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浪漫艶話

浪漫艶話#番外編『キャッチャー・イン・ザ・ムーンライト』

作者: 樹莉亜

 パーティーは嫌いじゃない。どちらかと言えば好きな方だ。

 それでも時々考える。

 もし、このままいなくなったとしても、誰も自分を探しはしない、と--


 カクテルグラスの触れ合う音。ざわめく人の波。バカラのクリスタルで造られたシャンデリアが光を集めてきらきらと輝く。

 行きかう人々は誰も、異邦人のようにそ知らぬ顔だ。

 (たつみ)幸星(こうせい)は、そっと嘆息した。

 映画の都として有名なこの街では、週に一度はパーティーがある。映画の製作発表を兼ねて、関係者やマスコミ、スポンサーが数多く招かれる。

 巽にとって、ここはまったく未知の世界だった。

 ただ、彼がそこにいるから、ここにいるだけ、の話。

 彼、ジェームズ・(ウォン)は、大勢の取り巻きに囲まれて、にこやかに談笑している。

 遠目に見ても、どこにいるか人目でわかる。どこにいても人目を引かないという事のない男だ。

 プラチナブロンドの柔らかな髪。澄み渡る秋空を思わせる青い瞳。高すぎず低すぎず、理想的なラインを描く鼻梁。天上の彫刻師が全霊を傾けて創り上げたかのような、黄金率のプロポーション。

 英国貴族の父と、華僑の母の血を受け継いだ、白く滑らかな肌は、東洋風の裾の長い細身の袍を身に(まと)って、いつものように愛想の良い笑顔をたたえている。

 映画人だった母親の縁で、映画関係者と親しくしている王は、この映画の監督とも付き合いがあるらしく、こうしてパーティーに出席している。巽は単なる付き添いだ。せっかく王のところに遊びに来たのに、家で待っているのもつまらないからと、付いて来たのだ。

 酒の飲めない巽は、ジンジャーエールをぐい、とあおった。

 炭酸の刺激が喉をちくちくとさせる。


 巽の父親という人は、いつも気まぐれに旅をしている人だった。代々占い師を営む家系に生まれ、特殊な力を持つ父は、星の巡りに導かれるままに、ふらふらと世界中を旅している。七世代に一人しか生まれない男子として、父は常に特別な存在だった。

 その父、代十四世天上祭幸星は、歴代の天上祭幸星の中でも、初代、七世に次いで『力』の強い天上祭で、七世同様に、男子を儲けた。

 だが、この男子は父親のように不思議な力もなければ、占い師としての霊感もない、せいぜい運と勘が人よりいいだけの、何でもない子供だった。

 それが、巽 幸星である。それでも巽家の男子として、幸星の名を貰ったのは、ひとえに両親の愛情からだ。家として何の意味もない存在でも、家族としては可愛い息子だ。と、両親は巽を可愛がった。巽家の生業と、家族への愛情は、はっきり分けて考える両親だったのは何より幸いだった。

 それでも、時々ふと思う。

 このまま自分がいなくなっても、誰も探しには来ない、と。

 父親は良く、巽を連れてあちこち旅をした。小さな頃から父と世界中を歩き回った巽は、自然と色々な言語を覚えた。父親は良く巽と遊んでくれた。その土地その土地の珍しいゲームを覚えるのが巽は好きだった。今の彼のゲーム好きはこの辺りに起因しているのだろう。

 それでも、幼い巽が、母親が恋しくない訳はなかった。しかし、家に戻れば、母は姉達の修行で忙しく、巽をかまっている時間はほとんどない。占い師の修行というものがどんなものなのか、巽は知らなかった。何度も姉達のいる御堂へ行こうとして、追い返された覚えがある。

 姉達はたまの休みには、一緒に遊んでくれたが、そんな時は決まって巽は着せ替え人形にされた。陶器人形(ビスクドール)のように愛らしい顔をした巽は、姉達のちょうど良い玩具だったのだろう。それでも「可愛い」と言われ、かまって貰えるのが嬉しかった。

