30 糾弾されるソニア
教室では昨日の話でもちきりだった。
「聞いた? あいつ、卑怯な手を使ってバルセロナ辺境伯子息を負かしたんだって」
「高々男爵なのによくやるよな。そうまでして目立ちたいかね」
「あいつ、あんなだからクラスで浮くんだよ。ま、あんな目立ちたがり屋だから無視したくなるのも仕方ないよな」
うわさが聞こえてきて、ソニアは必死で聞かないふりをした。そんな彼女に構わず教室内のいたるところで昨日の戦いが揶揄されていた
「おーい。席につけ。出席を取るぞ」
担任のマルセルが入ってきて、生徒たちは慌てて席に戻っていく。戻り際にソニアを嘲笑った生徒も多く、そのことがソニアの気を重くした。
「じゃあ出席を取るぞ。まずは・・・」
「先生! 授業を始める前に、言わなきゃいけないことがあるんですけど」
その女子生徒はソニアを見てにやりと笑うと、マルセルに向きなおった。
「なんだ、フェリシー。意見があるなら後で聞く・・・」
「私、聞いたんです。昨日の戦闘術の授業で、不正なことをした生徒がいるって」
その女子生徒――フェリシーはマルセルが言うことを聞くのが当たり前と思っているように、堂々と意見を述べた。
「なんか~。高位貴族の辺境伯子息から卑怯な手で勝利を手にした生徒がいるらしくて~。第1王子もお怒りなようですよ。高々男爵令嬢ごときが、辺境伯子息から勝利をかすめ取ったなんて」
「どんな卑怯な手を使ったんだ?」
するどく斬り込まれ、フェリシーは一瞬だけ口ごもった。
「い、いえ、私は直接見ていないから分からないですけど」
「お前はどんな卑怯な手を使ったのかも調べないでその生徒を糾弾するのか」
たじたじになったフェリシーを鋭く睨むと、マルセルは他の男子生徒に向きなおった。
「セザール。お前も確か、武術の授業を受講していたな。そのとき何が起こったかを述べろ」
「は、はい・・・。えっと・・・」
その少年――セザールはちらりとシャルロットを見た。彼女が頷いたのを確認すると、緊張した面持ちで口を開いた。
「昨日の武術の授業ではバルセロナ辺境伯子息とロルジュ男爵令嬢が戦いました。その、ロルジュ男爵令嬢が卑怯にも・・・」
「最初に言っておくぞ。この報告で嘘偽りがあったと分かった場合は、ビロン家にも報告することになる。その答えでお前の進退が決まると言ってもいいだろう。しっかり考えて報告するんだ」
マルセルに鋭く指摘され、セザールは思わず口ごもった。
「セザール! 気にすんな!! 第1王子のロベール様だって、今回の件は!」
「今回の件を気にしているのはロベール殿下だけじゃないぞ。王妹のクレマンス殿下もとても憂慮されておられる。まさかこのフランシス王国を代表する学園で、訳も分からない理由で生徒から勝利をかすめ取ろうとした教師がいるかもしれないとな」
シャルロットの発言は、マルセルにあっさりと叩き潰された。
「王妹殿下はお怒りだ。無論私たちもな。あいまいな理由で勝敗を偽るなどあってはならんことだ。たとえ男爵令嬢が辺境伯子息を破るという結果でもな。だってそうだろう? あの試合はきちんと調べる。ロルジュ男爵令嬢がどんな手を使ったか、なぜ審判役の教師は無効試合としたか、そのすべてをな」
マルセルは厳しい目でセザールを睨み続けている。
「なぜ我々がこれだけ厳しい処置をするかわかるか。簡単に死んでしまうからだよ。魔族と戦うことになった貴族が。忖度に慣れていた場合はな。特にバルセロナ辺境伯子息もロルジュ男爵令嬢も戦いになれば自身が接敵する可能性が高い。決して忖度しない魔族と直接戦う機会が多いということだ」
そのことを想像したのか、セザールの顔は青くなった。
「そうした中で忖度を認めた戦いに慣れていたらどうなる? この一件で虚偽を言うことは、見てもいない、確認してもいない不正を告発するのはバルセロナ辺境伯子息の命が要らないと言っているのも同然だ」
マルセルはそっと、セザールを指さした。
「その上で言うぞ。それでも偽証したいなら好きにすると良い。ただし、自覚はすることだ。お前の証言は当事者から学びの機会を奪い、その命を縮める可能性が高いことを。そしてそれを知ったバルセロナ辺境伯家が、どう思うかをな」
セザールは真っ青な顔で震えると、顔を下げた。そして小さい声で、そっと報告した。
「すみ、ません。私には、よく分からなかったです。その、ロルジュ男爵令嬢がどんな不正を行ったのか、なぜ没収試合となったのか、意味が、分からなかった」
