34 ジョアンヴィルの兄妹
ソニアが連れてこられたのは、馬車で1時間ほど行ったところにある豪勢な屋敷だった。寮からはかなり離れた場所にある屋敷で、ソニアには道のりはなんとなくしか分からなかった。
「つまり、あなたがあの場所にいたのは偶然と言いたいのね」
「は、はい・・・。その、なぜか仕事を押し付けられちゃって」
2階の応接間に案内されたソニアは、ジャドゥたちの質問に神妙に答えていた。
「ま、詳しくは知らねえけどよ。あんたがいろいろされてんのはうちのクラスにも届いているからなぁ。ご愁傷さまというべきか、どういうべきかは分かんねえけどよぉ」
椅子にだらしなく座った男がめんどくさそうに言った。顔の左半分が青いあざに覆われていて、どこか陰鬱そうな印象があった。
彼の名は、ベリル・ジョアンヴィル。悪名高きジョアンヴィル家の養子で、学園では遠巻きにされているらしい。とはいえ、それでもよく話す友人はいるようで、ソニアのようなボッチとは程遠いのだけど。
「で、でも、どうしてジャドゥ様があんなところにいたんです? その、あんな時間に、公爵家の方々がいるなんて」
「上からお達しがあってなぁ。ま、俺たちジョアンヴィル家の役割ってやつさぁ」
こともなげに言うベリルを、ジャドゥは睨みつけた。しばらくするとあきらめたような溜息を吐くと、そっとソニアの目を見つめてきた。
「ジョアンヴィル家はこの国の魔法を司る家よ。かつてこの国を代表するとまで言われた聖オリビアの血を引く私たちは、怪しい事件が起こるたびに狩り出されるの」
「ま、それがジョアンヴィル家の使命ってやつだなぁ。あの森に怪しげな魔族がいたっていう情報があって、それでジャドゥが調べに行ったってわけさぁ。ま、本当に魔物が現れるとは思わなかったけどなぁ」
低く笑うベリルを見て、ソニアは不安で唾をごくりと飲んでしまう。何か危険な情報を聞かされた気がしてソニアの顔は青くなった。
「あらまあ。お二人ともそんな怖い顔をして。もう。お客様には丁寧に接しないとだめじゃないですか。ソニアさんもこんなに委縮してしまって、ねえ?」
メイド服を着た老女にたしなめられ、そっと顔を反らす2人だった。彼女――ジャドゥの専属メイドのカメリアは古くからジョアンヴィル家に仕えているらしく、2人にとっても頭が上がらない人物らしい。
「保護した彼女ですが、状態が持ち直したそうですよ。さすがは魔族だって先生も漏らしていました」
「そうですか。それは、一安心ですね」
ソニアがうつむきがちに答えた。
ここに来る途中、ジャドゥから聞いたのだ。彼女の、生い立ちを。あの森にまで連れてこられた理由を。
「あの子の祖母が、その、魔犬に変わってしまったということですよね。あんまり信じたくはないけど」
「そうね。幻覚を見たともとれるけど、おそらくそうではない。あの森にはそう言う言い伝えもあったから」
いぶかし気に顔を上げたソニアに、ジャドゥは溜息を吐いて、それでも説明してくれた。
「あの森のある土地はね。もともとは犬の魔族たちが暮らしていた土地なのよ。もう百年くらい前のことだけど。当時のコルベール家の異端児が、魔族からこの土地を奪ったとされているわ。そう言った経緯で手に入れたこの地だけど、王家はこの土地に学園を作るように命じ、そして作られたのが我らのフランシス学園よ」
無表情に語るジャドゥを気にしつつも、ソニアは神妙な顔をして頷いた。
「そ、そう言えば、学園長の姓は、コルベールだったような」
「そ。代々のコルベール侯爵家の当主が、引退後に学園長になるのが習わしらしいぜぇ。ま、世襲ってやつだなぁ」
面倒くさそうなベリルだが、それでもきちんと説明してくれた。
「そう言う経緯で手に入れた土地だから、いろんなうわさがあるのさぁ。特に学園のそばにある森には怪談話もある。入ったら呪われるとか、人が行方い不明になるとか、なぁ。最近では、魔族が夜な夜な集まっているって話だ。で、俺たちジョアンヴィル家に指令が下されたってわけ」
ベリルはソニアに皮肉気な視線を送った。ソニアは明後日の方向を見ながらも、思い切って尋ねた。
「あ、あのう・・・」
「ん? ああ、質問か。まあある程度は」
「いえ、それもあるんですけど」
ソニアの問いは2人にとっても予想外のことだった。
「えっと。今日は、この後誰か来る予定になっているんですか? それにしては、なんかもめているみたいですけど」
ジャドゥが目を見開いたのは一瞬だった。素早く立ち上がると、ホールに向かって駆け出していく。ベリルも腰を浮かせたが、すぐに皮肉気な顔をして座り込んだ。
「まさか、このジョアンヴィル家の館に押し寄せてくるやつがいるとはなぁ」
「なんか、変な足音ですよね。人間じゃないし、魔物でもない。えっと、これは犬? それにしては静かなような・・・」
ベリルがいぶかし気に見つめてくる中、ソニアは慌てて立ち上がった。
「や、やっぱり気になる! 私、ちょっと見てきます!」
「お、おいあんた!」
ベリルが止める間もなかった。ソニアはほとんど無駄のない動きで、するりと移動していったのだった。




