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未嫁たちの自己紹介

居間から襖一枚隔てた隣の座敷へ。クズノと、あと一人の少女がいた。

あの七光りの高飛車少女もといササナはいない。彼女は不合格だったのだろうか。

そんなことを考えながらミズキは手近な座布団に座る。


「ササナは?」

「不合格みたい。やっぱりあの子はだめね。威張ってばかりで中身がないもの。ね?」


不合格は当然。クズノがそう言った。名も知らぬ少女も少なからず同意した顔をしている。


「なぁるほどね」


とりあえず会話をそこで終わらせた。

ここで陰口を叩いているとその姿を見咎められて合格から不合格になってしまうかもしれない。下手なことを言わず静かに待つに限る。

ラカのいる居間とは襖一枚しか隔ててない。会話だって聞こうと思えば聞こえてしまうだろう。実際、居間からラカの声が聞こえている。話している内容は聞こえないが、声を発していることはわかる。そんな繊細な音の響きだけが聞こえてくる。


やはり抱きしめて口付けているのだろうか。そう思うと微妙な気分になってくる。

いや、あとに続く少女だけでなくここにいる皆それを受けている。クズノだって。もう一人の名の知らぬ少女だって。


「む……むぅ……」


浮気者。すけべ。そんな気持ちが湧いてくる。

やめよう。考えないほうがいい。意識をそこから引き剥がす。襖一枚向こうの居間では、選別を受けていた少女が卒倒したらしく、ほんの少しだけ慌ただしい気配がした。どうやら口付けに耐えきれなかったらしい。羞恥心か、鹿神の力への耐性か。後者だと思うが。


気を取り直して。待っている間にどうぞと世話人が差し出してきた茶と茶菓子をつまみながら、お互い、特に会話を交わすことなく待つ。

今ここにいる少女は合格者、つまりエンゲージのライバルなのだ。ライバルとわざわざ友好を深める必要などない。

それに。それに加えてどうしても思ってしまうのだ。話しているこいつもラカに抱きしめられて口付けられたのだという事実に。


年頃の少女たちの繊細な心が特有の気まずさと緊張感となって室内を静寂で押し潰す。

沈黙が重い。いつまでそうしていたのか、不意にすっと襖が開いた。


「……あれ、3人しかいないの? 私、16番目だったのに……」

「シダ姉」


シダリだ。見知った顔が入ってきたことにほっとする。

いや、でも、ここに入ってきたということは合格者。合格者ということはライバルになるのだ。見知った顔がライバルというのもやりにくい。


「……し、シダ姉も……やっぱり……?」

「ちょ、ちょっと……聞かないでよそんなこと……」


シダリもやっぱりラカにあんなことをされたのか。どうしても気になってしまう乙女心である。


***


そこからしばらくして。室内には8人の少女が座っていた。

ミズキ、クズノ、シダリに加えて5人。顔見知りだったりまったく見知らぬ他人だったり。


「……ねぇ。シダ姉はわかる?」


まったく知らない相手はそれはそれで怖い。

一番の物知りお姉さんなら誰かわかるだろうか。ミズキがちらりと視線を送る。


「あぁ……うん。大丈夫。みんな知ってるよ」


騒がしくしなければ待ちがてら話していても大丈夫だろう。そう判断し、シダリが場を取り仕切る。

この待機時間をお互いの自己紹介の時間にしてしまおうと決め、ほら自己紹介しよ、と皆を集める。座布団の位置を変え、輪になって向かい合ってささやかな自己紹介の時間を設ける。


「こっちがミズキで、あっちがクズノで……」


それで、とクズノの右横にいる赤茶色の髪の少女を指す。見るからに気が強そうな吊り目の少女が愛想笑いを浮かべる。


「この気が強いのがカエデで……次がサクラ……」


順番に、指しながら紹介していく。

サクラと呼ばれたのはミズキよりも一つ二つ年上そうな娘だった。体にぴったり張り付くような服が豊満なボディラインを強調している。ゆるめの上着がその上から覆い、下品になりすぎず大人っぽい雰囲気を醸し出している。


「それから、ハギネ」

「ど、どうも……」


どもりながら小さく会釈した少女はおそらく8人の中での最年少だ。行儀よく正座した膝の上で、ぎゅっと握った手が緊張を示している。

そのまま消滅しそうなほど萎縮しすぎているハギネの肩を、彼女の右隣の少女が柔らかく叩く。主張は少ないが、それでもしっかりと存在感のある彼女の名前はニイカ。


「……ふぅ……よしっ」

「モミジ? 何食べてるの?」

「あ……シダリさん。その、実を……」

「実?」


自己紹介の流れをよそに何を食べているかと思いきや。茶菓子だと思ったらどうやら彼女は別のものを食べていたらしい。

曰く。鹿嫁になる願掛けとしてエンゲージ中に身を食べないという誓いを立てることにしたらしい。それを先程の選別の際にラカに話したら、それなら最後の一口にと実を渡されたそう。それをひっそり食べていたのだ。その最後の一口も嚥下し終わり、願掛け開始だ。


そんな願掛けをしている彼女の名前はモミジ。おっとりとした微笑みの中に強い芯を秘めていそうな少女だった。


以上8人。これ以上合格者が増えなければこの8人がライバル同士だ。

そうこうしている間にも襖一枚向こうの居間ではラカによる選別が続いているようだ。どうかこれ以上ライバルが増えませんように、と小さく願った。

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