「ということだが、 フェリシー。あの決闘訓練を見たセザールにはソニアがどんな不正をしたかは分からないそうだ。君もわからないと言っていたな。それでも処断しろということなら相応の責任が発生すると思うが? それでも君は、その生徒を糾弾したいのかな?」
フェリシーは悔しそうに歯を食いしばった。
「・・・。いえ、そうでは、あり、ません。私の、気のせいでした」
「そうか。今回の件はフェリシーの勘違いということだな! 私もむやみに貴族家の進退を迫らせずに安心したよ。まあ、勘違いで私の言葉を遮ったフェリシーには後で意見を聞くがな。じゃあ、資料を配る。名前を呼ばれた者は取りに来い!」
そしてマルセルは何事もなかったかのように名前を呼び続けた。
ソニアは脱力してしまう。マルセルのおかげで、何とか大ごとにならずにことを収めることができた。フェリシーやセザールには苦い思いをさせたようだが、実家がつぶれるような目に合わなくなったので結果オーライだろう。
ほっと息を吐くソニアは、すぐに姿勢を正してしまう。厳しい視線が、ソニアに刺さってきたからだ。
視線の主は、シャルロット。シャルロット・アルトワが厳しい目でソニアを睨んでいた。
「安心するのはまだ早えぞ。クラス一丸で、絶対にお前をつぶしてやるからな」
シャルロットのすれ違いざまの一言に、ソニアは戦いが続いていることを実感したのだった。
◆◆◆◆
「はぁ。うまくいかないもんだよね」
景色を見ながら、ソニアは一人ごちにつぶやいた。
決闘訓練の疑惑が晴れてもソニアの境遇は変わらなかった。相変わらず教室で話しかけてくるクラスメイトはいない。話したそうにする生徒もちらほらいたが、ソニアのほうで首を振ってしまった。
「うちのクラス、やっぱりシャルロットが牛耳ってんだね。陰口自体は減ったけど、なくならないわけじゃないし。誰とも話せない。声を掛けたそうな相手はいるんだけど、迷惑をかけそうなんだよなぁ」
遠巻きにされる教室では、さすがに昼食を取ることはできない。ソニアはサンドイッチなどの軽食を持って一人で食べられる場所を探していた。そしてたどり着いたのが、屋上にある庭園だった。
王都を一望できるこの場所は人もおらず、ソニア一人でお昼休みを過ごすのに最適だった。
「さってと。午後からの授業ってなんだっけ?」
食べながらもメモを確認しようとした、その時だった。不意に屋上の扉が開かれた。入ってきたのは黒い髪をしたおかっぱ頭の女子生徒で、手にはランチボックスのようなものを持っている。
「あっ・・・」
その糸目の少女は、すぐにソニアに気づいた。あわあわと一礼して出ていこうとするが、ふいに動きを止めた。そして扉と屋上を交互に見だした。
「あ! だ、大丈夫です! 私、すぐに行きますから」
「い、いえ! だ、大丈夫よ! 私も、お昼を食べに来ただけだから! その、ここにいてくれていいから」
妙に感じるくらい、大きな声だった。でもそう言われたからには出ていくのもあれなので、ソニアはきょろきょろしながら、あきらめてその場に座り込んだ。
糸目の少女はソニアから離れた場所に座ると、いそいそとランチボックスを開けた。その様子を横目で見ていたソニアは、驚いた。彼女の昼食は、ソニアのそれとは比べ物にならないくらい、豪華だったのだ。
残りのサンドイッチを掻きこみながら、ソニアは考えた。
(リボンからして、同じ一年生だよね? でもランチボックスがすんごい豪華だ。ということは、私と違って高位貴族なの? 高位貴族なのにボッチ飯っているんだ)
かなり失礼なことを考えている間に、残りのサンドイッチを食べつくしたソニア。慌てて一礼すると、いそいそと立ち去ろうとした。
「あ、あの!」
声を掛けられてぎこちなく振り向くと、あの少女がこちらもぎこちない笑みを浮かべていた。
「わ、わたくしのことは気にしなくていいから。ここは学生みんなの場所だし、あなたがお昼を過ごしても問題ないわ。べ、別に明日からもここを使っていいのよ」
少女は緊張しているようだった。目を明後日の方向に向けたおかっぱ頭に「ちょっとこけしに似ているかも」と失礼なことを考えつつも、ソニアは慌てて一礼した。
「あ、ありがとうございます。私、その、食べ終わったので」
見ればわかる、当たり前なことを言いつつも、ソニアは慌てて屋上を後にするのだった。




