1.5章~カコノカケラ クロウ~no.3「契約」
[フレイムライフル]っ!」私の今ある魔法の中で一番早い魔法を放つ。石像の上側に当たった火の波動は、石像の武器の軌道を僅かに逸らした。ドープの頭に重い一撃を入れるはずだった石の鈍器は、右肩に入る。ついでに木から飛び降り、ドープの後ろに立つ。「大丈夫!?」「!?」慌ててバックステップをとり、ドープが私と並ぶ。「…お前…何しに…」「何しにじゃないわよ!油断して後ろ取られて!馬っ鹿じゃないの!?」「お前こそなにしゃしゃり出てきてやがんだよ!帰れ…っつっても帰り襲われたら…ああくそ!とりあえずそっから動くなよ!」「う、うん。」あたしはドープの気迫に押され、思わず頷いた。ドープは上体を倒し、地面すれすれに大きな剣を地面と平行に構えた。お婆様の稽古の付き合いで様々な武術を見てきたが、あんな構えは見たことが無い。大剣は重量があるため、普通なら上段寄りに刀身を立てて構えるのがセオリーだ。あんな構えでは剣を持ち上げる分力がかかる。彼の父でさえ、肩に担いではいるものの上段のスタンスは崩さなかった。ドープの構えは、はっきりいって無茶苦茶だ。「ごぁぁぁぁぁぁぁああ!」右側の赤紫の石像がおお
きなメイスを振り上げる。刹那、ドープの姿が…「消えた…!?」違う。赤紫の石像の向こう、大上段に剣を振り上げる姿があった。「…っらぁぁあ!」全体重を乗せた一撃が、赤紫の石像を半分に叩き割った。あっという間に崩れ、瓦礫に変貌する。しかし、もう一体…青紫の石像が、石刀を袈裟切りで振り下ろす寸前だった。身を捻るようにかわし、すれすれの所を石刀が唸りをあげて抜けていった。「っと!」「がぁぁぁぁぁっ!」ところがこの石像、自分の武器の特性が分かっているのか、振り下ろした剣の起動を90度変えて、剣の腹でドープの頭を殴打した。「がぁぁぁぁぉぉ!」「がっ…ぐぁ…!」流血で見るも無残なドープの顔。避けようと体を捻った無理な体制のまま、強引に武器を振り上げた。「調子に…乗るなぁっ!」青紫の石像は倒れる様にして逆袈裟をかわし、再び攻撃モーションに入った。「せゃぁぁぁぁぁぁっ!」逆袈裟で振り上げられた剣を振り下ろすドープと、青紫の石像の攻撃が交錯した。激しい鍔迫り合い。力こそ石像の方が強いものの、上手い角度で鍔迫り合いに入ったため、ドープの力でも十分渡り合える様だ。力は均衡し、どちらも動かない状
況だった。今ならいける!「[フレア・トマホーク]!」急角度で上に登った火炎弾は、逆U字を描き、急降下で青紫の石像の頭を貫いた。一撃で粉砕された青紫の石像は瓦礫に変わり、力の行き場を失ったドープは、その場に倒れ込んだ。
「ふぅ…」「ふぅ……じゃないわよッ!」「あー……あれだ……何でここに居やがんだこの馬鹿!」「はぁっ!?あんた私がいなかったら死んでたのよ!?礼を言いなさいよ!」「俺一人でも楽勝だったってーの!」「なによそれっ!?最っ低ー!」二人は睨み合ったあと、ふんっ、と互いにそっぽを向いた。ふと、2つの瓦礫から、それぞれ一つの欠片がふわり、と浮かび、空中で静止した。「………おい。」「……なによ。」次の瞬間…まるで欠片に呼び集められたかの様に、瓦礫は欠片に集まり、元の……二体の石像に戻っていた。「…嘘…」「がぁぁぁぁぁっ!」ステレオで2つの石像が吼えた。「再生能力だわ!聖属性の魔法がないと…」「………」炎魔法だけに特化したユレイは聖属性の魔法を習得していない。この場に聖属性の魔法を持つ者はいない、ということになる。が…「……。」「ち…ちょっと…聞いてんの!?」ゆっくりと剣を構える。「呼んでる……」「はぁっ!?」「聞こえるんだよ……こいつの倒し方…助けてって声が。」とうとう頭がおかしくなった、と思われたかもしれない。小さなこの声は、俺にしか聞こえていないのだろうか?
