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光催洛鹿

いただきます(愛してるよ)


喰い付く。咀嚼。暗転。沈黙。静寂。


***


我らが一族には『鹿神』がいる。鹿神とは我らが一族の頂点。梅の枝のような角を持つ、玲瓏たる大鹿だ。

本人曰く、神と称されているが厳密には違うそう。ただ強大な力を得ただけの鹿であり、神ではない。世には他にも『おおきなもの』がいて、その同類だという。だが我らが一族にとっては神にも等しい。よって我らは神を神と呼ぶ。


「そして私たちの信仰に応え、ラカ様は我らが神として君臨するように……あら?」


村の幼子に本を読み聞かせしている最中、少女はふと顔を上げた。季節は秋。なのに季節外れの梅の香りがする。梅の花のようなそれは蕩ける蜜のような香りに変わり、甘く漂ってくる。匂いが強くなるにつれ、山を切り開いた村のほうから歓声が聞こえてくる。


噂をすれば鹿神だ。正確にはその分身が人の姿を得たもの。角の生えた青年のなりをした鹿神はあっという間に人々に囲まれる。


「あれがラカ様よ。鹿神様だけど、あの姿の時はラカ様とお呼びするの」


洛鹿(らくか)が訛ってラカ、あるいはラッカ。どちらでもいいが様付けは必須だ。くだけて呼び捨てでもいいと本人は言うがとんでもない。呼び捨てなどすれば敬意がないと大人たちに叱られる。

らっかさま、と繰り返す幼子にしっかりと言いつけ、少女は窓の外を見る。鹿神の青年はというと、抱えた籠の中身を人々に配っていた。


「おねえちゃん。あれはなぁに? おかし?」

「あれはね、実よ」


鹿神は角に実をつける。その実はあらゆる病や怪我を治し、長寿をもたらす。神の恩寵だ。

彼はその実を人々に手ずから配っている。手渡しで配りながら、自身の信奉者である一族の者たち一人ひとりに語りかけている。調子はどうだと若者に声をかけ、もう若くないのだから無理はしないようにと老人に注意し、字を覚えたばかりの幼子の拙い書写を褒め、つい先日結ばれたばかりの夫婦を寿ぐ。

なんと優しいものだろう。鹿神曰く、世にいる『おおきなもの』は自らを信奉する一族同士で無惨な殺し合いをさせ、その苦痛を眺めるという。そんな恐ろしいものに比べたらこの鹿神のなんと優しく慈悲深いことか。


ほぅ、と溜息をつく。なんと素晴らしい神だろうか。時に父のように時に兄のように見守ってくれる我らが鹿神。優しく慈悲深く、ついでに言うなら分身の青年は眉目秀麗。年頃の娘は皆、一度はあの青年に恋をする。少女もまたその一人だった。

熱っぽい視線を送る少女の視線の先で、鹿神の青年は新婚夫婦に話しかけられていた。その腕には小さな赤子が抱かれていた。


「ラカ様! 見てください、生まれたんです、つい3日前に」

「あぁ。なんと愛らしい子だろうね。母君であるきみも、よく頑張って産んでくれたね」


どうか産後の肥立ちに。ひとつ多く実を渡す。梅の実ほどの大きさのそれは生食でき、夫婦は揃ってその場で食べ始める。みずみずしいが果汁のないその不思議な実を咀嚼し、飲み込むまでの間は鹿神の青年が赤子を抱いてあやしてやっていた。

娘かい、名前は。問えば、まだ決まっていないそう。名付け親にと請われ、鹿神の青年はふっと相好を崩した。


「そうだね……今は秋だ。すすきの盛り。それにちなんで、スズカと」

「あぁ……!! ありがとうございます、ありがとうございます……!!」

「いいとも。母君に似て美人に育つだろう。その成長を楽しみに見守っているよ」


そして、と鹿神の青年は抱いた赤子を眺める。うっそりと目を細めて。


「大きくなって、いつしかわたしの嫁に」


そう。我らが一族の頂点たる鹿神は一族の者から妻を取る。おおむね100年に一度だが、時に早まる時もある。

これは我らが一族と鹿神の絆を示し、信仰を証明するもの。神を愛する我らが、神に愛される一人を差し出す儀式。

嫁選びの儀式はエンゲージと呼ばれ、候補者同士での闘いの結果、残った一人が妻として迎えられる。

この娘も、いい年頃になった時にエンゲージがあるかもしれない。あるいはその子孫が。いつだろうか。楽しみに待っていよう。未来を思い、鹿神は微笑ましげに目を細める。


「あぁ、そうそう。かねてより告知していたエンゲージだが、予定通り始めよう。告知通り、来週に」


おぉ、と歓声があがる。窓の外から様子を窺っていた少女も目を瞠った。

かねてより鹿神自ら告知していたエンゲージがついに。その場に自分も登る資格がある。鹿神の妻になれるかもしれないのだと思うと全身が歓喜に震える。あぁ、と無意識に嘆息した。


「どうかわたしに愛させておくれ」


神ならぬものはうっそりと笑った。

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