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三話


「シルヴィア…か…」


一人、自室で出会った少女のことを思い出していた春斗は、深くため息を吐き出した。

何故こうも自分はヘマをしてしまうのか、という自責と、彼女に会うときはどうしたらいいのだろうか、という悩み事が相まって、うまく脳内を整理できない。

一人で寝るには大きすぎるベッドに転がり、春斗は部屋から見える大きな満月を見つめた。


春斗はこの屋敷にきてからというもの、美しい人というのが特別苦手に思えた。

彼女もまるで自分の妹を連想するようで苦手意識が払拭できず、明日の逢瀬がとてもじゃないが楽しめるはずがない。


美しい人が苦手、というのは春斗の心に残り続けるコンプレックスの塊のようなもので。

普段学校に通っている時にしている姿こそ、春斗が一番落ち着いていられる姿だった。厚いレンズで端整な顔立ちを隠し、長い髪をやぼったく結んで人を避け、前髪をだらりと伸ばし、人に慕われず、憎まれず。そういう人間関係を好んで生きてきた為、今までできた友人というのも慧ぐらいだろう。

学校で親しくしている慧の前でも絶対に眼鏡ははずさないし、髪もほどかない。

そもそも髪をほどき、眼鏡をはずしたぐらいで容易くジゼルだとバレてしまうし、それでよかったのだが、慧はことごとく春斗に自信を持てと言われてきた。


そう言われるたび自由に、自分に自信を持って明るく生きている慧が眩しく思えるのだ。



「春斗くん、いいかな」


ノックの音の後、七生が顔を少し覗かせる。春斗は思わずベッドから飛び上がると背筋を伸ばして座りなおし、七生に向き合った。


「父様…、どうかなされたんですか?」

「いやね、春斗くんが好きなパワフルプリンくん、食べないかなって…」


ぶらり、ととても有名作家で元ジゼルであるセレブとは思えぬ姿でコンビニ袋を下げる七生に、ふっと春斗は頬を緩めた。


「父様、またぶらぶら出歩いて…海斗兄さんに怒られますよ」

「いいんですよ、彼は今、家出中なんですから」






春斗はあまり、七生と会話をしたことがない。

七生自身、あまり子供と会話をしたりする方ではないので、妙な空気が春斗の室内に流れる中、プリンのカップを片手に七生は春斗に尋ねた。


「ねえ、春斗くん。どうしてこのプリンが好きなんです?お父さんも美味しいとは思いますが…昔からこればっかり食べているので」

「え…あれ…なんで…だろう…あまり覚えていなくて…」


思い返せば、春斗のことをよく知らないクラスメートですら春斗がパワフルプリンくんを好きだということを知っているぐらい春斗の好物であるのに、春斗でも、どうして好きになったのかよく思い出せない。そもそも春斗にはこの屋敷に来るまでの記憶は曖昧で、屋敷に来る前のことを春斗が七生や海斗に尋ねても適当に受け流されることが多かった。

どうして別宅で暮らしていたのか、それすらも今では曖昧でよく覚えていない。


「そうですか…まあ好物というのはそういうことが多いですね…」

「父様は…何か好きな食べ物ってあるんですか?」

「私…?うーん、そうだねぇ…あまり考えたことなかった…私もこのプリンが好き…なのかもしれないですね…ああそれと伊織のご飯…でしたよ」

「母様の…」


七生はにっこりと春斗に微笑み、伊織の姿を思い浮かべる。


「春斗くんは会ったことありませんよね…亡くなってしまってから私は君に出会いましたから…」

「写真、見ました。とても綺麗な人ですね…、僕も食べてみたかったな…母様のご飯…」


七生はひたと春斗を見つめ突然無言になる。

何かまずいことでも言ったかと口をつぐむが、彼はただ悲しげな表情一瞬しただけで、再び笑顔になった。


「春斗くん、最近お仕事がうまくいってないと聞きました。嫌…ですか、ジゼルは」


春斗は食べかけていたプリンを詰まらせ咳込むと背中を優しく撫でてくれる七生に感謝し、カップをテーブルに置いた。

正直な気持ちを伝えるべきか悩み、答える。


「よく…わからなくて…。盗むのはもう嫌だとは思うんです…犯罪ですし…でも、それで悪魔を祓えなかったら、亜紀斗兄さんみたいに怪我をするどころか死んじゃう人だっている…そう思うと…遣らざるを得なくて…」

「この家系に生まれたことで、初代ジゼルの贖罪をしてまわる運命となったことを、申し訳なく…思います。」

「贖罪…?」

「ああ、春斗くんは成り立ちについてまだ知りませんでしたね…まあ、このことは追々…。私は、君がどうしても苦しいのならば、ジゼルをやめて、亜紀斗くんに継がせた方がいいかと思ってね…」

「え、でも…兄さんは…」


そっ、と七生は子供にするように春斗の頭を撫でた。

春斗は驚いて七生の平べったい手のひらが動くのを見つめていたが、やがて手を止め、七生は真剣な面持ちになる。


「あの子が何の兆しもなしに吾妻邸に返ってくるとは思えません。きっとジゼルとして働ける何かを身につけたのでしょうね」

「それって、能力が開花した…って事ですか?」

「さあ、どうだろうね…、春斗くん。亜紀斗くんは君のお兄さんだけれども気をつけるといい。彼は野心家だからね…」


空のカップを回収し、七生は立ち上がって春斗に向き合う。

海斗も気をつけろ、と言っていたが一体どうしてそんな事をいうのか、春斗には理解が出来ず、春斗も立ち上がると強く返す。


「僕は…亜紀斗兄さんを信じていますから…兄さんが何か悪いことというかジゼルに関してどうにかしようだなんて思ってないと…信じています」

「…そうだね、私も父親失格かな…信じてあげるべきなんだろうけど…まあ、一応頭の隅には置いておきなさい。じゃあ私はこれで失礼しようかな、おやすみ、春斗くん」

「はい…おやすみなさい父様…」



七生が出て行くと一人になった春斗は、再びベッドに倒れこんで天井を見上げた。


七生が来る前よりすっきりした気分を感じ、春斗は微笑む。

すっかりその頭の中から少女、シルヴィアの事は薄くなってゆき、彼が翌晩の犯行時刻に慌てるのは言うまでもない。








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