1章~黒の信念~ no,1「悪夢」
暗闇の中、俺はどこかを目指しして走っていた。いや¨どこか¨じゃない。ただその場所を思い出す事を、心の奥深くで嫌悪しているだけだ。この先に何があるかを知っている。それを意識すると、暗闇は色彩を帯び、風を帯び、よりリアルなデジャヴになる。
「母さん……父さん!」頂上への石段を2段飛ばしで駆け上がる。(嫌だ……行きたくない……!)今を夢と認識し、結末を知っている俺は、先に進むことを否定した。が夢の俺は止まる事なく、頂上へ駆け上がる。
石段の最後の段に足をかけ、頂上を一望する。石畳に対峙する一組の男女。「父さん!母さん!」そこに駆けていこうと、一歩踏み出した、その時。
父さんは……親父は……あの男は……持っていた大剣を……ゆっくりと振り上げ……
「ぁぁぁぁぁっ!」薄暗い…明朝の自室。それは、いつもの風景の一片。「…久々…だな…。」二段ベッドの上に寝ていて起きると天井に頭を打つため、かがみながら梯子まで歩く。(もっとも下段に寝床はなく、勉強机が押し込められているが。)顔を洗い、ふと壁に掛けられた制服に目をやる。「今日から高等部、か。」ハムレタスサンドを口に放りこみ、制服に袖を通す。「クラス表の前、混むし……早めに行くか。」忘れ物がないか確認、部屋をでるとガチャリとオートロックがかかる。開かない事を確認して寮をでると、見慣れた後ろ姿が前を歩いていた。「おーい、フーリィ」深い藍色の髪に後ろから声をかけると、くるりと振り向いた少女はにっこりと笑った。「クロウ!今日は早いね?」「クラス表の前が混む前に、な」「一緒にいこ?」「おう」この明るい同級生はフーリィ・ポンドレイク。中等部編入の頃、真っ先にクラスの輪に引き込もうとしてくれた人物だ。魔力の属性は【水】、基本である水魔術のほか、治癒術、音術もこなす健気な努力家だ。…ってあれ?居ない?……「クロウ?高等部こっちだよ?」「…あ…ああ。ちょっと考えて事してた。」中等部へ向か
う道を引き返し、フーリィの背中を追った。
杖と光がモチーフの学園のエンブレムが彫られた校門の先は、予想通り、ぽつぽつとまばらな人がいる程度だった。昇降口に張られたクラス表から、自分の名前を探す。「………あ。」あった。D組の一番上。ざっと面子を確認すると、フーリィを始めとする中等部時代の友人の名前もある。「…今年もよろしくね♪」フーリィが嬉しそうな顔をする。そういう俺も、安堵感で笑みを隠せない。「ああ。よろしくな。」外からしか見たことのなかった高等部校舎の中を指定されたDの教室へ向かって歩く。「今年も生徒会やるのか?」「うん♪一緒にやろうよ!」「か、考えとくよ…」「むー。そう言う時って大体考えてないと思うなぁ。生徒会のみんなも寂しがってるよ?帰っておいでよ~。」「…ん…うーん…」中等部の時に引き込まれたが、諸事情で一年で止めた経験がある。雰囲気は明るくて、すごくいい場所なのは知っているのだが。「ま、まぁ…誰か立候補がいたら、俺も立候補するよ。」「それって戦いたいだけじゃないの~?」前に回り込んで俺の顔を覗きこんでくる。覗きこまれている俺の顔、題名をつけるなら¨THE☆図星¨。「あー。クロウ図星だね?直接推薦しち
ゃうよ?」「オ、オットキョウシツハココミタイダナアサッソクハイロウゼフーリィ」「逃げたね…?」フーリィの細められる視線が痛かった。
顔見知りにある程度挨拶を交わし、廊下側の一番前端に座る。ピカピカの名札には1ーD、no.1、そのしたにクロウ・ナイトサイドと俺のフルネームが、黒文字でお洒落に刻まれていた。父が……いや、もう父ではない、あの男が母を殺してから、義姉の通うこの学園に中等部一年の終わり頃に編入されて、もう二年ちょっと……俺はこの学園に大きく2つの目的があって通っている。一つ目は、強くなる。かつての英雄であるあの男を殺せるだけの力をつける。そして、二つ目はそれにリンクしているのだが…《ん?あたしら?》俺の¨精神世界¨とやらに住んでいる彼女達の願い。《……クロウ…今日はやたら独り言が多いですよ?》彼女達は、属性、【月】を担う精霊。ある時太陽の精霊に散り散りに封印されてしまった彼女達は、魔力はあるのに使えない俺の魔法をアシストする代わり、俺の精神に住んで俺に他の月の精霊を探して欲しい、という契約をしている。精霊が俺に住む事で俺の目は赤く変色するが(常人なら青、魔力の無い“欠落人”なら黒)、助ける度に俺の扱える魔法が増えていくから、強くなる近道である。現在は四人。約二年前、偶然倒したアンデッド
