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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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収肭

作者: ほかほか
掲載日:2026/05/27

 観光地の少しはずれた裏通り、そこにこの古民家があった。


私の名前は酒井平子28歳。最近脱サラし、ある古民家を購入。同じく脱サラした友人5人とともに古民家カフェをやる予定なのだ。しかし、こんな格安な物件がよくあったものだ。私たち6人の資金を合わせれば、そこそこの額にはなったが、その大部分は物件の購入費用に充てられるはずであった。友人の清水のそのまた友人の紹介によって、この物件のことを知り、居ぬき物件であったが買うこととなった。


 居ぬきの物件ということもあり、大量の残置物があった。なかにはリノベーションに使えそうな道具やそのままインテリアに使えそうな年季の入ったタンスなどもあって、手間はかかると思ったが逆にそこがよかった。今思えばその安易な考えが、すべての元凶であった。


「ちょっとーこの畳、あっちもっていってよー」


薄汚れた布団を抱えながら話すのは、中田英子。以前は配給会社に勤めており、バリバリのキャリアウーマンであったが、今ではほこりにまみれている。


「はいはい、今やるから待ってて―」


床下からのんきに返事をするのは、白石晃。大手ゼネコンの経験を活かし、いまは古民家の内装点検をしている。


「このタンス、どこ置いたらいいんだっけ」


二階からタンスを運びながら声をかけるのは、三池崇音と清水だ。


 私はというと、押し入れの中のものを片っ端から取り出していた。それにしても布団が多い。いくら大家族の時代の家だからとはいえ、よく布団をこんなに収納できたものだ。無理やりというか、人間技じゃないみたいに


「平子ー、ちょっと来て—」


清水の声だ。


「はぁーい」


居間へとそそくさと向かう、ぎしぎしと渡り廊下のきしむ音が雰囲気を感じさせる。


「このタンスなんだけどどこに置く。やっぱプロに聞かなきゃね」


なにを隠そう私は元インテリアデザイナー。タンス一つどう置くかなど、造作もないことだ。朱色に黒い金具の古ぼけたタンス。錠前には菊の意匠があしらわれ、ところどころはがれたコーティングはアンティークな味がある。これは、そうだ....


「これ、荷物入れとかにも使えるだろうし、とりあえず居間に置こうよ」


その日は、作業に没頭し、気が付けば日が暮れるまでになっていた。駅まで歩いて帰るのも面倒で、古民家に一泊することにした。


 なんだか修学旅行みたいだな。新卒で就職してから6年間。仕事仕事と他に趣味なんてなかったし、こうやって大人になってから友人もできて、そのうえ一緒に古民家カフェだ。脱サラしたときは少しだけ不安だったけど、今ではこうしてみんなといる。なかなか悪くないんじゃないか。そんなことを考えているうちに私は眠りについていた。次の日、私と英子以外は帰宅し、残った私たちはそのまま作業を続行することにした。


 あれ、昨日しまったかな。とりあえず置いたタンス、状態を確認しようと思ったら着物が入っていた。確か二階の物置から何枚か取り出して、そのまま居間に置いてあったと思う。まぁ、帰る前に崇音か清水がしまっておいてくれたのだろう。あとで礼を言っておかねば。タンスも特に問題はなかった。少し古い防虫剤のにおいがすることや引き出しの中に使用感ともいえる掻き傷がついているくらいだ。一通り確認を済ますと、英子を置いて私は帰宅することにした。


「じゃあ英子、私先帰るからねー」

 

二階からの英子の返事を聞き、私は古民家をあとにした。


 数日後、私たちはまた集まって作業した。やることは大して変わらなかった。私が家具の配置を決め、崇音と清水に整理を任せ、仕事はテキパキ進んでいった。でも、英子は来なかった。私たちはグループチャットで連絡を取り合っている。なので、別に連絡がないなんてことはそんなに珍しくない。なんだか言いづらい理由があるとか、体調不良だとかの時は個人に連絡が来ることもあるのだ。私に連絡はなかったので、ほか二人に聞いてみたが何も聞いていないという。連絡ができないくらい体調が悪い、そんなことがあるかもしれない。私もインフルになったときは、携帯の画面を見ると気持ち悪くなることがあった。大丈夫かという旨のメッセージだけを送り、私はまた作業へと戻ることにした。


この日も作業は深夜にまで及び、そのまま泊まることになった。作業もひと段落したので、その祝いとして打ち上げもかねて古民家宅飲みを敢行することとなった。朝方だろうか。まだ日が昇る前に私はトイレに行こうと目を覚ました。眠い目を掻きながら、ゆっくりと階段を下りていく。古民家の階段はなんだか急で、ほろ酔いの私はゆっくりと下っていった。月明かりはもう沈み、うっすらと毛羽立った渡り廊下を進む。

 

 あれ、居間の電気つけっぱなしだ。引き戸のすりガラスから、ぼんやりと光が廊下を照らす。引き戸に手をかけ、ガラガラと開ける。ちょうど対角線上にタンスがあった。タンスは上から二番目の引き出しが開いており、人間の脚がその収納ではありえない方向を向き、つま先から太ももまでが覗いていた。他の場所には付けていないLEDの光が、その青白い肌をくっきりと映し、タンスの朱色もその色を引き立てていた。


 私はあまりのことに、咄嗟に部屋を飛び出した。戸の後ろに隠れ、少し考える。脚が、脚が生えてた。引き出しの中から、へんな向きで。そんなことはあり得ない。酔って見た幻覚であることはわかっていたが、万が一のことを考えて、戸の間から顔を出した。恐る恐る確認すると脚はおろか、引き出しすら出ていないタンスがそこにあった。落ち着きを取り戻した私は、そのまま電気を消すと用事を済ませ、二階へ戻った。驚いて呼吸が速まったせいか、なんだかいつもより防虫剤のにおいを感じた。


 次の日、目を覚ますと私を残しみんなは帰っていた。起こさないようにしてくれたのかな。そんな気遣いに少しほっこりしていると、一階から清水の声が聞こえた。


「平子ー、ちょっと来て—」


 なんだ、まだいたのか。なんだか少し安堵して、階段を下りていく。


「はいはーい、いまいくー」


 急いだせいか、戸が勢いよく開いてしまった。そして一瞬で顔が崩れた。


「平子ー、はやくー、平子ー、ひらこ」


 タンスの二段目、昨日見た同じ場所から、肘までの腕が垂れていた。肘は内向きになっており、手のひらがこちら側を向いている


「どぉーしたの、ひらこ、まだぁー」

 

 何かの間違いだと思った。何かの間違いだと思ったから近づいて確認してしまった。


「ひらっこっこっこここ」


 清水の声が段々と途切れ、低くなる。近づくにつれ、防虫剤のにおいが濃くなる。そして、中を覗くと


「あ、やっと来た」


 半ば開かれた引き出しの隙間からは、ソフトクリームにも似た肉塊と化し、顔だけがこちらを向いた清水が笑顔のまま詰まっていた。


 そこからはほとんど覚えていない。靴を履くことも忘れ、古民家を飛び出し、近くの交番へ駆け込んだ。警察の人と一緒に古民家に戻り、居間を調べたが残されたのは何の変哲もないタンスだけで、清水が中にいた引き出しも空になっていた。私はそのまますべてを忘れるように古民家を売り払い、何とか復職させてもらってまたインテリアデザイナーをしている。


 しばらくたって、古民家カフェからの依頼が来た。思い出すみんなとの夢。叶えられなかった夢。あるはずのない防虫剤のにおいがして、私はデスクを離れた。

 

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