 かまって貰えるなら何でも良かったのだ。


 巽はパーティー会場から少し離れて、外のテラスへ出た。テラスから庭へと降りる階段が伸びている。

 丸い月が、夜露に濡れる芝を照らし出す。思った以上に明るい。

 酔い覚ましという訳ではないが、熱気に当てられた気分を落ち着けるには、ちょうど良かろう。

 巽は階段を降りて、芝生の生え揃った庭を散策してみた。さくさくと音を立てる芝の感触が心地良い。

 パーティー会場の華やかな明かりが、庭にまで人々の影を映し出している。

 ワン、と何かが吠えた。

 吠えたと言っても挨拶程度の吠え方だ。巽は声のする方へ行ってみた。

 建物から少し離れた庭の向こうで、大きな犬が尻尾を振っている。レトリバー種だろうか、毛並みがふさふさしている。

 犬はどこか嬉しそうな様子で、巽を出迎えた。ここは監督の自宅だという話だから、おそらく彼女の飼い犬なのだろう。

 目が合うと、犬はいっそう激しく尻尾を振った。「遊んでくれるの?」と、目が問いかけているように、巽には思えた。

 ちょっと期待して、どこか不安そうで、かまって欲しいくせに、何故か遠慮がちに目を伏せる。

 誰かに似ている。

 時々見せる、王の仕草に、どこか似たものを感じる時がある。

 本当はかまって欲しいくせに。

 巽を思って、つい、本音を言い切れない時の、あの不安げで心もとない瞳が、何故だか良く似ている気がするのだ。

「遊んで欲しいの?」

 巽は犬に話しかけた。途端にぐるぐると尻尾を振って、擦り寄ってくる。

 おとなしく、しつけの良い犬だ。

 ただ、こう人懐こくては、番犬にはならないだろうが。

 足元に落ちていたボールを拾い上げると、犬は嬉しそうに待ち構えた。

「ほら」

 勢い良くボールを放り投げると、犬は喜んで追いかけた。庭を照らす間接照明と、満月の光に照らされて浮かび上がる、ふさふさのシルエットが、弾むように走って行く。

 いや、あれは自分かも知れない。

 かまって欲しくて、かまってもらう為に、誰にでも人懐こく尻尾を振る。

 犬がボールをくわえて戻って来た。巽の足元に置いて「もっと投げろ」と、目が言っている。巽がまたボールを投げると、犬は嬉しそうに走って行った。

 巽がパーティー会場からいなくなった事など、誰も気付かないだろう。終わり近くになったら戻れば良い。

 必要とされないあの場所より、例え一時の遊び相手でも、必要としてくれる犬といる方が、巽には心地良かった。

 ふと、王は自分を探しには来ないだろうかと思う。いや、あれだけ取り巻きに囲まれていたら、巽がいない事にさえ気付かないだろう。

 それは、ちょっと淋しい。

 淋しいけれど、仕方がない。無理矢理一緒に行くと言い出したのは自分だし。王にとって、パーティーに出席する事は、ご近所付き合いみたいなものなのだから。

 月光に照らされて、犬が走る。白に近い薄い色の毛並みが、ふさふさと跳ねて、薄青い影を作る。巽は、そうしてひとしきり、犬と遊んでいた。


「幸星!」

 突然腕を掴まれて、びっくりして振り返る。わん、わん、と犬が吠えた。

 王がそこにいた。

 不安そうな、心もとないような、今にも泣き出しそうな目をして。

 巽は突然抱きしめられて、戸惑った。

「どこに消えたかと、思った……」

 うっとりするような美声が、今は少し掠れている。

銀月(インユー)……」

 彼の亡き両親以外では、巽にしか許されていない特別な名を呼んで、巽は恐る恐る、その背に手を伸ばした。

 ほんの僅かだけれど、その広い背中が震えている。

 探しに来てくれたのか。

巽は胸の奥がほっと温かくなるのを感じて、目頭が熱くなった。

 それを悟られまいと、わざと憎まれ口を叩く。

「もう、大げさだよ、銀月! パーティーが終わるまでには、戻るつもりだったんだよ。折角遊んでたのに」

