甘やかな毒
「え、でも……モミジは毒殺されたんじゃないの?」
「まさか。未嫁さまは病死なされたのですよ」
第一、毒殺だなんてどうやってやるのか。反論され、ぐ、と詰まる。
「モミジは毒を持ち歩いてたんでしょ。それを逆に利用されて飲まされて……」
「毒蛇が自身の毒で死ぬでしょうか?」
「んぐ」
確かに、それはそうだが。
でもこのタイミングで病死だなんて偶然にしては都合が良すぎる。意図的なものだと考えるのが自然だし、だからこそあぁだこうだと推理を走らせているのに。
「じゃ、じゃぁ外部から誰かが毒を仕込んだとか……」
「本邸に侵入できる者などおりませんよ。たとえいたとしても、鹿神さまが感知なさるはずです」
「だ、だったら誰かが毒を持ち込んだとか……」
「未嫁さまの持ち物については私どもが見ております」
エンゲージのために本邸に集める際に、荷物は持たずに身ひとつで良いと告げてある。
服の中に隠し持っていたとしても、着替えや入浴の世話などで検められる。持ち込める余地はない。
そう世話人が断言する。『そういうもの』であると突きつけているような口調だった。
「モミジの部屋から毒が持ち去られたってことはないの?」
「ありません。未嫁さまの毒物に関しても、私どもが処分いたしました」
『そういうもの』だと断言するかのような口調で、世話人は次々と推理を切り捨てていく。
ミズキが考えているようなことはまったくなく、ただの杞憂で、空回りだというように。
「みんな具合が悪いのも、誰かが毒を散布したとか……」
「でしたら私どもも不調を訴えているはずですよ」
「そうだけど!」
完封。ここからさらに、でもだって、と言えない。それに対して反駁できる理論は組み立てられそうもなかった。
「本当に、病死なの?」
「えぇ。ですから、そう言っているではないですか」
それが信じられないからあれこれ推理しているというのに。心中でもう一度繰り返した。
そう歯噛みしている間に、世話人は膳を持って部屋を辞していく。入れ替わるようにして別の世話人が入ってきた。
「疑心暗鬼になるのも無理はないでしょう。どうぞ、こちらを」
薬湯のおかわりだ。ありがとう、と受け取って飲む。温かい湯気を立てる薬湯を喉に流し込み、ほぅ、と息をつく。湯の温かさにほぐされるようにして心の中のわだかまりも溶けていく気がした。梅の香りのあとの甘みがたまらない。実の味だ。
「……なんだ、じゃぁ、杞憂だったんだ」
湯気を吐き出しついでに呟く。馬鹿馬鹿しい。なんで疑っていたんだろう。
世話人と問答したことで、抱えていた可能性はすべて潰された。『ない』と認めるしかないくらい。完全論破。
じゃぁ、もう『ない』のだ。タイミングこそ妙だが、モミジは病死だし、誰も毒を盛ったりなんかしていない。カエデやニイカは心労で寝込んでいるだけ。たったそれだけの話なのだ。
「なぁんだ! なら、あぁだこうだと考えてた意味ってまったくないじゃん!」
思考を手放すように仰向けに寝転がる。なんだったんだ、あんなにあぁだこうだと悩んでいたのに。
ごろんと寝転がって見上げた天井には梅と鶯の絵が彫り込まれていた。天井一面に、主張しすぎることなくしかし美しく見事に彫刻されている。
こんなものがあったなんて。この部屋で過ごすのは3日目だが初めて気付いた。部屋の意匠に気づかないくらい、自分には余裕がなかったようだ。エンゲージが始まってからずっとこの部屋で過ごしてきたのに、今やっと気が抜けたおかげで目を向けることができた。
「綺麗……」
落ち着いてぐるっと見回せば、部屋にはところどころ梅の意匠があった。窓には赤いガラスで梅の花を象ってある。
まったく気付かなかった。窓なんて昨日見ていたはずなのに。こんなに目立つ赤いガラスの花模様なのに。
「はふぅ……ぅぇ?」
ふらり。急に視界が回った。おかわりのおかわりを持って横で待機していた世話人が倒れる前に体を支えてくれた。
なんだか急に体が熱い。めまいがする。重くてだるい。
「緊張が解けた反動でしょう。どうぞお休みください」
「ふぇ……?」
えぇ。そんなのみんなの前で派手に倒れたクズノのことを言えないじゃないか。
そんな反論をする前に、ミズキの意識は眠りに落ちた。ふわりと、梅の香りがした気がした。




