集められた娘たち
そうして娘たちは鹿神の屋敷に集められる。我らが一族の集落の奥、禁足地の森を背後にした建物だ。
我らが一族は山を切り開いた巨大な屋敷の中に住んでいる。一族の興り、はじめの頃は鹿神の社を中心とした数軒程度を擁する屋敷だった。それが時代の移り変わりと一族の規模拡大にしたがって巨大化し、今では村のような規模となっている。漆喰の外壁の中に家族単位で庵が建ち、漆喰の内壁で区画化されている。
村の規模とはいえ構造自体は平屋の屋敷。鹿神の住まう屋敷を本邸と呼ぶ。
本邸は3つの建物から構成されている。玄関口のある本館、そして客間等が並ぶ寝室棟。本館から奥へと伸びる廊下の先にあるのが奥の間、つまり鹿神の住まいである。正確には、鹿神の分身である青年が人間のように暮らす時の建物である。
その本館、玄関口から入ってすぐの控えの間に少女たちは並んで座っていた。
彼女らはエンゲージに参加すべく集まった娘たちだ。鹿神の嫁になるべく名乗りを上げた者たちだが、適齢期の女性であれば誰でもいいわけではない。鹿神が与える実により、異能の力に目覚めていなければならない。
まるで魔法のような異能の力に目覚めるには素質が必要だ。鹿神の力に馴染んだ者だけが異能の力を発言できる。早ければ幼児期に、遅くても15歳になるまでには素質があれば異能に目覚める。
ここにいる彼女たちはそうして異能の力に目覚め、子供の頃から鍛錬を積んできた。すべては鹿神の嫁になるため。神に選ばれ愛されるため。
「これが全員ライバルか……」
ぽつりとミズキは呟いた。顔見知りもいれば見ず知らずの他人もいる。
軽く見渡した感じ、数十人くらいだろうか。これらが全員、今からライバルとなるのだ。熾烈な争いの予感を前にどうしても落ち着かず、そわそわと何度も居住まいを正してしまう。服の裾を直し、ハーフアップでまとめた髪留めの位置を気にする。
「……ねぇ。そわそわしないで。目障りよ。ね?」
視界の端で何度も居住まいを正されたら気になって仕方ない。眉を寄せたのはクズノだ。ミズキとは幼い頃からの知り合いである彼女は心底鬱陶しそうにミズキの膝を叩いた。ぺちん、と気の抜けた音が板張りの間に響く。音は静かな空間に反響し、やけに大きく聞こえた。
落ち着かなさげなミズキや他の少女たちと違い、クズノは堂々としている。板張りの間に並べられた座布団の上に行儀よく正座し、視線をうろつかせることなく真っ直ぐ前を見つめていた。まるで、このエンゲージの儀式を終えて最後に残るのは自分だと確信しているかのように。
不意に、玄関の板戸が開いた。
「あら! あたくしが最後ですの? ま、本命は最後に現れるものですものね!」
どすどすと足音けたたましく入ってきた少女の姿に思わずミズキは眉を寄せた。ミズキだけでなく、誰も彼もが少なからず同じ顔をしていた。
少女一同の顰蹙を買って登場したのは我らが一族の中でも有力者の娘だ。親の権威を借りた子のことを親の七光りというが、彼女は七光りも七光り、ぎらぎらと眩しいくらいの七光りだ。よくもまぁ親の地位であんなに威張れるものだと思うくらいの。名をササナという。
「今回もあたくしが選ばれるに違いないですわよ。だって……」
「はいはい。『偉大な先祖様がラカ様の嫁になった』よね?」
もう何度も聞いた。まったくあの家は。前回のエンゲージでは彼女の先祖にあたる娘が鹿神の嫁に選ばれた。それをかさにして権力を握り、その栄光にしがみついて一族の有力者として君臨している一家の娘が彼女だ。つまり先祖の七光り。
「金の髪飾りをつけて嫁入りよね? もう聞き飽きたわよ」
もう暗唱できるくらい聞き飽きている。まったく、自分の功績でもない先祖の栄光をかざして偉そうに。
毒づくミズキへ反撃が来る前に、そうねぇ、とクズノのゆったりした声が加勢に入る。
「大事なのはぁ……ご先祖様の功績より、親の地位より……自分の価値じゃないかしら。ね?」
「んな……っ!! なによぉ! クズのクズノのくせに!」
「なんですって?」
名前は葛であって屑でない。名前に絡めた地雷を踏み抜かれたクズノが眉を吊り上げる。
そのまま一触即発、掴み合いの喧嘩になる――その寸前。
「やめなさいな。ラカ様の前で……」
割り込んで止めたのはシダリ。同年代の少年少女たちの中でも一回り年上で、物知り少女として一目置かれている姉役だ。
姉役に咎められては何も言えない。一触即発の喧嘩は渋々おさまった。
そのタイミングを見計らったかのように控えの間の奥の扉が開く。ゆるやかな生成りの服を着た青年が入ってきた。