――――助けて――――
―――ここから出して―――
大剣を大きく引き、突きの構えを取る。「…[風銛閃]!」走る勢いと身体のバネを伸ばしきる力、全体重を乗せた必殺の一撃が、赤石像の右肩を粉砕した。風が吹きすさび、そのまま赤石像を飛ばした。大木に激突。身体が伸びきった隙だらけの姿勢を狙って、青石像が石刀を振り上げた。「っらぁ!」大剣を地面に思い切り叩きつけ、刺す。そこを支点に、柄を鉄棒のようにして、飛ぶ。ジャンプの頂点で剣を引き抜き、がら空きの頭上を取った。「[兜断翔]ッ!」バットの様に、全力で振り抜かれた大剣は、文字通り相手の兜…の無い頭を真っ二つに切った。そのまま背後に着地し、振り返り一閃。青石像は、まるでハンマーで氷を叩いたかのように爆散した。「っしゃ…とどめ…ッ!」先ほどと同じ、瓦礫と化した青石像に向かって、思いっきり剣を振り上げた。「でゃぁぁぁぁぁ!」瓦礫のうちの一欠片に狙いを定め、思いっきり振り下ろした。それは先刻…初めに浮かび、他の欠片を呼んだ、核となる欠片。これを壊さなけば、戦いは終わらない、というわけだ。核を壊された青石像の瓦礫は、煙に変わり、天にのぼって霧散した。「…聖属性無しで…倒した?!」「っしゃ、
次ィッ!」再度を引き、風銛閃の構えを取る。片腕の無い赤石像の頭に、狙いを定めた。上手く立てない赤石像は、じたばたともがいていた。「今出してやる…風銛閃!」急接近し、一突き。上半身を吹き飛ばした一撃で瓦礫に変わる赤石像に、最小限のモーションでとどめを刺す。「はぁ……はぁ……っ…!」「凄い……」《……ありがとう……》「よかったな…出られて。」《魔力を含まない攻撃で核を攻撃…無理難題だと思っていました。人間は無意識の内に魔力を武器に流してしまいますから。》「“欠落人”だからな。もとより魔力が無いんだ。込めようがない。」《…?!…それでは今の剣技は…!?》「……さあ?」《さあ……って…キミ面白いね。》目に見えない何かとの会話。ユレイからすれば、さぞ奇妙な光景だろう。《ねぇ…モノは相談なんだけど…》「…ん?」《私達をキミの心に住まわせてくれないかな。》「…つまり???」《キミに、ボク達の魔法を使えるようにしてあげる。そのかわり、お願いしたいことがあるんだ。》「……っ」おもわず、息を飲んだ。魔法が使える?この俺が…?!「…良いぜ。どうすればいい?」声が震えた。《…目を閉じ
て、じっとしてて。》「………。」身体が、暖かい。仄かな熱に浸かっているかのような感覚。《我は月、闇に染まる一縷の光を纏う者。契りを交わし、能力を授けん。》《我は月、闇を払い包む霊光を纏う者。契りを交わし、能力を授けん。》見えない二人の声が、頭の中で反響する。身体を包む熱が更に熱くなる…狂おしいほどに。次の瞬間、《……契約!!》重なる声と共に、身体の熱が爆散し、確かな力が俺の中にあるのが感じられた。「……ど…ドープ…?」「帰ろう。なんか、疲れた。」剣技を使わないと倒せない敵なんて久々で、体力を使ったのは事実。それより帰って報告したい、というのが正直な気持ちだったが。「ドープ?!…その…目どうしたの?」「…目?」《君は欠落人から精霊憑きに変わったんだ。私達が君の精神世界に住んでる影響で、君の黒目が赤くなってるはず。彼女はそれに驚いてるんだと思うよ。》頭の中で声が響く。「…俺が欠落人じゃなくなった証、らしいぜ。」「…!?欠落人じゃなくなった……って…?」焦っているのか…いじめの対象が、その理由が消失しようとしているのだから。「良いから帰るぞ。俺の後ろ5歩をぴったりつ
いて来い。」「…………」
「…………」どれくらい歩いただろうか?一度の戦闘どころか、一言の会話すらなく、だいぶ歩いた。出口のフェンスまで後少しの所で、ドープが止まった。「後は勝手に帰れ。」そう言って、また歩き出した。「え…。」「二度とこんな事するなよ。」「ち、ちょっと…」そこで…明らかに嫌そうな顔で足をとめ、振り返った。「私…あなたに止めるように言いに来たの。危ないから…」「…やっぱりな。」「え?」「この前、急いでてフェンスに足かけちまったからな。じきに見つかると思った。」「お願い。もうこんなことしないで。」「……本当に“危ないから”なのか?」「…え…」「俺を散々虐げてきてなにいってんだ、ってことだ。俺が死ぬ、万々歳じゃねえか。」「そんなこと…」「もう一度、言うぞ。俺の後をつけるのを止めろ。というか、俺に関わるんじゃねえ。」そう言って、ドープはフェンスを飛び越えた。
