N氏の幻聴について
それでは、お話しさせていただきます。
これはわたしが、知人の──仮に〝田中さん〟──から聞いた、彼の友人である〝Nさん〟という方の身に起こった奇妙なお話です。
わたし自身は、そのNさんと面識はないのですが、田中さんのお話を聞いてゆくうちに、ひょっとしたら、わたし自身も、このNさんの出来事に関係しているのかもしれない、そう感じさせられて、思い返すたびにせすじが寒くなる。そんなお話です。
田中さんは、Nさんとは中高大と続く友人関係なのですが、社会人となってからは仕事の忙しさもあって、長い間なかなか顔を合わせる機会もなく、互いに近況なども知らない状況だったそうで、田中さんは半年前にNさんと久しぶりに会われたときに、この話を本人から聞かされたとのことです。
*
Nさんはとある大学に勤める男性のかたです。
その日は、お休みで自宅にいらっしゃったのですが、不意に、
「これ、どっちの色がいい?」
と、後ろから奥様に話しかけられたそうです。
Nさんの奥様はよくそうやって唐突に話しかけてくる方だそうで、Nさんもいつものことと、反射的に「何が?」と返事をして振り向かれたのですが、そこで「え」っと驚いて、頭が真っ白になったそうです。
というのも、そこには肝心の奥様はいなかった。
おまけに、そのときNさんはキッチンの流し台で、ご自分が使ったマグカップを洗っていらしたのですが、彼の家のキッチンというのは対面式で、後ろには食器棚や冷蔵庫を置いてもいるから、そこそこ手狭になってしまっている。
頑張ってすれ違えないことはないけれども、そうそう人が立つスペースというのはない。
じゃぁ音の反響で、たまたま後ろから聞こえたように錯覚したのか。けれども、それも違う。
そもそも、その時間、奥様は外へ出掛けられていて、家のなかにいらっしゃらなかったんです。
Nさんにはお子さんもふたりいらっしゃっるのですが、どちらもすでに独り立ちしていて、自宅はNさんと奥様とのふたり暮らしでした。
当然、なにかの空耳かとも思うのですが、けれどもNさんにはハッキリと、奥様の声で
「これ、どっちの色がいい?」
と訊ねられたという確信があって、他のどんな音を聞き間違えればそう聞こえてしまうのかも分からなかった。
こういう場でこの手のお話をすると、幽霊の声かな、と我々なんかはすぐに思ってしまいそうですが、Nさんの場合はそうではなかった。
「これは何かの疾患からくる幻聴かもしれない」と考えられたそうです。
たとえば統合失調症では、幻聴は主な症状のひとつです。ほかにも、うつ病や認知症でも起こる場合がありますね。
Nさん自身には、そういった持病はありませんでしたが、こういった疾患は、先天的な障害を持つ方だけでなく、健康な方でも、強いストレスにさらされ続けたことで脳機能が不調をきたして発症してしまう場合があります。
Nさんには自分がそういった、強いストレスを感じ続けているという自覚はなかったそうですが、最近は仕事がとくに忙しくなってもいるから、気付かないうちに疲れが溜まっているのかもしれない。あるいは、何らかの原因で、若年性の認知症などが起こりつつあるのかもしれない。そう思われたそうです。
ともあれ、それ以上、異常な声が聞こえてくるということはなく、Nさんも「今日は早く寝て、もし酷くなるようだったら専門の外来を受診しよう」と考えて落ち着かれた。
なので結局、奥様が帰っても、Nさんはこの幻聴のことを彼女に話さなかったそうです。
ところが、その日の夜のうちに、また奇妙なことが起こった。
Nさんがダイニングテーブルの椅子に座って本を読んでいると、
「これ、どっちの色がいい?」
と背後から奥様に話しかけられたそうです。
Nさんが振り向くと、今度はちゃんと奥様がそこにいて、スマートフォンの画面を見せてくる。
画面には通販サイトが映っていて、奥様は気に入ったブラウスを買おうとしていらしたんですが、青色か黄色かのどちらかで悩んでいらっしゃった。
