31 先輩たちとの会合
学園を出てすぐの、喫茶店でのことだった。以前、ロザリーと待ち合わせをしたこの店に、ソニアは呼び出された。
「ああ、妹君! ここだよ!」
手を振って知らせてくるアルベルティーヌに、ソニアは自然な笑顔で手を振り返した。隣にはオーギュスティーヌもいて、不機嫌さを装って頬杖をついている。
「いやあ。妹君が僕の名前を出してくれたおかげでね。助かったよ。ロザリー先輩から『ありがとう』とか言われちゃって」
「ちょっと! お礼を言われたのは私もよ! あなたにだけじゃない! 私にも言ってくれたんだから!」
相変わらず仲良く喧嘩する2人だった。その様子を微笑ましく見ていたら、アルベルティーヌから質問が飛んできた。
「どうだい? 学園生活は。他の生徒にからかわれることは少なくなったんじゃないか?」
「ええ。お2人のおかげもあって、陰口をたたかれることは少なくなりました」
笑顔を取り繕って、元気に答えるソニア。だけど無理しているのはバレバレのようで、オーギュスティーヌが心配そうに声を掛けてきた。
「本当に大丈夫? 無理してない? あなたに何かする奴がいたら呪い殺してあげるから遠慮なく言いなさい」
「い、いえ! ホントにホントで! 陰口を叩かれたり笑われたりすることは慣れていますし」
ソニアは一瞬口ごもるが、あきらめたように溜息を吐いた。
「私、けっこう学園生活に期待してたみたいなんです。口では『避けられるかも』とか言いつつも心のどこかで友人たちと笑い合う日々を想像してた。たくさん友人ができて、たくさん笑い合える日が来るって思いたかった。現実は厳しかったけど」
「ソニア君・・・」
アルベルティーヌは悲痛な顔になってしまう。
「おそらくシャルロット・アルトワね。あいつが何らかの理由であなたを孤立させるよう動いているのよ」
言い当てられてどきりとした。転生周りの事情を知らないはずなのに、オーギュスティーヌには心当たりがあるようだった。
「おかしいと思わなかった? 貴族にはいろんな派閥があるはずなのに、一丸となってあなたを蔑んできている。私たちの派閥の生徒も静かなものだったわ。たぶん、シャルロット・アルトワの仕業よ。男爵令嬢に過ぎないあいつだけど、なぜか第1王子に顔が効く。虎の威を借るなんとやらで、クラスを悪いほうにまとめ上げているのよ」
「妹君のクラスに言った時、違和感を感じたんだよね。だって、入学式が終わって新しいクラスになってすぐだよ? 普通なら知り合いと話したり新しい友人を作ったりするもんじゃないか。でも、あのクラスはそうじゃなかった。変に一丸になって、妹君に当たっていた。おそらくシャルロットが事前に何か話をしていたんだ」
ソニアは顔を青くした。シャルロットのことを考えて絶望的な気分になったのだ。シャルロットはクラスメイトであるだけでなく、ソニアのルームメイトでもある。そんな彼女に嫌われたとあっては、学園生活は真っ暗なのかもしれない。
「妹君。休み時間はどこかで落ち合おう。お昼とかは特に危険だ。あんまり一人にならないほうがいい」
「そうね。私たちも協力するから、そうなさい。落ち合う場所は・・・」
「だ、大丈夫です!」
ソニアは慌てて2人の言葉を遮った。
「じ、実はできたんです! お昼を、一緒に食べてくれる人が! その人もクラスに居場所がないみたいで、お昼は一緒に屋上で食べることが多くて。まだ挨拶くらいしかしていないけどいずれは世間話くらいしたいなと思って」
これ以上迷惑をかけたくなくて必死で言いつくろうが、2人は懐疑的なようだった。
「えっと、本当に大丈夫かい? その、想像上の友人とかではなく?」
