未嫁の選別
「さて……エンゲージの始まり、と言いたいけど……」
ぐるりと室内を見渡し、ラカはそう口火を切った。
「ちょっと人数が多いね。きみたちが未嫁になれるかの選別が必要そうだ」
未嫁。今は年寄りくらいしか使っていない古い言葉でエンゲージの参加者のことをいう。平たく言うなら嫁候補だ。未嫁同士で争い、勝ち残ったひとりが鹿嫁、すなわち鹿神の嫁となる。
だがここにいる全員を未嫁としてエンゲージを始めるには人数が多い。あまり多すぎても未嫁同士の争いが混沌とするだけ。ならば人数を絞る。つまりエンゲージの前のふるい落とし、言うなれば予選ということだ。理解し、少女たちの背筋が自然と伸びた。
「一人ずつ、奥の扉へ。居間のほうで話をしよう」
選別といっても特別なことはしない。この扉の向こうの居間で一人ずつ話すだけだ。
そう微笑み、ラカは踵を返した。あとの手筈をよろしく、と付き人に声をかける。まるで儀式を取り仕切る巫女のような衣装を着、表情の乏しい数人が淡々とした声でそれに応じた。
鹿神の世話人である彼らは扉の横に等間隔に座り、無感情な声で一人ずつ呼んでいく。順番に規則性はないのか、五十音順でも何順でもなかった。かといって目についた端から呼んでいるわけでもなさそうだ。ラカや世話人にしかわからない順番でもあるのだろうか。
ミズキがそんなことを気にしている間に、七光りの高飛車女、もといササナが呼ばれていく。
「ふふん。あたくしで鹿嫁は決まりって最初からわかってるのに……選別なんて」
どすどすと足音荒くササナが扉の向こうに入っていく。あれだけ騒がしかった声が扉が閉じた瞬間に静寂に包まれる。
そのまま5分ほど経ってもササナは帰ってこなかった。まさか、と言いたげな表情を浮かべているクズノが次に呼ばれた。
「……帰ってこないな……」
待つこと数分。彼女もまた扉の向こうに入ったきり戻ってこない。というより、呼ばれて扉の向こうに入った娘みな出てこない。選別ということは合格、不合格があるのだろうが、不合格者は裏口から帰されているのだろうか。ササナは、クズノは合格したのか、不合格だったのか。
そんなことを考えているうちに、ついにミズキが呼ばれる。はい、と座布団から立ち上がって扉を開ける。真っ直ぐと廊下が伸びていて、こちらですと世話人が行き先を指し示していた。それに従い廊下を進み、襖を開けると畳の間が広がっていた。
「やぁ」
居間と言っていた通りの広い空間だ。広すぎる空間を贅沢に使って向かい合うように座布団が配置され、そのひとつにラカが座っている。ミズキとラカと、完全に二人きりだ。世話人の姿はない。気配はするので奥の廊下に控えているのだろう。
「どうぞ、座って。お茶でも飲むかい?」
まるで友人か何かのようにラカが微笑む。我らが一族の頂点だというのに鹿神はこうして気安いことがある。つられて親しげにすると、鹿神様への敬意はどうしたと大人たちに叱られたものだ。鹿神本人はというと気安くてもまったく気にしていないのだが。
そんなふうに叱る大人たちだって子供の頃はそうして叱られた。ある意味、一種の通過儀礼だ。ミズキもまた通過儀礼を受けた。だが生来の人懐っこさがついつい敬語を抜いてしまい、本人の許しもあってこうして同年代の男の子相手であるかのように接してしまう。
そんなことを思いつつ、勧められるままに座布団に座り、世話人が差し出してきた盆から湯呑みを受け取る。神に茶をもらうなど恐れ多いと辞退すべきだったのか、神の勧めを断るのは失礼だと受け取るべきなのか、それをとやかく言う大人たちはいない。
「緊張してる?」
「少しは……でも、それ以上に……楽しみ、かな?」
この胸の感情を分類するならば『楽しみ』になるだろう。緊張はあるが恐怖はない。これからいったい何が始まるのか、選別とは何をするのか、エンゲージでは何をするのか、それらへの興味と好奇心で胸の高まりが止まらない。
そう答えたミズキにふっとラカが微笑んだ。そうやって未知にどんどん乗り込んでいく姿は変わらないね、と相好を崩す。
「それにしても、大きくなったね。昔はあんなに小さかったのに。わたしの片手でおさまるくらいで」
「いつの話を……私だってもう立派な女の子よ? 今年で18なんだから」
もう、と頬を膨らませる。ラカは微笑ましそうな笑顔を深めるだけだった。