『王宮から取り潰し命令が届いた。持ってきたのがルーカスだったので話が妙な方向に転がった』 ~元上司と元部下、路地裏で六年分の残務を片付ける~ ep-11
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本作は【異世界定食】〜とんかつ屋「揚太郎」に集う、ワケありな人々〜シリーズ読み切りです。
「上司から渡された書類を見た瞬間、俺の顔が青くなった。上司には、その理由がわからなかったらしい」
書類の内容は、取り潰し命令だった。
対象は、王都南区路地裏の飲食店。
ルーカス・バウアー二十四歳。王宮財務局勤務三年目。入省当初は書類の不備で毎週顔面蒼白になっていた青年だが、今では係数の改定通達を誰より早く読む文官として知られている。
理由は一つだ。
シルヴィア・ヴェルナー元王太子妃に、廊下で救われた日があるからだ。
「あなたのミスではありません。仕組みの問題です」
あの一言が、ルーカスの人生を変えた。
そのルーカスが今、その恩人が通い詰める店の取り潰し命令を、手に持って立っている。
上司は何も知らない。
知る必要もないと思っているのだろう。
(……最悪だ)
ルーカスは書類を持って、路地裏に向かった。
◇
揚太郎の店の暖簾の前で、ルーカスは五分間立っていた。
暖簾をくぐった。
カウンターの端で、シルヴィアが書類を広げながら定食を食べていた。
ルーカスの足が、止まった。
シルヴィアが顔を上げた。
「……ルーカス」
「シ、シルヴィア様……!」
「今は様づけは不要です。退職しましたので」
「そ、そうでした、すみません、でも、あの」
ルーカスの視線が、手の中の書類と、シルヴィアの間を往復した。
シルヴィアの目が、書類に向いた。
「それは何ですか」
「あ、いえ、その」
「見せてください」
「え、でも」
「ルーカス」
「……はい」
書類が、渡された。
シルヴィアは一読した。
眼鏡を押し上げた。
「取り潰し命令ですね。ハルトマン公爵家の意向を受けたアルフレッド元王太子殿下の申し立て」
「……はい」
「この店に届けに来た」
「……はい」
「貴方が」
「……はい」
沈黙。
揚太郎が振り向かずに言った。
「どうした」
「取り潰し命令が届きました」
「誰から」
「ハルトマン公爵家の意向を受けたアルフレッド元王太子殿下の申し立てです」
揚太郎は一瞬だけ手を止めた。
「……元王太子か」
「はい」
揚太郎は鍋に向き直った。
「シルヴィア、頼めるか」
「既に処理中です」
◇
リーネが厨房から顔を出した。
「お客さんですか? あら、若い文官さんだ」
「ルーカス・バウアーです」
「リーネです。追放された聖女で、ここで働いてます」
「は、はあ」
「定食食べますか」
「あ、いえ、その、任務中なので」
「任務って、取り潰し命令を届けに来たんですよね」
「な、なぜ知って」
「シルヴィアさんが言ってました」
ルーカスは頭を抱えた。
アル爺が蒸籠を磨きながら言った。
「まあ座れ。立っている方が疲れる」
「で、でも」
「座れ」
ルーカスは座った。
リーネが味噌汁を一杯置いた。
「とりあえずこれどうぞ」
「任務中なので」
「冷めますよ」
「……いただきます」
一口すすった。
ルーカスの肩から、力が少し抜けた。
◇
シルヴィアは書類を三枚、カウンターに広げた。
手帳を開き、万年筆を走らせ始めた。
「ルーカス、確認します。この取り潰し命令の法的根拠は何条ですか」
「え、あ、王都営業条例第十二条です」
「第十二条は無許可営業の禁止ですね。この店の営業許可証の有無は確認しましたか」
ルーカスは固まった。
「……確認、していません」
「確認しましょう」
シルヴィアが揚太郎を見た。
「営業許可証はありますか」
揚太郎が振り向かずに言った。
「棚の一番上、左から三番目の引き出し」
シルヴィアが取り出した。
「王都商業組合発行、飲食店営業許可証。有効期限は発行日から三年。問題ありません」
ルーカスの顔が、みるみる青くなった。
「そ、そうなんですか」
「つまりこの取り潰し命令は、事実確認なしに発行された書類です。法的根拠が存在しません」
シルヴィアは万年筆を走らせながら続けた。
「次に、この命令を発行した手続きを確認します。ハルトマン公爵家の意向を受けたアルフレッド元王太子殿下の申し立てとありますが、まず申し立て者の資格を確認します」
「し、資格ですか」
「アルフレッド元王太子殿下は現在、王位継承権を剥奪された一私人です。王都の営業に関する行政命令を申し立てる公的資格がありません」