Nさんは「え?」と思って、しばらく奥さんに反応できず、また頭が真っ白になって固まってしまったそうです。
昼間に聞いた奥さんの声の幻聴と、今の奥様の声。その調子や、速さが、まったく同じだったんです。
まるでCDやレコーダーを巻き戻して、おなじフレーズを二度、繰り返したかのようだった。
しかも声の調子だけでなく、声の聞こえてきた位置までが同じだった。
位置、というのはNさんから見た奥様の位置です。
椅子に座ったNさんに対して、奥様はその後ろで立っている状態でした。つまりNさんから見て、少し斜め上から奥様は声を掛けられたんですね。
それで思い返してみれば、幻聴として聞いた彼女の声も、同じように、少し斜め上から聞こえたような気がしたそうです。
その瞬間、Nさんは、ご自身でもちょっと信じられないことを考えてしまったそうです。
ひょっとしたら、自分は未来の声を聞いたのではないか。
オカルトな話だと、未来の出来事を目にする〝未来視〟という予知能力がときどき出てきますが、この場合は〝未来聴〟とでもいうのでしょうか。
とはいえ、Nさんは超能力や霊現象などには否定的な方で、そのときも「錯覚や、間違った記憶のこんがらがって、そう感じているだけだろう」というふうに思い直したそうです。
実際、人間の記憶というのは自分が思っているよりも曖昧なもので、有りもしなかった出来事が過去にあったと確信していたり、とくに深く考えもせずにやったことを、あとになってから、さも大事な動機があったかのように捏造する、ということがあるそうです。
Nさんはもともと、なにか体調不良があっても人にあまり話したり相談したりしない気質のかたらしく、その日の不思議な出来事も奥様に話さないまま、自分は少し疲れているんだろうという危機感だけを心に留めておいていたそうです。
……なんですが、それ以来、Nさんは同じような予知を、何度も、何度も経験するようになったそうです。
聞こえてくるのは誰かの声だったり、ときには周囲の音だったり、ということもあったようです。
たとえば、職場にいるのに自分のすぐ近くを救急車のサイレンが通り過ぎていった。
するとその日の帰り道、歩道を歩いていると、幻聴で聞いたのと同じ方向から、同じ速度で、実際に救急車がサイレンを鳴らして自分のそばを走っていった。
別の日には、夜に寝ようとしていたら突然、スプーンかフォークかが床に落ちたような鋭い音がした。とうぜん自分も奥様も食器には触っていない。
そうしたら、翌日の昼に、大学内の食堂でお昼を食べていると、隣の席の人がほんとうにスプーンを落とした。
そういうことが続いたそうです。
幻聴であって幻聴ではない。これはどういう状況なのか。自分に何が起こっているのか。何かの疾患だとしても、医師にどう説明したらいいか。
Nさんはワケが分からなくて、誰にも相談できずに、ずっとひとりで抱え込んでいたそうです。
ですが、最初こそ不気味に感じていても、Nさんはその状況にだんだんと馴れてきた。
そうすると、その場にいない同僚の「○○の資料の確認をお願いします」といったような声を聞いたときには、
「ああ、こういう仕事が入るんだな」
と、先んじて、その関係の作業を進めておいたりと、この予知を便利に使うようにもなったそうです。
*
田中さんからここまで聞いたところで、わたしは
「それは、また不思議な話ですね。それで、Nさんはいまも、その予知、というか現象というか……それが続いているんですか?」
と訊ねたんです。
すると田中さんはこう答えられました。
「それが、Nは亡くなりました。先々月、自分から命を絶ったんです」
驚いたわたしが「え、どうして?」と訊くと、田中さんは次に、半年前にNさんに出会ったときのことを話してくれました。
そのときのNさんはどこか思い詰めた様子で、旧友の田中さんとの偶然の再会にも嬉しがるどころではなかったそうです。
たがいに時間もあったので、Nさんの様子がおかしいと感じた田中さんは、彼を近くの喫茶店に誘って話を伺った。
