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二話


夜。

大きな月が闇夜にぽつん、と浮かぶ中、星ヶ岳美術館は異様な空気に包まれていた。

高いフェンスの前にはもう閉館しているというのにジゼルを一目見ようと多くの一般人、そして報道者とその車が囲み、館内にはいつジゼルが現れるかと警察が辺りを睨みつけている。

時刻は約束の十二時を回り、美術館の鐘が鳴り響いた。


「皆さん、ライトをこちらに」


高々と、マイクを通した音声が鳴り響き、あっという間にその一言だけで観衆を歓喜させ、大きなどよめきが巻き起こる。ジゼルに当てられた巨大なライトは警察のもので、彼は相変わらず高い位置から登場してみせた。だがその姿はカメラどころか近くに居た警察の目にも映っておらず、周囲を圧倒するその華麗な登場に人々は暫く、ジゼルから目を離せなかった。


「では今宵は、こちらに展示されている、海の女を頂いて参ります」


すっ、と垂直にジゼルは建物の最上階から飛び降り、いつの間に仕掛けていたのか壁のワイヤーを頼りに窓ガラスを突き破ってすぐ下の階に飛び込んだ。

警察達はジゼルが向かった方向に配置していた数人に応援を呼び、ジゼルを捕獲するべく走り出した。


長い髪をさっと振り払い、ジゼルは飛び掛ろうとする警察に何食わぬ顔で催涙弾をぶつけ、そのまま俊敏に駆けてゆく。その速さは催涙弾を浴びせられては到底追いつくことも敵わず、その場にいた警察官数人はすっかり床に伏せてしまった。



「俺、実はジゼル見るの初めてなんだ」


こんな事態にも気づかず、海の女が飾られているホールの警備をしていた警察官二人の話し声が聞こえ、ジゼルはふと足を止める。

片方の警官はふぅん、と適当に相槌を打ちながら欠伸を噛んでいる。

ジゼルは暫くその二人を見つめ、そっとその場を後にした。



「すみません!」

「ん…?」


そんな二人の前に、まだ若そうな青年が駆け寄る。服装はまだ袋から出したばかり、といった風なピカピカの制服に身を包んでおり、一目で新人だと伺えた。


「実は、俺新人で…どこの警備か忘れちゃったんですけど…俺…何処に行ったら?」

「新人か、新人なら庭の警備だろ」

「しっかりしろよ」

「あはは、すみません、えっと…庭はこっちですね…」

「あ、おい、背中にゴミが…」


新人警官が踵を返すと、その背中から細長い何か紙切れのようなものがぶらさがっており、一人の警官が呼びとめ、それを引っ張り出す。紙には何か書かれているようで、その隣の警官もつい足を止めてその紙を眺める。


「残念…ハズレ?なんだこりゃ…?」


新人警官、もとい変装したジゼルはニヤリと微笑んで、背後のスタンガンのスイッチを入れた。







「大変です!ジゼルの狙いは海の女ではなく、メインホールに飾られている彫刻だったそうです!至急メインホールに移動してください!」

「何ッ!?やはりこの作品はおとりか!」


変装したジゼルだとも知らず、息を切らしてきたかのような新人警官を見てホールに待機していた警官たちは一斉に駆け出した。元々、海の女の作者は無名で、作品自体に値打ちはない。

そのため、こちらの作品はおとりなのではないか、という疑惑が警察内でも浮き上がり、すっかりそれを逆手に取られたというわけだった。


誰も居なくなったホールで一人、変装を解いたジゼルは巨大な絵画、海の女を見つめて絶句した。

今夜この絵画に憑依している悪魔を祓わなければこの絵画を持っていかなくてはならない。だが抱えられぬどころか、何か大きな機材でも使わなければならないほどの大きさだった。

しばらくしげしげとその絵画を見つめていると、そんなジゼルをずっと見ていたように声が掛かった。


『随分手馴れてるな』


一瞬、警官かと立ち止まり辺りを見渡したジゼルだったが、その声は自分の目の前から聞こえていることに気がつき、顔を上げる。絵画のすぐ下に小さく体育座りをした男性を見つけて、ジゼルは深く息を吐き出した。


天野修也あまのしゅうやさん…ですね?もう貴方は命が無いことをご存知ですか?」

『知ってる。俺が死んだのはこの作品が描き終った頃だもんな、覚えてるよ』


目の前の男は既に、海斗が調べていた。この海の女の作者、天野修也。

若くして画家としての才能を芽生えさせた修也は、その活躍を世に広めることなく若くして病気にて他界。ここに居る修也は既に人間としての存在を保っておらず、彼のような幽霊が悪意を持って人を襲うようになれば、ジゼル達が呼ぶところの悪魔となってしまう。


一般的には悪霊、といった風に呼ばれているが人間に危害を加える際、その体を自分のもののように内側から蝕む姿がまるで映画に出るような悪魔のような姿に似ている所から、代々ジゼルはそう呼ぶようにしている。


「では…そろそろ成仏なさらないと、貴方はもうすぐ悪魔になってしまいます、僕は貴方のような方を助ける為に怪盗をしているんです、大人しくしてください」

『ゆーれいと怪盗、どーゆー繋がりがあるんだ?まあいいけどさ…俺はまだここを離れるわけにはいかない、作品が完成するまでは…』

「えっ…?それはどうゆう…」

『じゃあな、怪盗さんわざわざアンタも大変だな。でも俺の絵なんか盗んでくれようとするなんて、わかってるね、アンタ』

「あ、ちょっと!」


すっ、と立ちあがった修也は、そのまま絵画に溶け込むようにして姿を消そうとしていた。

ここで逃がしてしまっては、この絵画を盗んで屋敷に持ち帰らなくてはならない。ジゼルは必死にその腕を掴むように手を伸ばすが元々死人、上手く腕を掴むことが出来るわけもなく、ジゼルはそのままバランスを崩して倒れこむ。絵はまるでそんなジゼルを拒絶するかのように薄い膜を張ってホールは静寂を取り戻した。


「うわっ、何これ、触れないッ!」


絵に触れることすら出来なくなったジゼルが悪戦苦闘していれば、メインホールのダミーがあっけなくバレてしまった為、駆けつけてきた警官が扉勢いよく開き、ジゼルはハッとして振り返った。


「よくも騙してくれたな!捕まえろ、絶対に逃がすな!」

「ええええっ!?ああ、もう今日は引き上げるしかないか!兄さんごめん、失敗した!」


取り押さえようと掴みかかる警官をひらりとかわし、部屋から一番近い窓に向かって突進したジゼルは、そのまま窓を再び突き破り、外に飛び出した。

警備を敷いていた庭は獰猛な警察犬などが叫び声を上げ、宙に浮かんだジゼルを見上げる。

ジゼルはそのまま落下することなく、闇夜に姿を消してしまった。


窓からジゼルのマントを掴もうとしていた警官達は大きな舌打ちをし、無事に姿を残す絵画へと、不思議そうに視線を送るのだった。





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