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選別終了


「……これだけ?」


自己紹介の流れを取り仕切りながらひっそりと数えていたシダリが呟く。

控えの間に集められた少女の数は34。ここにいるのは自分を含めてたったの8人。襖一枚向こうで今しがた選別が終わったのは34人目。最後の一人で、ということはもう合格者は増えない。


「多いのやら少ないのやら……」


エンゲージに関する記録を見たことがないのでこれが多いのか少ないのかわからない。

幼少期に親を喪い、紆余曲折あって本邸で育ってきたが、エンゲージの記録についてはまったく見たことない。果たしてこれが多いのか少ないのか、それとも平均的なのか。基準がわからないので何とも言えないが、あれだけいて8人しか残らないとは。


そしてこの8人でエンゲージ。エンゲージというが、何をするのかについても知らない。

同年代の中で一番の物知りお姉さんだし、小さい頃から本邸で暮らしてきているし、いかにも知っていそうな雰囲気を醸し出しているのだが残念ながらまったく知らない。ちらちらと7人の視線を受けつつ、シダリは肩を竦めた。


「ごめん、知らないんだ」


知っているのはほんの少しだけだ。未嫁や鹿嫁といった古い名称を知っているだけ。エンゲージも、古くは演武という名前だったそう。時代が進んで言葉が移り変わるにつれ、婚約という意味を含めてエンゲージと呼ぶようになった。

これらも記録を読んだとか勉強したわけでなく、ラカや世話人が話す言葉は基本的に古い呼び方をしているおかげで自然と覚えただけだ。エンゲージの中身についてはまったく何も知らない。一番の物知りお姉さんの名折れだ。


「ご苦労さま。選別が終わったよ」


さすがに疲れたな。ぼやきながらラカが座敷に入ってきた。一同の視線が一気にラカに集まる。

緊張して背筋を伸ばす少女たちを見回し、8人かぁ、とラカが呟いた。


「意外と多かったな……。まぁそれだけ、わたしと『合う』者が多いのは嬉しいよ」


にこり。ラカが微笑んだ。父親のような兄のような、圧倒的上位者のような、絶対的な庇護者のような、そんな微笑みで。


「それだけきみたちのことが大好きだからね」


そう。心底愛しいと思っている。

微笑みながらラカが続ける。本当に愛おしいと。

緊張をたたえながらも好奇心に疼いているミズキも、蕩けるような目で見つめてくるクズノも、きっぱりとした気持ちよさのあるカエデも、妖艶な雰囲気のサクラも、気弱なハギネも、主張が少ないながらもしっかりとした芯を持つニイカも、柔らかなモミジも。

それだけでなく、選別に落ちた少女たちも、我らが一族の誰もを。誰もが慈愛の対象だ。


「だから、ひとりなんて選べない」


誰をも愛しているからこそ、誰かひとりなんて選べない。こんなに愛おしい者たちの中からひとりの妻を選び出すなど、どんな困難に対処するよりも難しい。ある意味、どんな災厄よりも難題だ。

だが、だからといって全員を妻にするだなんてことはできない。


「でも番はひとりだけ。……だから、わたしの心を揺らしてほしい」


優柔不断で申し訳ないが、誰かひとりだけなんて選べない。

だから未嫁たちで争い、誰がふさわしいかを決めてほしい。想いがどれだけか見せてほしい。最後に残った者を迎えよう。


「皆が知っての通り、わたしは人間の情動を食うだろう?」


鹿神はただの動物ではない。神に等しい力を持つ強大な存在だ。

それゆえに、動物と同じ食事をしない。鹿神が食べるのは人間の情動だ。我らが一族の者が感じる喜怒哀楽、その波動を感じ取って食らう。

だからこそ、妻にならんとする者はより強く甘い情動を捧げなければならない。より美味しい餌を提供できるように。


「きみたちの想いを捧げてくれ」


その想いを喰らおう。きっと一番甘い味がするだろう。うっそりとラカが微笑んだ。


「……想いを証明するって、どうやって?」


物怖じせずにシダリが問う。疑問を解決したいという欲が緊張感や敬意を越えたのだろう。その知識欲が愛おしい。ふっと微笑んだラカは言葉を続ける。


「もちろん演武で。……あぁ、今の時代はエンゲージというべきか」


つい古い言葉が。気を付けているのだが気を抜くとつい口に慣れたほうで言ってしまう。

年寄りは情報の刷新ができなくて困ったものだねと冗談めかして苦笑し、改めて言葉を言い換える。


嫁候補同士が争うこの儀式自体も、儀式の中で嫁候補同士がぶつかり合う争いも、どちらも演武(エンゲージ)という。

まぁ、儀式の名前も試合のこともどちらも同じ語なのだと理解してもらえればいい。重要なのは争い、勝ち残ることなのだから。

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