08 オデット
ロザリーが私塾に通い始めて1週間が経過した。
「師匠~。街まで出かけたいんですけど、アレクシーは?」
「うん? いや、今日はまだ見かけてないがよ」
護衛たちの詰め所に居たのはオースティンだけで、もう一人のアレクシーはどこにもいなかった。ソニアが首をかしげていると、オデットが詰め所に入ってきた。
「げ。ソニア」
「げってなんだよ。あたしがいるのが不満?」
嫌そうな顔をしたオデットにソニアは思わず詰め寄ってしまう。
「出かけたのがあんただったらよかったのに」
「あんた、相変わらずだよね。そんなだからロザリー姉さんに構ってもらえないのよ」
口を引き結んで睨むオデットを、笑い飛ばしたくなるソニアだった。
双子の妹のオデットはロザリーに一番懐いていて、ことあるごとに話しかける姿をよく目にする。ロザリーも人がいいから些細なことでも相手しているのだ。
ロザリーが大好きだからこそ、いつもロザリーと一緒にいるソニアには辛辣な態度を崩さない。
「あんた、目の色素が薄くなってない? 日に日に黒目が薄くなってるみたいだけど。なんか白髪も目立つようになったし」
「む。なにさ。お姉ちゃんがいないからって八つ当たり? そりゃ、生え際が白くなってきた気がするけど」
オデットの暴言に頬を膨らませるソニアだった。
確かにそれは気になっていた。白の属性に目覚めたあの日から、だんだんと目の色が薄くなっている気がするのだ。髪の生え際も白くなってきていて、母には理不尽に怒られる始末だった。
「悪いがよ。出かけんのか? それなら、護衛の人員を用意するが?」
「あ! 師匠! お願いします! ちょっと町まで行きたくて!」
元気よく手を上げるソニアをオデットは怪訝な顔で見つめてきた。
「町に行くの? あんたが? ロザリー姉さんがいないと、いっつも部屋で引きこもっているくせに? あんたが部屋から出てくるの、あのわけのわからない日課のときくらいじゃない」
「む? 何を生意気な・・・。私だって町に行く用事くらいはあるんだから」
悪態をつくオデットに仕方なく説明するソニアだった。
「お姉ちゃんが教えてくれたんだ。この町に魔道具作りの専門家がいるってね。その人に会ってみたくてさー。もしかしたら私に合う武器を作ってくれるかもしれないし」
「ふうん。加護なしのあんたに合う武器なんてないと思うけどねぇ」
生意気を言うオデットの額を指でつついた。オデットはムッとして反撃してくるがそれもあっさりとよけるソニアだった。
「アンソニーの奴がいりゃあよ。護衛は俺とあいつだけで済むんだがな。あいつ、あれでも腕はそこそこにある。まあ全面的に信頼はできないがよ」
「あのジラール家の3男棒のことね。私、あいつ嫌い。お兄さまやチャールズにばっかり話しかけてさ。取り入ろうって魂胆が見え見えなのよ」
オデットの言葉に微妙な顔をしたソニアだった。
魔法が使えないとされるソニアに、この家を継ぐ可能性は限りなく低い。同じように、オデットが後継者となる可能性も低い。魔法の資質も学力も普通の彼女は、この家の子の中でソニアの次に侮られる存在と言えるかもしれない。
「アンソニーの奴はあからさまだよなぁ。後継になる目の低いやつを見下して才能が見えやすいやつに取り入ろうとする。俺は自分の仕事も満足にやらないやつは上に認められるわけがないと思うがな」
アンソニーの仕事というと、やはりソニアの護衛だった。いかに当主になる可能性が低いとはいえ、護衛の仕事をないがしろにするのはどういうことだろうか。
「ここで待っていてもしょうがないと思うわよ。あいつ、見目がいいからね。なんだかんだでお兄様やチャールズに気に入られているようだし。あいつのことは気にしないでさっさと行ったほうがいいんじゃない」
「うーん。そうだなぁ」
ソニアは迷った。アンソニーのことではない。オデットが、どことなく寂しそうに見えたからだ。
一つ年下のオデットは、ソニア以上に自由がない。確かに緑の髪と目をした彼女はお人形のようにかわいくて、いつも母に連れられている。でも、チャールズの付属品のような扱いが不満なことはソニアも気づいていた。
オデットは、弟のチャールズや兄のフランクと気が合うわけではない。考え方はむしろ姉のロザリーに近いものがある。そんな彼女にとって、チャールズと一緒に扱われるのは苦痛かもしれない。
「よし」
ソニアは期待を込めてオースティンの目を見つめた。オースティンはソニアの視線に気づくと、心得たようににやりと笑った。
「オデット嬢ちゃんも来るか? 望むなら許可を取ってくるぜ」
「え? い、いいの?」
嬉しそうな声のオデットに、オースティンは笑いかけた。
「ロザリーお嬢様がいないと小さいお嬢ちゃんはろくに町に行けないだろうからな。俺が言えば、多分許可を得られるはずだ。お嬢ちゃんも興味があるんだろ? この領にいる魔道具作りの専門家ってやつがよ」
「う、うん! 私、準備してくるね!」
スキップしそうになりながらかけていくオデットに、思わず笑みがこぼれるソニアだった。