「ただいま。母さん。」剣を壁にかけ、母さんの正面にすわると、母さんがグイッ、と顔を近づけてきた。「………。」「か、母さん…ちゃんと説明するから…」「…精霊憑きになったのね。ドープ。」離れていく母さんの日微笑。「え…?!」「ふふっ…母さん、これでも世界中を旅してるのよ?精霊憑きの目が赤い事くらい分かるわ。」「母さん…。」「おめでとう。ドープ。…精霊さん、私の声が聞こえるかしら?」《聞こえます…とお伝え下さい。もう少し慣れれば、声を自由に出せると思いますので。》「聞こえる、って。ちょっと今は喋れないみたいだけど」「ドープと一緒に…戦ってあげてくださいな。ちょっと複雑な子だけど、良い子だから。…それから、ありがとう。ドープと契約してくれて。」《そんなコトないよ。むしろ礼を言わなきゃいけないのはボク達の方で…》「えっと…」「…聞こえたわ。綺麗な声が…達、ってことは何人かいるのね…ふふ…本当に良かったわ!」テーブルをまわり、俺に抱きついてきた。「母さん…」「よかったね…ドープ…」「…ぅん。」俺は泣いた。声も音も無く、ほんの少しだけ。物音…玄関の開く音で、母さんは俺から離れ、父さ
んを迎えにいった。「おかえ…」母さんが言えたのは、そこまで。父さんが今まで見たことのない鬼のような形相で、母さんの首を掴んでいたからだ。「……死ねッ!」「…か……っは…」「母さんッ!」慌てて父さんの太い腕につかみかかった。「止めてよ…父さんッ!」「邪魔を…するなっ!!」壁際まで吹っ飛ばされ、後頭部にひどい痛みを受ける。「ドープっ!…っか……はぁっ……」「止めろ…やめろぉぉぉぉぉ!」初めて、魔力を使った。足から噴き出した紫の魔力が、急速のタックルを生んだ。父さんの体が窓を突き抜け、庭の外へ飛んでいった。激しく咳き込む母さんに手を貸し立たせると、父さんと母さんの間に入るように立った。「どうしたんだよ父さん!?」「どけ…ドープ、お前まで殺したくない…だが、邪魔をするなら……」あろうことか、父さんは大剣を構えた。肩に担ぎ、やや前に傾いた重心で左足を半歩前へ置くスタイル。《マスター。決断が遅れると命取りです。あの人…マスターのお父様から本物の殺気を感じます。》「分かってるよ…」ちょうど背中の辺りにあった大剣を取る。まだ手入れしてない上、石像を相手にしていたため、打ち合う
のは危険だ。何より、実の父親…伝説の魔人を討った、世界の知る大英雄。プレッシャーに心臓を握られた感覚だ。「…ちゃんと説明してよ…父さん…!」「どけ……退いてくれ…ドープ!」「……母さんは逃げて。俺がどうにか説得する。」「ドープ…そいつはxxxxxッ!」「xxxxxxxxxx?」xxxxxxxxxxxxxxxxx。
そこで、記憶は飛ぶ。あのあと、母さんは逃げて。あの男と俺は家の中で戦った。途中で剣が折れ、気絶させられた。ルゥナ達がすぐ起こしてくれて、あの男を追った。漠然と覚えてはいるのだが、思い出せない。そうして、クラッキン山に登る。そして、母さんは殺された。
「……。」「……。」カップからは湯気が消え、外からは闇は消え、私達から言葉が消えた。クロウの目が、不安げに揺れている気がした。「…クロウ・ナイトサイドは、ルゥナ達に貰った名前なんだ。親父が付けた名前のままでいるのが嫌だったし、英雄殺しとして探し回られると思ったからな。」「じゃあ…ユレイちゃんは…」「俺を村に連れ戻すのが目的だろうな。待ってるのは処刑場だが。」「…。」「大丈夫。あいつには負けねえし、負けても居なくなったりしないよ。」いつもの…私の大好きな、屈託のない笑顔。「なんか吹っ切れたぜ。ありがとな。フーリィ。」「ううん。いいの。クロウを知れて良かった。今日は帰るね」「ああ。また後でな。」「うん!」