四話
吾妻亜紀斗は、ジゼルを代々継いだ家に生まれた長男、ジゼルを継ぐべくして生まれた存在であった。
彼の父、七生が行ってきた怪盗業、ジゼル。彼はジゼルで養われた想像力を生かして小説も執筆しており、表向きは小説家裏家業は怪盗業といった正に小説の中のような人生を送ってきた。
若くして妻を娶り、亜紀斗が誕生してからはジゼルをやめ、子供と妻に尽くす日々。
そんな風に愛情を注がれ生まれた亜紀斗は一つ、致命的欠点があった。
それはジゼルとしての能力がないこと。
生まれてすぐに能力に目覚めるということ自体は稀だが、やがて人格が形成されてくる辺りには既に能力が目覚め、想像一つで世界を変えることが出来る。
だがその能力が五歳を過ぎても芽生えず、海斗が生まれ、二歳で能力が開花し、亜紀斗はその負い目を感じつつも自分の能力が芽生える日を待ち続けた。
「亜紀斗兄ちゃん…」
「あっちに行けよ…僕に構わないでくれ!」
しかし彼がジゼルとしての能力を芽生えさせる日は終ぞ来ず、長男であるのにも関わらず、本業のジゼルが継げないという焦りと、兄のプライドが交差し、いつの日からか海斗を疎むようになる。
その後、春斗が生まれ、雪那が生まれ…自分一人だけが所有しない能力に、亜紀斗は疑問すら感じて七生に詰め寄る。何かがおかしい、自分は本当にこの家の子供なのか?
だが返ってくるのは穏やかな一言、そうですよ、お母さんに聞いてごらんなさい。
しかしその母も他界し、疑心暗鬼に駆られた亜紀斗は五年前、十八の頃、夜中に海斗の部屋に忍び込み、衣装を拝借する。
彼の衣装はとてもじゃないが小さく、身に着けることは出来なかったが、彼の衣装と共に仕舞われていた七尾の衣装を見つけ出し、着用する。
やはり額にはジゼルの能力の証であるダイアのマークは現れなかった。
ジゼルであれば、脚光を浴び、夜の街を自由に移動して想像のままに全てを動かせる。
家業であるのにも関わらず、自分だけが取り残されたその世界にすっかり魅了されていた亜紀斗は、衣装を手に、海斗と七生が正式なジゼルの仕事として、予告を出す日を待った。
能力がなくても美術品を盗み出すだけの身体能力を持っていると自負していたし、失敗などは頭に無かった。ただ、美術館の柵の向こう側、テレビの向こう側の視聴者のような高揚感に酔いしれていたのだ。そのときはまだ、気づくこともなかったのだが…。
『ジゼルが犯行予告した近代美術館前です、辺りは既にジゼルを待つ人々で溢れています!』
テレビの中継車が数台停まる美術館前、既に閉館した美術館前にはカメラや携帯を手にした一般人、報道者が混ざり合い、夜中だというのに賑わっていた。
サーチライトが美術館の中、外装を隈なく照らす中、亜紀斗は木の影に潜んで、中に侵入する機会を伺っていた。見張りの警官たちがぐるぐると取り囲む中、一人、どくどくと胸の鼓動が高鳴っていた亜紀斗はここに来て、ようやく自分がしでかしている事の大きさに気づき始めていた。
だが気づいたところでもはや後戻りすることも出来ず、海斗は七生の衣装を盗んでこうして亜紀斗が隠れていることお知らずに美術館にもうすぐ乗り込む。
そうなればいくらジゼルの能力がない亜紀斗も海斗をおとりに紛れ込めると確信していたのだ。
活躍する、という意識はあまりなかった。
ただ自分ならば出来る、そう信じていたのだ。
案の定海斗がうまくおとりになり、警備が薄くなった美術館に忍び込むことに成功した亜紀斗は、目的の品が飾られている展示室を海斗に見つからないように目指す。
海斗は追われているため、その位置を知るのは容易い。
展示室に辿り着いた時、見張りの警官達が取り囲む展示室に用意していた催涙弾を投げ入れた亜紀斗は口を覆い、展示室に一番乗りで入り込んだ。
ここが、ジゼルの風景。
美術品だけを照らす小さな明かりだけがこの部屋の照明全てともいえる薄暗い部屋。
照らされ、輝く巨大な宝石を眺め、亜紀斗は手を伸ばす。
サイレンが鳴らないように触れることはしなかったが、赤く光る宝石は亜紀斗の指先をピンク色に染め、触ってくれと言わんばかりに輝く。
恍惚として宝石に見とれていた亜紀斗は忘れていた、これが霊の未練の証であることを…。