スタチューという魔物に封印されていた、¨満月¨のルゥナと¨三日月¨のクレーセン。中等部、最後の夏休み、フーリィを始めとするクラスの友達といった海の近く、肝試しをした森の奥でマスターアリゲートに封印された¨水無月¨の紫。そしてこの学園の森に住んでいたブレードフェアリーに封印された¨神無月¨の白。みんな俺の大事な仲間だ。ルゥナの見立てでは、この敷地にあと二人いるらしく、休みの日はだだっ広い学園の敷地をうろうろしている。二年間も探して見つからないが。
「全員いるか~?HRはじめっぞ~。」ふと、新たな担任であろう男の声がした。短髪に無精髭、銀縁メガネという、何というか洒落たスタイル。「出席を……ああ、全員いるわ。全員異常なし。と」「………」中身は適当らしい。「……んー。俺はザックス。【土】の魔力の使い方なら教えてやれる。後は拳法…我流だからおすすめしないけどな。 じゃお前ら、順番に言ってけ、一番クロウ・ナイトサイド。」突然の指名にドキリとする。「あ…はい」椅子を引き立ち上がる。「属性は?」「……【月】です…」少し抵抗を覚えた。希少かつ強力、過去魔物の長、魔人を討伐したと言われる七英雄の一人で………俺の母親。魔導師、シフォン・ナイトサイドと同じ属性だったからだ。教室の数人がざわつく。「……なるほど。中等部主席…ね…」「剣の腕も多少。……我流ですが。」
「………?…まあ、よし。次」
全員の自己紹介が終わり、それまで聞いてんだか聞いてないんだか分からない腕組みをしながら俯く体制だった。終わる度にまあ、よしと繰り返していたし、寝ていたという事は無いのだろうが……「……じゅる………」訂正。絶対に寝ていた。「次、役員決めな。委員長副委員長二名。立候補募集。」朝の会話通り、フーリィが手を挙げる。「副委員長希望します」「おー。いいねぇ、決まり。副委員長任命。進行パス。」そう言って座っていた椅子を教卓前から教室端に寄せ、また眠り始めた。フーリィはやや困りながらも、教卓前に立った。「えっと……中等部の時は推薦も立候補もひっくるめて募集して二人以上いた場合、武闘結界で総当たりって方法だったんですが…」「ん。いいぞそれで。異議のある奴手挙げほらいないからそれで進めてくれねむいおやすみ」何という短い異議募集時間。それから本音が出てます先生。「じゃあ……推薦しますね?クロウ君?」「は……え゛?」すらすらと俺の名前を黒板に書く。もはや異議を受けつけない姿勢。先生より横暴なんじゃ……「んー…順当だな。主席。いいんじゃないか、他に無きゃ。」余計な事言うな。寝とけ。「一応、立候
補も……」一応って何だろう。まぁ、居るわけが……「立候補いたしますわ。」「ボクも…立候補で。」「あたしも!」(よっしゃ!)頭の横にドリルが付いたような金髪の…メリーだったか…そのメリーにくらべやや白がかった髪の小柄な男子、ジン…机に立てかけた大剣が大きく、覚えやすかった。そして、俺が引っ越してくる以前…ルイン村の小さな分校の同級生、ユレイ。中等部の最後、全ての分校から代表者をで決め、本校の主席を交えてトーナメントで試合する。その交流戦の団体戦決勝まで勝ち上がってきたのが彼女だ。「立候補三名、推薦一名。武闘結界での戦闘許可をお願いします。」「分かった。次の時間は施設の紹介だから、合わせて役員決めの試合を行う。…フーリィ、号令。」「起立……礼……着席」
すとすとすとすと。「…?」小首を少しだけ傾けるフーリィを、ぽかり。「…痛っ」「全く…人が居たからいいものの、順番が違うだろ。」「うーん……そうだけど…」「違いますわね。仮に逆だったら、間違いなく貴方だけでしたわ。」「へ?」突然後ろから声がして…立候補者の一人が優雅に立っていた。「私、貴方と戦ってみたかった…それだけで立候補しましたもの」「……へぇ?」「ジンとは中学が同じで…彼もまた、そういう思考で動く人ですし。」「ピンポイントで俺に敵意剥き出しのユレイは論外……か」鬼が走って逃げ出しそうな形相と目が合いそうになり、あわてて目線を戻す。「そういう事ですわね。」「俺と戦いたいってのは何でだ?」俺の問いにメリーが笑う。「とぼけないで欲しいですわね。常人ではまず見ないその緋色の眼……【月】の魔力とその名前……イレギュラーで…戦わずには居られませんわね。本物か否か…確かめたくて。」「血沸き肉踊る戦いがしたいんだ。」いつの間に近づいてきたのか、ジンもまた笑っていた。「なんで……こうも戦闘が好きな人達ばっかりなんだろう……」フーリィのぼやきは、チャイムにかき消された。