1章~黒の信念~ no,5「曲げない思い」
「………は、ははは」嘘だろ、おい。
斬りやがった。実体の無い刃を。
「今のは………はぁ…危なかった。本当に…はぁ…強くなったね……。クロウ。」ピンホールスナイプなどの魔法自体は効いている。なら、なぜ…?「もうそろそろ……頃合いかな。」「…?」「僕が何故、君と戦う事にこだわるのか。気になっては無かったかい?」これは……好機だ。魔力を練る千載一遇のチャンス。話を聞きながら、集中する。「…僕は、君が学園に何をしに来ているのか…知っている。」「そんなの…強くなるために決まってんじゃないか。」「そう。強くなりに来ている。…ある特別な方法によって。」「…っ!?」「君は…欠落人だった。そして今、精霊憑き。違うかい?」「……」「そうすれば、全て合点がいく。突然姿の変わる不思議な魔法。赤い目。月という、世にも珍しい属性。君は、精霊憑きだ。」隠すつもりもない。俺は堂々と叫んだ。「そうだ。あんたの予想は全部当たってる。だからなんだ?」「僕……いや、僕達と勝負だ。クロウ。」その言い回しに、俺は全てを悟った。
俺が魔力を練っているのを黙認したのも。
断月闇衝を斬ってのけたのも。
ルゥナ達の違和感も。
俺と戦い続けたのも。
全ては彼の立場故。
「僕は…君が今まで倒して来た魔物と同じ…月の精霊を封印する楔だ。改めて僕を倒して、この子達を解放するんだ。君にはその資格がある。」「………待てよ。」「分かってるさ。この宿命も。だから君の実力を見た。僕も全力でいくよ。」つまりは分かっているのだ。月の精霊を解放した楔が、太陽の精霊によって、殺される事を。それは、武闘結界と言う絶対の保険が揺らぐ呪い。あまりにもアンフェアだ。「躊躇うな。」今までに見たことの無い、鋭い双眸が俺を射抜いた。「構えるんだ。クロウ。」「……っ……何でだよ…何でそんな簡単に死ぬ事を許容できんだよ!?」「……」「平気な顔して!あんたを信頼してる奴が……あんたを必要としている奴が!!どう思うか、考えた事はねえのかよ!?」脳裏に母の顔が浮かぶ。「………無いわけ無いだろう。両親、同じ町の友人、ヴァイス。僕を信じてくれた人が居るのは確かだ。」「なら…!!」「これが僕の信念だからさ。」「……!?」「月の精霊憑きに全力を賭けて倒され、華々しく人生を終える。僕が死んだ時、それは信念を守ったからだ。そう言ってあるからさ。」「……っ!」唇を噛む。「そ
うじゃ……ねえだろ……」「………」まるで申し合わせたかの様に…同時に剣を、構える。「馬っ鹿野郎がぁぁぁぁ!!」全身全霊を込めた戦いが、始まる。
ガキン!、と、金属同士が合わさる音がする。振り抜いたと思っていた棍は、“それ”に止められていた。「…貴方は…勘違いしてる……」“それ”は私の棍を押し返し、はじいた。距離を置き、“それ”の正体を見据える。透明で、照明を反射する美しい光をたたえている。「…強度は…出せる…私の氷は…自在…。」中短杖から伸ばした、氷。それが刃となり、一つの剣を成していた。「近距離戦でも…負けない…!」今度は向こうから距離を詰めてくる。「…せいっ!」「っ!やっ!」激しい鍔迫り合いになる。間近で見る少女の顔は何とも綺麗だった。「…D組…フーリィ・ポンドレイクよ…あなた…名前はっ…!?」「…C組…ブラン・シルク。…っ!」筋力はほぼ互角。「…決める…これでっ!」氷剣から、さらに小さなナイフがはえてくる。器用だ…凄く。「…っ!」徐々に首に近づく、刃。かといって、棍の力を弱めてしまえば、氷剣に仕留められてしまう。「全部…作戦かぁ…」「…!」「すごいや。最初から全部…作戦だったでしょ。」「…貴方も…凄い……見破ったの…初めて。」そう。魔法に特化しているタイプであるように見せかけ、土壇場で氷剣を出し、鍔迫り
合いに持ち込み、この状況に追い込む。首に氷刃が食い込む。「……また、相手してね。」「……ん。」「でも!」力を込め、体が密着しそうなくらいに近づく。氷の刃はさらに刺さるが、気にしない。「!!」「[ポセイドンスフィア]!」これが、最後の足掻き。道連れだ。
