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Estate.  作者: 本庄茉白
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6/15

Date 7/25

 歌を聴いていた。

 夢の、中で。


「そろそろ起きたほうがいいよ。風邪ひく」

 声をかけられて、目がさめた。

 目をあけると、優しい顔でサキが覗きこんでいた。

「よく寝てたね。疲れた?」

 そう言いながら、サキは微笑んだ。

 ゆっくりと体を起こすと、少しだけ体がきしんで、顔をしかめた。

 だいぶ長い時間眠ってしまったらしく、青かった空の色は赤く変わっていた。

「そういう訳でもないんだけどね」

 この家では、どこまでも穏やかに時間が過ぎる。

「退屈?」

「だったらとっくに帰ってます」

「あはは。ありがと」

 どうぞ、とサキが差し出したのは、薄水色の壜。

「ラムネ?」

「そう。夏と言えばこれかカルピス」

「……古風」

「うるさいよ。いらないなら没収っ」

「いるいる。ありがとうな」

 笑いながら、小さな音を立てて、ラムネの壜をあけた。

 立ち上る炭酸の粒が、涼しげだった。

「昔さ、この栓になってるビー玉取り出したくなかった?」

「あー。取り出したかった。この壜の中に入ってるビー玉って他のと違うような気してさ」

「そうそう、そうだよね!!」

「サキ、取り出したことあるんだ?」

「うん、あるよ」

「俺、未だに取り出し方知らないんだけど。サキどうやったの」

「ん?そのまんまだよ。壜を地面に叩き付けて割った」

「……割るか普通これを」

「どうしても欲しかったんだよ。なんか、宝物みたいでさ」

 サキは、壜を持ち上げて夕日に透かした。

 きら、と、中のビー玉に夕日が反射する。

「今思えばバカだなぁって思うけど、あの頃は真剣だったな。それも、この家に居たときなんだけどね」

「怒られなかったの」

「んー、怒ろうとはしてたよ。でも最後は笑ってたな。そこまでするかってさ。今の真宏みたいに」

 サキは、目を細めて、壜を見つめていた。

 ふと、夢の中で聞いていた歌を思い出した。

「なあ、サキ?」

「ん?なに」

「お前さっき、歌、歌ってなかったか?」

「あれ、聞こえてたの?寝てたから聞かれてないと思ってたのに」

「夢の中で聞こえてた」

「うわ、不覚」

「何、聞かせたくないんですか、サキさん」

「真宏と一緒。一緒に暮らしてる人間に作品聞かれるのは恥ずかしい」

 その発言に、俺は少し驚いた。

「歌が作品って、サキ、歌手なの」

「ううん。歌手、ってわけじゃないんだけどね。歌は、好き。いつか、……そうだねえ……。歌手になれたらいいなとは思ってる」

 そう言うサキの表情はとても嬉しそうだ。

「へえ……。サキの歌、聴いてみたい」

「……夢の中で聞いてたんでしょ?」

「ああいうの聞いたって言わないと思いませんかねサキさん」

「あはは。まぁね。……そーだなー。……なんでもいい?」

「なんでも、っていうのは?」

「歌う歌」

「ン。いいよ」

「じゃぁ。……そーだなぁ」

 サキは、少し考えるそぶりを見せてから、空を見上げて口を開いた。

 流れる歌声に、俺は、呆気にとられて聞き入っていた。

 サキが歌い出した曲は、『Let It Be』

 誰でも知っているだろう、有名な曲だ。

 当然、俺も知っていた。

 だが。

 なんと表現すればいいのだろう。

 有体に言えば、サキはとても歌が“上手かった”。だが、ただ“上手い”という表現で終わらせてしまってはいけない気がした。

 一度聞いたら忘れられない声。

 その、力。

 “才能”

 そんなものを見せつけられた気がした。

「まーひろ?目開けたまま寝てるー?」

「……ンなわけ、ないだろ」

「よかったー。聞いてられないくらいつまらなかったかと思った」

「逆だ、ばか」

「へ?逆?」

「……逆」

「何それ」

「聞き入ってたんだよ。……才能あるわ、サキ」

「え、ほんと?あはは、嬉しー!!ありがと、真宏」

 そう言ったサキが、本気で俺の言葉を信じたのかどうかまでは、わからなかった。

「本当に歌手になれて、いつかテレビで俺の歌が流れたら、嬉しいなぁ」

 夢物語のように語るサキの隣で、俺はその日は遠くないと思っていた。

 ふと、疑問が浮かんだ。

「そういえば、さっきお前が歌ってたの、違う歌だったよな?」

「ん?」

「俺が寝てるときに歌ってたの」

「あぁ、うん。違うよ」

 あまりにもさらりとサキが言うものだから、俺はその言葉を流しそうになってしまった。

「さっき歌ってたのは、俺が作った歌」


 炭酸のはじける音が、聞こえたような気がした。

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