「イマジナリーフレンドとかじゃないですって! 実在している人ですよ! その、黒髪でおかっぱ頭のちょっと変わった娘ですけど、同学年みたいだから話せると思うんです!」
何とか説明するソニアにオーギュスティーヌは視線を鋭くした。
「黒髪? 私のような?」
「えっと、先輩よりももっと黒い感じかな? 髪が短いのは武門ではよくあることですよね! ほら! よく言うじゃないですか! 武門の人って細かいことは気にしないって! だからきっと、私の話を聞いてくれると思うんです!」
早口になって一気にまくしたてるソニアだった。ちなみに部門と言えば先日もめたユーグ・バルセロナもそうなのだが、ソニアの頭からすっかり抜けていた。それくらい必死に、ソニアは言い募っていた。
「それよりも! 先輩たちは進路とか決めているんですか? 私は叔母の跡を継いで領地を守る騎士とかにあこがれているんですけど、先輩たちは何か決めているんですか?」
「あ、ああ。僕は先輩のようにもう少し大学で学ぶつもりさ。ゆくゆくは国政にもかかわっていきたいな。文官試験に合格する必要はあるのだけどね」
「私もそのつもり。先輩が道を切り開いてくれたおかげで女性も取り立てられやすくなった。これを利用しない手はないわ。私は魔術師として、この国に貢献していきたいの」
強引な話題展開に載ってくれた2人に感謝しつつも、ソニアは真剣に耳を傾けた。
こうしてソニアは、敬愛する2人の先輩たちとの会合を、何とかこなすことができたのだった。
◆◆◆◆
喫茶店からの帰り道だった。ソニアと別れた2人は、寮へと戻っていた。
「ジャドゥ・ジョアンヴィル」
オーギュスティーヌがその名をそっとつぶやいた。
「私のほかに黒髪を持つ生徒は、他にいないはずよ。ただでさえ上下2属性を持つ生徒は少ないんだから。まして、私より濃い色の持ち主となると」
「そうだね。多分そうだ。妹君が仲良くなりたいと言っているのはあの有名な公爵令嬢だろう。やはり先輩の妹だね。すごいところを引いてくる」
オーギュスティーヌは妙なところに感心するアルベルティーヌを横目でにらんだ。
「いいの? このままで。あの公爵令嬢に纏わりついたうわさはひどいものばかりよ。もしかしたらあの子が傷つけられてしまうかもしれないわよ」
「そうかもね。うわさとやらはほとんどがブラフだろうけど、公爵令嬢本人がどんな人かは見えてこない。でもそれは、誰だって同じだから。人が本当は何を考えているかは決して見えてこないものさ」
目を瞬かせたオーギュスティーヌに、アルベルティーヌはいたずらっぽい笑みを返した。
「黒髪は・・・。いや、黒の資質の持ち主は、この国の一部では嫌われる傾向にある。それが悪いほうに作用して、あの公爵令嬢を貶めるようなうわさが出回ったのさ。ま、あの第1王子の振る舞いも原因の一つだろうけどね。君だって覚えがあるだろう? 黒髪が、この界隈で嫌われることがさ」
「・・・。そうね。私も、ずっと一人だった。黒い髪だと嫌われて、呪われた子だと蔑まれた。先輩が拾ってくれるまで、ずっと一人だったのよ」
唇を引き結んだ。そんな彼女を一瞬だけ痛ましげに見たアルベルティーヌは、すぐにいつものからかうような笑みを浮かべた。
「あれ? あれあれ? たしか先輩が声をかける前にも、ずっと君に声をかけた人がいたはずだよね。僕も頑張って君に話しかけてたはずなんだけどなぁ」
「あなたは! 気やすすぎるのよ! 貴族令嬢ならちょっとは慎みを持ちなさい! これだからあなたは!!」
指を突き付けてくるオーギュスティーヌの言葉を聞いているのかいないのか。まるで関係のないことをはさみながらも帰っていく2人。
こうして、その日の夜は更けていくのだった。




