三話
夕食時、亜紀斗が帰宅してきたのにも関わらず、咎めることも、歓迎することもなく、七生は一緒に食事を摂り、屋敷に居なかった五年間の事をただ、亜紀斗に尋ねた。
それはまるで破門されていたのが嘘のようで、亜紀斗も亜紀斗で楽しそうに五年間の俳優生活について語り、雪那はもとよりそんな会話に口を挟まない。
春斗だけが、何故だか居心地の悪い気持ちを味わいながら食事をし、あまり喉を通らなかった。
食事が終わり、デザートを口に運んでいた亜紀斗は、思い立ったようにスプーンを置き、七生をひたと見つめる。七生は視線を感じていながらも、デザートから顔を上げなかった。
「父さん、話があるんだけど…いいかな」
「構いませんよ、どうぞ、ここでお話なさい」
妙な緊張感がダイニングに広がる。春斗は今すぐに席を立ってしまいたい気持ちに駆られたが、思いとどまり、隣の雪那を見つめる。
雪那は七生と亜紀斗の両方をぼんやりと眺めている様子だった。
「俺さ、長男だろ。ジゼル…継がせてくれないか?」
カチャン、と七生が生み出す食器の触れ合う音がやけに反響し、七生は漸く顔を上げて亜紀斗を見つめた。
「五年前、言ったはずです。あなたには永遠にジゼルを継がせないと。どういう風の吹き回しでそんなことを思ったか、言いなさい」
「別に、俺にはやっぱり吾妻家を継ぐ責任があるかなって…そう思っただけさ、ふらふら五年間遊んでたらそう思えてね」
「今は春斗くんがジゼルを継ぐべく、頑張っているではありませんか、何が不満なんです?」
口元を拭い、七生が尋ねる。
亜紀斗はチラッ、と何故か雪那を一瞥し小さな声で別に…と返した。
「だったらいいでしょう、それに五年前と同じ事を繰り返してはなりません…、いいですね」
七生はそれだけ告げると席を立ち、自室へと戻っていった。
亜紀斗はただ七生が去っていく様子を目で追い、食べかけのデザートを追いやって机に突っ伏す。
春斗はそんな亜紀斗を思い、側に寄って肩を叩いた。
「兄さん…そんなに落ち込まないで…今の仕事がうまくいってないの?ジゼルなら僕が頑張るから…兄さんはゆっくり磯城川で仕事を探せばいいじゃないか」
「離せよ、なぐさめてくれるな、春斗。俺はまだ、諦めてないからね…それと、別に仕事がうまくいってないわけじゃないさ、大丈夫」
軽く手を振って春斗の手を払いのけた亜紀斗は、頭を抱えて七生に続くように部屋を出た。
食器を片付けるメイド達の様子を眺めながら、雪那は春斗に振り返った。
「亜紀斗兄様は…どうかなされたのですか…?」
「ああ…そっか…雪那はまだ小さかったもんね…まあ僕も二つしか離れてないけどさ…兄さんはジゼルに一度もなったこと…ないんだ」
振り払われた手をじっと見つめながら、雪那に笑顔を向ける。
こうして家族がバラバラになってしまった原因の一つは兄、亜紀斗の事があった。
彼が破門される原因ともなったその事件は長らく、彼が居ない間もずっと吾妻家に引っかかりのようなものを生み、春斗はいつもその事件を心に刻んで仕事をしている。
五年前の事、春斗は十歳だった。