1.5章~カコノカケラ クロウ~no.1 「我儘」
それから数日がたった。稀代のカリスマの事故死は、大騒動となり、査問部は最後に戦っていた俺が犯人だ!と騒ぎ立てたが、フーリィを始めとする仲間たちは口を揃え反論。証拠不十分で不起訴になった俺は、その日の戦闘演習でジンに大敗。心配するフーリィの声を無視して、寮の自室に帰ってきていた。
「何やってんだよ……俺はっ!!」フーリィに当たり散らすのはお門違い…ジンに負けたのは俺が弱いからで。ノワール先輩が死んだのも俺の詰めが甘かったからで。「……クソッ!」俺は……弱い。フーリィに当たり散らすこの心も、ルゥナ達に頼らなければ誰も救えないこの力も。
その三階上…女子一年階の同じ部屋では、二人でお茶を飲む姿があった。藍色の髪を垂らし、膝を抱える少女の話を、銀をそのまま糸にしたかのような美しい銀髪に赤い眼の少女が静かに耳を傾けていた。「…クロウ…どうしちゃったのかな…。」「…フーリィは…本当に好きなんだね、クロウが…」優しく微笑む銀髪の少女に、フーリィは頬を朱に染めた。「…も、もう。ブランは…本当に悩んでるんだよ?」「…人の為に悩めるのは、素敵なこと。大いに悩むといいよ…。」そういって、ブランは紅茶を飲み干した。「…ね…聞いて良いかな…?」「…?」「…精霊憑きって……辛い?」クロウと同じ、赤い目。精霊憑きの証が揺れた。「…辛い。異端は、恐怖の対象。私は化け物扱いだった。クロウがどうか、分からないけど…」「…そっか。ゴメンね、辛い事思い出させて。」ブランは黙って首を横に振った。気にするな、と言いたげに。「………はぁ…」クロウは、自分の事を明かそうとはしない。特に過去について、一言も喋ってはくれない。彼の曲げない信念…犠牲による死を何より嫌うクロウの流儀は、そのブラックボックスから来ていると思えてならない。…知りたい、と
思うのは私のワガママだろうか。「難しいなぁ…」「…行く…?」「へっ?」「…クロウの部屋…」「…は…?」「…時には強引な…アプローチ…」「……いやいや、でもほらアレだよ…えーと…そうだ、寮長!異性の部屋は侵入禁止だから、見つかったら…」「…それは違う…男子が女子の部屋に行くのは…禁止…でも、逆は禁止と明記していない…生徒会則4章3節…」「う…」「…ほら…行く…」「でも…んにゃっ!?」ブランがフーリィの後ろ襟をつかんでいた。そのままずるずると引きずっていく。「ちょっ…ブラン~~!」
「……………」静寂。黙考数時間。その時間感覚すら無い。全て…無駄だったのか…結局俺のやっている事はあの男と同じ。強くなる、という目的で、ノワール先輩を踏み台にした。太陽の精霊の攻撃が1発で終わるわけが無かったのだ。見殺しにしたも同然。「………俺は…」あのとき……母親を失い、その犯人扱いされ、死刑にされかけたあの時。俺が「生きたい」と思わなければ…大人しく死刑を受けていれば……。どんどん自分が嫌になる。その時だった。
コンコンコン、とノックの音がした。時計をみると、11時。この時間だと寮長だろう。面倒で寝たふりをする。「………」 「……開けてよ。そこに居るでしょ。」「…っ!?」声を上げそうになった。フーリィの声だ。無視されて怒っているのか、俺の変化を感じて来たのか。どちらにせよこんな時間に来るなんて。「……入るよ?」いつも寝る前にかけるため、今カギはかけていない。廊下の光が俺を照らした。「…クロウ……電気、つけるね。」まるで人と会話しているかのような口調。俺は俯き、何もいえずにいるのに。「んしょ。」テーブルを挟むのではなく、わざわざ隣に座ってきたフーリィは、ティーポットをとりだし、カップを2つ満たした。「………」「………」ふわっと香る紅茶の匂い。沈黙を破り、呟く。「…どうして…」「?」カップを両手で大事そうに持ちながら、首を傾げるフーリィ。「どうして…来たんだ…?俺の部屋に。」いままでずっと一緒だった彼女には、いささか失礼だとも思った。「…心配だったんだ。最近ふさぎ込んでるし、不調だしさ。」「……ああ…」「…教えて…くれないかな。」「………」「クロウが何を背負っていて…何がク
ロウをそこまでさせるのか。」「嫌だ。」「どうして?」「…それだけは…駄目だ…絶対に。」「だから、どうしてよ!?」フーリィが声を荒げる。「……」何も言えなくなった。怖い。俺の過去を明かして変わる友人達の、俺をなじる視線。「…ねえ!」「……」「教えてよ…っ!」あるいは、この…優しすぎる親友を信じて、話すのもいい。だが、この3年間連れ添った大切な人を、俺の過去を話して、友情が離れる事が……恐ろしい。それはあっという間に他者に広がり、俺はあの村の……“英雄殺し”に戻ってしまう。なのに…「…話してくれるまで、ここを動かないよ。」「………」「…力になりたいの…!」「…無理だ。」「でも…!!」そこでとうとう……吐いた。「怖いんだよ!俺の過去は…信念は…その根本は、簡単に人を変えちまう!こっちに住んで、お前が…一人で居ようとした俺に…人と関わる事を諦めた俺に!もう一度“周りに人がいる”環境を…暖かみをくれた!今は…今だけはこの暖かみに居たいんだよ…。」学園を出たら、父親を探し、殺す…そして自分も死ぬ。今しかない温もり。我儘と分かっていても、そこに浸っていたかった。「だから…言
えない…。」フーリィは唇を噛んで、俺を見つめていた。顔を伏せ、言う。「今日は帰ってくれ。」フーリィが、ゆっくりと立ち上がった。「ごめ…」
バチン!!
「バカっ!」頬が熱い。何が起きたか分からず、フーリィを見上げた。泣いている…?「どうしてよっ!?どうして私がクロウを嫌いになるの!?クロウが今まで過去を話した人と私達は一緒なのッ!?」「………。」硝子の窓が割れるかのような、大きな音をたてて、俺の中の…“何か”が砕け散った。「何か言ってよ!ねえっ!!」「…違う。」「なら…!」尚も俺に声をかけようとするフーリィを制するように言う。「お前らは、今までの奴らとは違う。上辺だけじゃなくて、ホントに俺の……大事な仲間なんだよ。」「……。」「忘れてたぜ…仲間に隠し事して、信頼してもらおうなんざ…それこそ我が儘、って奴だ。」「じ、じゃあ…」見る間明るくなるフーリィの顔。空回りしていた自分にきづき、また助けてもらっちまったな…と心の中で呟く。「長くなるからな。最後まで付き合えよ。」夜はまだ長い。俺は、パンドラの箱を開けた…