ルーカスの顔が、さらに青くなった。
「……そ、そうなんですか」
「次にハルトマン公爵家の意向という部分ですが、公爵家が王都の個別店舗の営業に介入する法的根拠はありません。公爵家の権限は自領内の行政に限られます」
「……はい」
「つまりこの書類は三重に無効です。一点目、対象店舗は有効な営業許可証を保有しており取り潰しの法的根拠が存在しない。二点目、申し立て者のアルフレッド元王太子殿下は申し立ての公的資格を持たない。三点目、後ろ盾であるハルトマン公爵家も王都個別店舗の営業への介入権限を持たない」
シルヴィアは新しい書類を一枚書き上げた。
「こちらを上司に提出してください。加えてこちらの書類も」
もう一枚出した。
「こちらは何ですか」
「根拠なき取り潰し命令の発行は王都営業条例第三十一条に定める行政権濫用に該当します。発行を指示した者が処分対象となります。併せて、資格なき者の行政申し立てを受理した手続き上の瑕疵についても、受理者の責任が問われます」
ルーカスが書類を受け取りながら、震える声で言った。
「……これ、上司に出したら私が怒られませんか」
「怒られます」
「え」
「ただし、この書類の内容は全て事実です。事実に基づく報告書を提出して怒られるなら、それは上司の問題であって貴方の問題ではありません」
ルーカスはしばらく書類を見つめた。
三年前の廊下を思い出した。
「あなたのミスではありません。仕組みの問題です」
あの時と同じ声だ。
あの時と同じ、迷いのない目だ。
「……わかりました。提出します」
「よろしい」
シルヴィアは万年筆を置いた。
「ルーカス、もう一点だけ」
「はい」
「貴方は今、正しい仕事をしようとしています。それは以前と変わっていない」
ルーカスの目が、じわりと潤んだ。
「……シルヴィア様が整備してくださった伝達経路、今でも使っています。書式も、全部」
「知っています」
「知っていたんですか」
「文官仲間から報告が来ます」
ルーカスは少し笑った。
「……相変わらずですね」
「業務効率化です」
◇
その頃、店の他の席では。
オスカーが一番端の席で定食を食べながら、手帳を開かずにいた。
グスタフが隣で静かに二杯目を頼んでいた。
ハンスが皿を洗っていた。
アル爺が蒸籠で根菜を蒸していた。
リーネが味噌を溶きながら鼻歌を歌っていた。
揚太郎は鍋を睨んで、今日も黙って揚げていた。
ルーカスが書類を持って立ち上がった。
「……行ってきます」
「頑張れ」とリーネが言った。
「死ぬな」とアル爺が言った。
「書式に不備があったら差し戻されます、気をつけて」とシルヴィアが言った。
「……一番怖いのはそれです」とルーカスが言った。
揚太郎が振り向かずに言った。
「終わったら飯を食いに来い」
ルーカスの足が、一瞬止まった。
「……はい」
暖簾をくぐって、路地裏を歩き出した。
背中がまっすぐだった。
◇
三日後。
ハルトマン公爵家の意向を受けて取り潰し命令を発行した宰相府の副長官が、正式な行政調査に呼び出された。
申し立て者であるアルフレッド元王太子には申し立ての公的資格がなく、後ろ盾のハルトマン公爵家にも介入権限がない。にもかかわらずその申し立てを受理して命令を発行した手続き上の瑕疵について、説明を求められた。
副長官は「ハルトマン公爵家からの圧力があった」と言ったが、それは免罪符にならなかった。
ハルトマン公爵は「アルフレッド元王太子が勝手にやったことだ」と言った。
アルフレッド元王太子は「公爵に言われてやっただけだ」と言った。
調査はさらに長引くことになった。
路地裏の暖簾は、今日も風に揺れている。
◇
その夜。
ルーカスが暖簾をくぐった。
「終わりました」
「座れ」と揚太郎が言った。
「お疲れ様です!」とリーネが言った。
「死ななかったな」とアル爺が言った。
「書式に不備はありませんでしたか」とシルヴィアが言った。
「……全部ちゃんと受理されました」
「よろしい」
皿が出てきた。
ルーカスは一口食べた。
ザクゥゥゥッ。
あの夜会の夜も、万年筆を握る手が震えていた。今日も震えていた。だが足は動いた。それだけで十分だった。
「……うまいです」
「そうか」と揚太郎が言った。
銀貨三枚を、カウンターに置いた。
ジュワァァァ……バチバチバチッ。
今日も、銀貨三枚の革命が続いている。
(完)
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