Nさんはその予知のことを奥さんにもまだ話していらっしゃらなかったのですが、田中さんが昔から友人らの間では悩みごとの聞き役になっていたのもあって、ここまでの出来事を打ち明けてくれたそうです。
もちろん、常識的にはちょっと信じがたいことですし、田中さんも超常現象には懐疑的な方で、Nさんのお話には半信半疑――けれど否定するようなことは言わず、静かにNさんのお話を聞かれました。
ですが、最後になって、Nさんはこう言われた。
「あるときを境に、未来の音や声が聞こえなくなった」
田中さんはNさんの立場になって「予知能力がなくなって、逆に不安になっているのかな」とも思われたのですが、やはり「彼は何らかの精神疾患にかかって幻聴を聞いていたんだろう」という考えが強くて、その場はとりあえず、「もとに戻ったんだから良かったじゃないか」というような旨の、前向きな意見を伝えられたそうです。
Nさんも、そのときは田中さんの言葉に納得した様子でした。
ですが結局、そこから数ヶ月後に、Nさんは亡くなられたそうです。
「Nが本当に、未来の音を聞いていたのか、それともすべて彼の妄想や空想だったのかどうかは、分からずじまいです。ただ、幻覚だったとしても、それが治まったことを、彼は〝治った〟とは思えなかったんじゃないでしょうか?」
と、田中さんは仰ったのですが、わたしはその意味するところがすぐには読み取れず、
「どういうことですか?」
と訊ねました。
田中さんは続けてこう答えられました。
「未来の音を聞けたとして、それが無音になるっていうことは、どういうことなんでしょう。聴力が失われるとか? でも、聴力だけじゃないかもしれません。自分の肉体……つまり命が、ということです」
「Nさんは、ご自分が、近いうちに亡くなってしまわれると、信じてしまったということですか?」
「その恐怖に耐えられなくなって、自分から命を絶ってしまった。結果的に、自分で未来の音を消してしまったということです」
「なんというか、故人を非難するような言い方ですけれども、皮肉なことですね」
「ええ、ぼくもそう思います。彼には悪いですけれど、世界そのものが消えるとかじゃなくて良かったとも思ってます。やれ世紀末とか、人類滅亡とか、そういう予言を子供時分にTVで見ていた世代ですから、Nの言っていることが本当だったら、ひょっとして、そういうことも有り得るんじゃないかと、少し怖くなってしまったところもありますから」
「このお話、余所でさせていただいても構いませんか?」
わたしが怪談や不可思議な話を収集していて、ときおりそうした談話会にも参加して、集めた話を語っているということは、田中さんもご存じでした。
「ええ。Nの奥さんも、駄目とは言わないと思います。ぼくから一応、話しておきますけれども」
そう田中さんが仰ってくださったので、わたしも、
「では、ありがたく頂戴します。ありがとうございます」
とお礼を述べて、頭を下げました。
すると、その瞬間、田中さんは驚いてわたしをまじまじと見つめてきました。
「どうかされましたか?」
と、わたしが訊ねると、田中さんはスマートフォンを取り出して、ある画像を私に示されました。
「話し忘れていたんですが、これはNが亡くなったあと、奥さんから見せてもらった彼のノートなんです」
と言って田中さんが見せてくださったのは、大学ノートに走り書きされたメモの羅列のようなものでした。
「Nは途中から、聞こえた音や声を記録していたみたいなんです」
たしかに、ノートには聞こえた内容と日付がまず書かれていて、その下の余白には、それが実際に聞こえた日付があとから追記されているようでした。
Nさんは几帳面な方だったのでしょう。田中さんが画面を指でスワイプしてゆくと、それは何ページにも渡って続いているようでした。
オカルト的には予知に対しては〝的中〟と言うのが適当でしょうか。
ひとつひとつを詳しく読むまでもなく、記されている予知のすべてに、それが的中した旨が添えられていました。
