七話
『俺はどうしたらいい?きっと洋子は俺を恨んで死んだはずだ!俺はなんて…なんて顔をしてアイツに謝れば…!』
「大隈さん、よく聞いてください」
ジゼルは大隈の話を聞き、マントを再び羽織った。
再び洋子の姿になったジゼルはにっこりと微笑む。変装だと分かっていても、大隈はじくりと心が痛んだ。
「あなたの奥さんは現世に存在しません。僕の兄は霊を感知する能力をもっていますが、この屋敷で感知されたのは一人だけ、つまりあなただけなんです。あなたの奥さんは現世に未練をお持ちではありません。」
『ど…どうしてそんなことが分かるんだ!大体、死んだ場所にうろついてる可能性も…』
「通常、霊は一番未練がある場所、そして物に癒着してしているはずなんです、だからそれはあり得ません」
『そんな…馬鹿なだって…洋子は俺のせいで…』
「僕ならきっと…そんなことで簡単に恨むなら、最初から自分の服なんかを犠牲にしてまで弁解せずいるなんて事…しません」
大隈はジゼルを見つめる。その手に抱えられた壷は、大隈が癒着している壷。つまり未練の象徴とも言えるもの。ジゼルは壷を大隈の側に置き、手を差し伸べた。
「あなたの未練を、解消してさしあげましょう、本意はあなたが直接、奥さんに尋ねてこればいい」
大隈は動揺しながらも、透けた自分の手をジゼルの手に重ねる。
ジゼルは想像した。自分が洋子で、この屋敷が丁度一年前の風景である姿を。
再び目を開くと、そこは先ほどまで居た自室ではなく、玄関だった。手にはヒビの一つもない壷が抱えられていて、足元には猫がいる。
夢でも見ているのかと辺りをきょろきょろとしていれば、玄関の戸が開き、暑い外から帰ってきたように大きく息を吐き、クツを脱ぐと顔を上げて微笑んだ。
「ただいま」
一年間。たったというには長く感じた一年間、ずっと待ち望んできた一言。
大隈は声がでず、ただ口を動かして壷を置き、走り出す。
きっと彼女は本物ではないのだろう、この空間も全て幻なのだろう、それでも、それでも抱きしめられずにはいられなかった。わんわんと子供のように大声で泣きながら、大隈は強く、洋子を抱きしめる。
『すまなかった…!本当に、本当にすまなかった!俺が…俺が癇癪を起こさなければ…お前は…!』
「なにも泣くことはありませんよ…もういいじゃありませんか、さあ、ご飯にしましょう」
『洋子…洋子、すまなかった…!』
大隈の体が、金色の粒に包まれる。
洋子の姿をしたジゼルは泣き続ける大隈の背中を撫でながら、彼がもう死んでいる為、本当は完全に触れられないのを感じて一人、複雑な思いを感じた。
大隈は洋子、洋子と繰り返し叫びながら咽び泣いていたが、やがて頭まですっかり金色の粒に包まれると、優しい声で一言、
『ありがとよ…』
と呟き、大隈は姿を消した。
大隈が完全に見えなくなってから一言、ジゼルも答える。
「どう…いたしまして…」
パン!と部屋は元の大隈の自室へと戻り、壷は前と変わらぬ姿でそこにあった。
ジゼルは窓を開き、屋敷から飛び降りるとマイク越しに海斗へ伝える。
「任務完了、帰ろう、兄さん」
部屋には一匹、切なげに声を上げる猫が居るばかりで、屋敷は再び静寂を取り戻すのであった。