「……くす」「あは。」二人共死亡判定を受けながら、笑った。
良い友人ができそうだった。
「[ダークネスアクセル]!」「[フルムーンドライバー]!」もう何度目か分からない衝突。二人の剣がギシギシと鍔迫り合いを起こす。「っらぁ!」顔面を蹴り飛ばす。無理な体制で骨が悲鳴を挙げるが、構うことなく追撃する。「[狂月嵐斬]!」高速で剣を振るう、左右合わせて12連撃。次々に先輩のアーマーが砕け、下地が裂ける。「しゃぁぁぁぁっ!」最後の一撃で切り抜き、距離を取る。「[イービルフィンガー]!」今度はこちらからと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくる。威力を秘めた高速の突きに剣では捌ききれず、俺のアーマーもボロボロだった。「…はっ……はぁ…」「…はぁ……はぁ…」
次の一撃で、決まる。
剣技なんて小細工は無し。精霊を憑依する魔力も残っちゃない
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
二人の吼号が重なる。互いの全てを賭した、絶対の一撃。
………………………………………………………………
軍配は、俺にあがった。
今、先輩は大の字で床に倒れている。ここで解放を宣言すれば、全てが終わる。「………」「………先輩。」「…もう、語る事はないよ。」もう先輩は腹をくくっている。言葉を飲み込み、遂にその単語を発する。「解放」巨大な魔法陣が現れ、くるくると廻る。光の玉が二つ、俺の中に吸い込まれた。「ありがとう。クロウ。月の精霊憑きが君で……良かった。」「まだだぜ。」遥か上空を見据える。役目を果たせなかった楔を焼き殺す、不条理な光線。軌道は見えている。………る事は至極簡単だ。「…何を……止せ!」「っらぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」剣を水平に構え…
受け止める!
爆音と共に、異常な衝撃が走る。「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」剣の腹に衝突した光線は、殺意に狂ったかの様な勢いだった。肩が悲鳴を上げる。「逃げろ!僕の事はいい!」「良くねぇっ!」目を丸くしている先輩に、俺は力の限りに叫んだ。「あんたが信念を曲げなかった様に、俺は俺の信念を曲げねえ!」「何を…」「俺は何を成すにも犠牲を良しとはしない!!俺の手が届く限り、俺は誰も犠牲にならない一手を探し続ける!!それが俺の信念だ!でなきゃ俺は…」何を成したかったのか分からないが…あの男は確かに母さんを犠牲にした。
「この世で最も嫌いな奴と同じになっちまう!俺が強くなり、あんたが死ななきゃなんねえ定めなら!」剣が軋む。が、光線も少しずつ細くなっている。「その定めとやら、俺がねじ曲げてやる!」とうとうヒビが入る。あと少し…頼む!「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」剣が折れる。僅かな光線は、軌道をほんの少しズラし、床を焼いた。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」「…君は…本当に…!」「まだ取り返してないですからね。38敗分。死に逃げなんて勘弁ですよ」「……はは。生きたくなったよ。100にするまで。」「…ははっ!ま。とりあえず今回は俺の勝ちって事で。止め、刺します。」「お手柔らかに頼むよー。」ちょっと、明るくなった先輩をみて。これからがちょっと楽しみになってきていた。
それなのに。
プレパレイションルームを出た直後。爆音と共に、プレパレイションルームのうちの一つが爆発した。俺達が駆けつけた頃にはもう、手遅れだった。
先輩の墓の前で、姿すら見せない卑怯者のいる…… 空に向かって、吼える。
「覚えとけよ……いつまでも手前の思い通りになんかならねえ…俺は月の精霊も、楔も!両方救って手前を殺す!!」誰に届くわけでもなく、俺の言葉は夕焼けに吸い込まれていった。