第四章 美少女とガラスのピアノ
亜紀斗がやってきてから数日。
仕事のことは七生、もしくは海斗から一年前に死亡し、この世に未練がある霊が居る、もしくは悪魔にすでに憑依されている美術品や人間が特定されると連絡がある。
すっかり亜紀斗も屋敷に溶け込み、俳優業に戻る気はないのか、特に何をするでもなく家にいる。
春斗は亜紀斗が妙な事をしようとしないか不安ではあったが、そうやって家に居るのにも慣れ、今までの生活が海斗から亜紀斗にこき使われる日々に変わったぐらいで春斗自身も変化はない。
そろそろ仕事があるのでは?と思っていた頃、春斗の携帯に着信が入る。
これもジゼルの力が影響したのではないかと思えるほど、ぴったり、着信は久方ぶりに兄、海斗からのものだった。
「あ、もしもし兄さん…?久しぶり…今何処に居るの?」
『だから言っただろうが、友達の家、ったく面倒だな霊が察知できるっていうのも…』
「いつも思うけどどうやって場所まで把握してるの?」
『夢でみるんだよ、俺も親父も。そんなことはどうでもいいだろ、お察しの通り仕事だ仕事!』
海斗は余計な会話を嫌う。
会話を好む亜紀斗とは打って変わってこの性格な為、久しぶりのその反応に慌てながらも春斗はメモを取る。
場所は磯城川からさほど離れていない場所、美術館だった。
『今回は悪魔だ、気をつけろよ、自我がない。ここの所俺らを警戒して警備も厳重だ、もちろん捕まるのも駄目だ、いざとなったら力を使って逃げろ』
「わかった」
『あと亜紀斗に妙な真似させんじゃねーぞ、テレビにあの野郎映ってたらただじゃ…』
「おかないって?」
「うわっ!」
メモを取るのに真剣になっていた為か、背後から寄ってきていた亜紀斗に気づかなかった春斗はまんまと携帯を奪われてしまい、亜紀斗はにこにこと携帯から聞こえる海斗の罵声を受け流していた。どうやらまた一方的に電話を切られたらしく、はい、と通話が終了した携帯を春斗に返す。
春斗は大きくため息をついて携帯を受け取った。
「に…兄さんやめてよ…海斗兄さんを刺激するの…僕がまた怒られるでしょ…」
「ひどいな、俺が海斗に怒られるのはいいの?」
「いやそういうわけじゃ…」
なるべくメモは見せないようにと前かがみになっていたがこれもあっさりと奪われ、春斗は青ざめながら必死に取り返そうと手を伸ばす。身のこなしはいい亜紀斗はひょいひょいとそれをかわしながらメモを記憶した。
「ふうん、今回は県立美術館か…結構古い建物だね、大丈夫?」
「兄さん!兄さんは家で大人しくしていてくださいねっ、海斗兄さんだけでなく、父様にまで叱られてしまいますから!」
「はいはい」
メモを指先で放り、そのまま手のひらを振って亜紀斗はリビングから出て行った。
床に落ちたメモを拾い、今だその真意が知れない兄に呆れつつ、春斗は携帯を見つめる。
嫌な予感ばかりが胸の中に残る、どうか何も起きませんよう、裏切られてばかりいる神に祈り、春斗もその場を後にした。