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五話


突如頭に鈍い痛みを感じ、亜紀斗はつんのめって地面に伏せた。

激しく頭を強打されたのか、中々立ち上がることが出来ず、かろうじて振り返れば、体が半透明の女がそこに立っていた。その姿は既に、人型を保っておらず、薄く開いた唇から見える歯は人間のものではなく、獣のたぐいのようで、濃い霧のような気体を吐き出している。

亜紀斗は強烈な恐怖心に駆られ、痛みが過ぎ去っても立ち上がることが出来ず、腰が抜けたまま地面を這って女…であった悪魔を凝視する。


女は腕を大きく振りかぶり、すんでで避けた亜紀斗だったが、腕が鋭い爪によって裂け、つい大きな悲鳴を上げてしまう。


遠く聞こえていた喧騒も今は掻き消え、目の前の恐怖だけが亜紀斗を支配していた。


通常、自我を失ってしまった悪魔は未練の対象を自我を保っている間に解消しない限り成仏させることは出来ない。悪魔となった以上、ジゼルの力をもってでしか悪魔は倒すことが出来ないのだ。

まだ悪魔になってないだろうと油断していた自分を恥じて、亜紀斗は死を感じていた。


こうなれば海斗が撒いてくる頃には既に自分は肉塊と化し、目の前の悪魔に貪られていることであろうと。


身に纏ったジゼルの衣装から、懐かしい父の香りがする。


亜紀斗は自分の愚かさに涙が溢れ、視界がかすんでいった。


悪魔は振り下ろした爪が地面に食い込んで苦戦したがそれももう終わり、爪をようやく地面から剥がすと再び亜紀斗を見据えている。


再び悪魔が腕を下ろした瞬間、亜紀斗は静かに目を閉じた。




しかし、衝撃は中々訪れず、代わりに耳に聞き覚えのある声が数度響く。意識を失いつつあるのかその声は遠く、亜紀斗は数分、彼にとっては長く感じたその間目を閉じていた。

だが鋭い叫び声がしたのに反応し目を開けば、視界が暗い。何かで遮られている。


そして額には生ぬるい液体が流れてくる。血だ、直感した。


「なんで…こんな所に…いるんだよ…」



遮っていたのは細く、頼りない体。

その体に突き刺さった悪魔の爪と、相打ちにしたのか、悪魔はすっかりと力をなくして海斗の体にぶら下がっている。

悪魔の体は消滅する為、パン!と悪魔が弾けた瞬間、海斗の体から血が溢れ、海斗は膝をついてしゃがみ込んだ。


亜紀斗は混乱から悲鳴をあげ、強く海斗の体を抱き寄せて血が滲む傷口を両手で塞ぐ。

だがそれでも血はとめどなく溢れ出し、海斗は呟く。


「じっとしてろ…、今…家に…」

「どうして…ここに来れたんだ…、追われていただろう!」

「はは…馬鹿だな、俺たちはお前と違って…想像すればこの世の理を…捻じ曲げることが…できる…それで…想像した…」

「何を…!?」


ふっ、と海斗は微笑んで、目を閉じる。


「お前の…目の前にいる俺の姿を…」









それから、海斗は一命を取り留めたものの、ジゼルとしての能力を半減させてしまい、ジゼルをやめることになった。

彼がジゼルになるまでの数年間は亜紀斗が担うはずだったのだが、肝心の能力がない。七生が現役でしばらく海斗の指導をし、亜紀斗はジゼルを任されることなく結局家を出ることになったのだ。



家を出ることになったその日、別宅で過ごしていた春斗が丁度屋敷にやってきていた。


初めてみる三男の姿に複雑な思いを抱きながら、亜紀斗は春斗の肩に両手を乗せ、諭すように告げた。


「お兄ちゃんはすこし、悪いことをしちゃってね…家を出ることになったんだ。会ったばかりなのに…残念だよ…春斗、君はとても高い能力をもっていると父さんに聞いた。俺は手に入れることすら出来なかった能力だ、きっと、家業を継いだ時に正しいと思う方法で…使うんだよ、俺は間違ってしまったから…」

「何処にいくの?」

「何処だろう…何処だろうな…」


ぼろっ、と亜紀斗の瞳から涙が溢れ、春斗はきょとんとしてその背中を撫でる。


「また会おう、春斗、お兄ちゃんそれまでに頑張ってくるから…強くなるからね」

「うん、バイバイ」


小さな手のひらが見送る中、亜紀斗は家を出た。

七生は破門、といったものの、この家に居ないほうが亜紀斗の為だと思っていた。

彼が劣等感を抱くのは、何より家を大事に思っているからこそ。家を継ぐべき長男という役を失えば少しは軽くなるだろうと考えたのだ。


「これでよかったんだろうか…伊織いおり…」


もう隣で頷いてくれる妻の姿がない七生もまた、そう一人で呟き悔いる。

亜紀斗が再び吾妻家へ戻ってくる五年後まで、何度も、何度も…。





何だか暗くなってきましたが、また普段のようなお話に戻ります。とりあえず家族の事を書きたくて…。



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