆われていて、とても痛々しかった。


 ニュースキャスターは声を荒くして喋る。

 運動せずに栄養を腕に伸びる管から摂取するだけでは、体が徐々に衰えていくのだという。


 ニュースは、一刻も早い問題解決が求められています……という声を最後に終わった。


 言葉だけで伝えられた真実より、もっと重いものを見せられた。

 夢ではない、残酷な夢のような現実を見せられた。


「お願いです。助けてください」

「我々も、いつまでも手をこまねいているわけにはいかない。だが、これしか方法が無いんだ。頼む」


 もう一度、浜風が深々と頭を下げる。それに続いて、警察の男も頭を下げる。


 できるわけがない。でも、やらなきゃならない。

 無理だ。でも、絶対じゃない。


 あんな映像を見せられて後では、断れる筈が無かった。


「…………分かりました。ログインします」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 私たちもできる限りのことをしますから!」


 蒼真はテーブルの上に置いてあったヘッドギアを手に取った。


「ここより、病院のベッドの方がいいでしょう。送ります」


 救われた顔になった浜風が外に出て、家の前に止めてあった車のエンジンをかける。警察の男は助手席に座り、蒼真は後部座席に座った。


「今からゲーム内の説明と、2000人を倒すのに有利になる職業やスキルを教えますので、よく覚えておいてくださいね」


 浜風が手渡してきたのは、分厚い紙の束。パラパラとめくってみると、各職業のステータス、長所や短所、フィールドデータなどがびっしり書き込まれていた。


「……これ、全部に目を通すんですか?」

「ええ、そうしてください。これでも要点だけをまとめてあるんですが、何分データの量が多いもので。分からないことがありましたら、遠慮なく聞いてください」


 無茶な要求だとは思ったが、必要なことだ。蒼真は重苦しい空気に押されながらも、その一字一句を頭に叩き込んだ。

 時折、分からないことや疑問に思ったことを聞くと、浜風はすらすらと答えた。警察の男はなにも言わず、こちらの会話に耳を傾けているようだった。


 2000人もの命がかかっている。


 大きすぎるプレッシャーだ。正直、今すぐにでも逃げてしまいたいが……逃げられない。一度決めたのだ。後には引き返せない。引き返さない。


 車で走ること、1時間余り。

 たどり着いた大きな大学病院の一室のベッドに横たわるように言われた。そこにはほかの患者もいたが、頭部を機械に覆われ、皆眠ったままだ。意識を捕らわれた、『ギルティ・ストライカーズ』のプレイヤーたち。

 自分も、これからその一員となる。


「では、蒼真さん。2000人の命を……お願いします」

「分かってます。親への言い訳、よろしくお願いします」

「言い訳とは、人聞きが悪いな。………任されましたよ」

「……じゃあ」



 蒼真はヘッドギアに電源を入れ、それを被ってからベッドに寝た。最後に見えた浜風と警察の男の顔は、少し笑っているようだった。


 『これで大丈夫だ』


 そんなことを言っているような気がした。



 やがて、意識が遠のいていき、周りの空間が真っ白になった。


 『ギルティ・ストライカーズ』にようこそ。


 白い視界に、そんなテロップが流れた。


 一日遅れでのログイン。蒼真がこのゲーム内ですべき絶対的なクエストは……


 2000人のプレイヤー、その全てをPKすること。

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