「何言ってる。お前がいなくなって、私がどんなに--」言いかけて、口をつむぐ。

 ほら、こんな時の瞳が、どこか似ている。

「心配した?」

 代わりに巽がそう言うと、王は憮然としたかおで「ああ。」と、答えた。

「ごめんね」

 素直に謝って、彼の唇に、そっと自らの唇を重ねる。

「幸星、そういう事を、こんなところでしないでくれ」

 王は口許を手で押さえて、下を向いている。

 月明かりの下でよくわからないが、もしかして、照れているのか。

「--押さえがきかなくなる」

「はぁ?!」巽は素っ頓狂な声を上げた。

 何を考えているのだ、この男は。照れているのではなく、堪えていたのだ。

 巽は王を置いて、さっさと会場に向かった。慌てて、王がその後を追う。

 振り返ると、犬はもう遊んで貰えないと悟ったのか、もといた場所へと戻って行った。

 月明かりがその姿を照らし出す。

 遊んでほしかったのは、巽の方だったのかも知れない。

「バイバイ……」巽は、犬の背に向かって、そっと囁いた。


「まぁ、まぁ。ごめんなさいね。知らない人ばっかりでつまらなかったでしょう」

 会場に戻るなり、パーティーの主催者は、そう言って巽を抱きしめた。何が詰まっているのか、やたら大きい胸が、巽を圧迫した。

 彼女は巽を引っ張って、スィーツばかりが並んだテーブルに連れて行った。

 慌てて振り返ると、王がすぐ後ろをついて来るのが見え、安心する。

 しかし、仕方がないとはいえ、やたら注目を浴びている。

「甘いものお好きなんですって?たくさんあるから、うんと食べてね」

 五十絡みの監督は、媚を売るように胸の前で手を合わせ、しなを作った。

 王の知り合いという事で、特別扱いらしい。

「ありがとうございます」巽はにっこりと、人懐こい笑みを見せる。

 王が彼に小さく切り分けたケーキを皿に取って渡す。

 なんだかすごく、気を遣わせてしまっているようで、ちょっと申し訳ない。

 頭一つ分背の高い王を、伺うように上目遣いに見る巽に、王は微笑みかけた。

「ほら、お前の好きなストロベリータルトもあるよ」

 いつもの愛想笑いとは違う、どこか嬉しそうな様子に、巽もつい、口許が(ほころ)ぶ。

「あらまぁ、妬けちゃうわね」

 そう言って二人に声をかけたのは、キャロルだ。

 売り出し中の新人女優は、縁あって彼らと知り合いだった。

「キャロル、いたの?」

「いたわよ。失礼しちゃうわ。タツミがちょっといなくなっただけで、大騒ぎだったくせに」

「大騒ぎって程じゃないだろう。」

 王はちょっと瞼の辺りを赤くして、首の後ろを掻いた。

「普段クールな貴方が、あんなに落ち着かないでうろうろしてたら、充分大騒ぎよ! それでなくたって目立つんだから」

 キャロルは手近にあったチョコレートを一つ、口に放り込んだ。

「ごめん、俺、邪魔しちゃったね」

 巽がしゅん、として俯くので、王が慌てて言った。

「そんな事ないよ、幸星。私の方こそ、折角一緒に来て貰ったのに、放ったらかして悪かったよ」

「そうよ。気にする事ないわ、タツミ。だって、タツミとセットじゃなきゃ、あんなジェームズ拝めないものね」と、キャロルがころころと笑って言った。

 巽は余程、王に心配をかけたらしい。

 申し訳ない気持ちと、それでも嬉しいと思う気持ちとが入り混じって、巽は子供のように俯いて、王の袖を引っ張った。

「何?  幸星……」

 王にそっと耳打ちする。

「ありがと。探しに来てくれて」

 王が蕩けるように、柔らかく微笑んだ。

 昼にあっては天空の、夜にあっては夕闇の色を映すその瞳が、青く滲んだ。




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