「もちろん、手の込んだ作り物かもしれませんし、彼の幻覚が書かせただけかもしれません、これだけでNが未来の音を聞いていた証拠にはなりませんけれど……」
と言いながら、田中さんは、とあるページで止め、一部を拡大しました。
それは、Nさんが書き記した最後の予知のメモだったのでしょう。
しかし、その予知にだけは、的中したという記載はありませんでした。
「Nは、あるときを境に声が聞こえなくなった、と言ってましたけど、これが、そのことみたいです」
そこには、こう書かれていました。
『 ○月○日 ○時○分
「では、ありがたく頂戴します。ありがとうございます」
いままで聞いたことのない声。状況も文脈も不明。出所も不明瞭。はじめてのこと。 』
わたしは、「え」と声を上げて、凍りついたようになっていました。
最初の部分こそ切り取られてはいても、それは一言半句たがわず、たったいま、わたしが田中さんに伝えたお礼の言葉でした。
これは完全な、わたしの想像ですが、Nさんが「自分の死が近づいているのかもしれない」と感じてしまったとしたら、それは、わたしの言葉がきっかけかもしれないのです。
ありがたく頂戴します。ありがとうございます。
わたしが自分で言うのもなんですが、堅い口調ではあるけれども、普通に聞けば、ビジネスの場では耳にしそうな、お礼の言葉だと思います。
ですが、Nさんにはどう聞こえたでしょう。
まったく面識のない相手に何かが貰われる。しかも彼はそれ以来、予知だと信じていた声や音が聞こえなくなってしまった。
もしかすると、Nさんはいつしか予知を信じすぎるようになるあまりに、この最後の言葉を、超自然的な存在……たとえば死神かなにかが……自分の命を嬉々としてあの世に持ってく、その場面だと解釈してしまったのではないか。そう思えなくもないのです。
何気ないわたしの言葉が、過去のある人が命を落とす原因になってしまった。
そんなことは有り得ないと思いたいですが、そうだったとしたら、という恐怖はどうしても消えません。
ただ、そのときふと、ある疑問が頭によぎって、私は田中さんに訊ねました。
「けれども、Nさんは亡くなられています。どうして、わたしのいまの言葉を聞けたのでしょう?」
そうすると、田中さんは今度は、こういう話をしてくれました。
Nさんが最初に奥さんの声を幻聴として聞いたとき、実際にその声を聞いたのは、その日の夜のことでした。
そこから、幻聴と、実際にその声や音が聞こえた時間の幅は、だんだんと広がっていきました。
幻聴が聞こえる頻度はだいたい一定の感覚でも、それが的中するのは少しづつ、遠い未来のことになっていった。そのことは、ノートの記述からでも見て取れます。
最後のほうになると、予知は半年も過ぎてから的中するようになった。Nさん自身もそれには気付いていて、ノートの途中に雑感として書かれている。
最後に、田中さんは言いづらそうにしながら、こう、話を締めくくられました。
「ひょっとしたら、Nはいま実際に、ぼく達の話を聞いているのかもしれません。先々月に亡くなったって言いましたよね。思い出したんですけれど、明日がちょうど、彼の四十九日なんです」
わたしも田中さんも、思わずあたりをきょろきょろと見渡してしまっていました。
とうぜん、Nさんらしき人物が見えるわけもありません。
四十九日といえば、亡くなられたかたの魂が、あの世に行かれる日です。その日までは故人の魂はこの現世に留まっていると言われています。
Nさんは、死後の魂となって聞いた私の声を、予知されたのでしょうか?
彼の身に起こったことは、ほんとうに予知だったのでしょうか?
それらは結局、いまも定かでないままです。
お読みいただきありがとうございます。
本作はホラー祭に向けて考えていたものです。
当初はもう少し大がかりなSF調のアイデアでしたが、ストーリーにすると中弛みがヒドいことになり、換骨奪胎して怪談調に落ち着けました。
それでもちゃんとオチが付いてるか否かは怪しいですね。
はい無論、創作怪談です。




