03 ソニアの資質
屋敷に戻ったソニアは、ロザリーに恐る恐る話しかけた。
「お姉ちゃん、ごめんね」
「ん? なに? どうしたの」
笑顔で問い返すロザリーに申し訳なくなりながら、ソニアはやっとのことで言葉を紡ぎ出した。
「わたしが、その、どんくさいせいで」
「あれはアランたちが悪いのよ。ボールをぶつけたのはあいつらのせいなのにさ。それにソニアは普通だよ。むしろ運動神経はいいんじゃない? 魔法抜きにしたら動けるほうだと思うけど」
その魔法が問題なのだと思わなくもないが、姉の気遣いを感じたソニアはうつむくことしかできない。お医者様の診断では大丈夫だと言われたけど、ソニアの気持ちは晴れないままだった。
「それにソニアは」
「ソニア! 聞いたわよ! また気を失ったんだって? 本当にもう、あんたはどうしようもないんだから。ニース商会のアレン君にも申し訳ないと思わないの!」
ロザリーの言葉を遮ったのは母のカリーヌだった。その傍らには双子のチャールズとオデットもいた。チャールズはいやらしい顔をしていて、オデットも厳しい目でソニアを睨んでいる。
「母さん! そんな言い方はないじゃない! ソニアは怪我をしたんだよ!」
「またこの子がどんくさいことをしたんじゃないの? まったく、本当にこの子は!」
手を腰に当てて決めつけてくる母に、ソニアはうつむいてしまう。いつもながら心配すらしてもらえないことに落ち込みつつも、心の中では「早く終わらないかな」と思ってしまった。
「こんな加護なしと家族だなんて嫌なんだよね。この前だってダニエルに言われちゃった。あんなのが姉だなんて残念だなってね」
「またロザリー姉さんに面倒をかけるなんて」
弟と妹に続けざまに言われ、ソニアはうつむいてしまう。
人には生まれついての属性が4つある。火水風土の4つの属性だ。これに魔力を使うことで様々な魔法を扱うことができる。この魔法は生活の中に溶け込んでいて、火魔法で火を起こしたり、水魔法でのどを潤したりもしている。
普通の人が当たり前に魔法を使える中で、ソニアには四大属性すべての資質がない加護なしだった。簡単な生活魔法すらも発動させることができなかったソニアに、家族ですらも厳しい目を向けていた。
「チャールズ! オデットも! 謝りなさい! ソニアに、お姉ちゃんになんて口を聞くの!」
「あらあら。やっぱりロザリーは優しいのね。ソニア! ロザリーに迷惑までかけて! 本当にあんたはどうしようもない! もうすぐロザリーは私塾に通うようになるんだから、そんなのでやっていけると思っているの?」
かばってくれそうだった姉を遮るように叱責されてしまう。
だけど母の言うとおりだった。
あと一週間もすればロザリーは本格的に私塾に通うことになる。通常、貴族は家庭教師が付いて教育されるものだが、優秀な姉は「是非に」と誘われて私塾に行くことが決まったのだ。本人も「この国のことをもっと学びたい」と意欲的だ。こういう誘いは貴族としての誉れだが、いつも何かと世話を焼いてくれる姉がいなくなれば、どうなることか。
母だけでなく兄弟にも馬鹿にされる中、ちゃんとやっていけるか不安になった。ロルジュ家は貴族とはいえ、町の子供たちと一緒に遊ぶような小さな男爵家に過ぎない。その上さらに、家族にまで疎まれているのなら立つ瀬がないかもしれない。
「聞いてるの! ソニア! 本当に、この子ったらいつもぼうっとして! あんたは今日はご飯抜きよ! 地下室で反省していなさい!」
「母様! ソニアは悪いことしていないじゃない! ちょっと!」
立ち去っていく母のカリーヌと、その後を追う姉のロザリー。弟たちはソニアを鼻で笑うと、母を追って立ち去っていく。その様子を何ともなしに見つめながら、ソニアはぼうっとしてしまった。
「まあ、いいか。ちょっと考えをまとめたいし」
そう言って、おとなしく地下室へと向かうソニアだった。
◆◆◆◆
地下室で椅子に座りしながら、ソニアは記憶を探っていた。多くの荷物が保管されている地下室は寒々として気温が上がった今の季節でも震えてくる。それでもソニアは集中していた。
ソニア・ロルジュは、マイナーなゲームの主人公の名前だった。『聖女列伝』という名のゲームは、ジャンルは乙女ゲーム。中世ヨーロッパみたいな世界で、学園を舞台に始まり、やがては魔王を倒すという王道のような、そうでないようなRPGを含んだゲームだった。
「聖女っていうからは、私は光魔法みたいなのを使えるはずよね? 確か。うん」
ソニアはつぶやいた。ゲームによれば四大属性の資質がまったくないソニアでも、白の光属性の資質はあるはずだった。四大属性は検査しなくても資質は大体予測できる。火をおこしたりそよ風を吹かせたりする生活魔法は比較的簡単に行えるからだ。
「でも、光属性と闇属性に関しては分からない。外国では幼いときに検査することもあるそうだけど、この国ではそうじゃない。まあ、魔法後進国のこの国でも四大属性の資質は12歳の時に正式な検査をするんだけどね」
ソニアは緊張してきた。前世の記憶から主人公だということが分かったが、本当に光の魔法が使えるかはわからない。ソニアは不安にかられて毎日魔力を鍛えてきたけど、結果は散々だった。相変わらず、簡単な魔法すらも使えない。
「確か、私たちの身体には魔力を操る器官があって、そこにある魔力をうまく操作すれば特定の属性を強くできるんだよね? まあ、普通の人は意識しなくても自然とやっていることなんだけどさ」
なんとなく地面を蹴りたいっ幼な気持ちになりながら、ソニアは集中した。最初の頃は必死だった。簡単な生活魔法すら使えないソニアは、自分に魔力がないかもと不安になったのだ。
「必死で探して、お姉ちゃんにいろいろ聞いたりもして。魔力ってやつが感じられた時はうれしかったなぁ。素質がある人に比べると動きはすんごく悪かったけど。でも毎日必死で訓練して、魔力板も何度も使ったりして。それで少しずつ、魔力を動かせるようになったんだ」
振り返ると感慨深いものがあった。誰もが無駄な努力だと言った。母も兄も、弟も妹も。姉ですらも悲しそうな顔をしていたのだ。その努力が、もしかしたら実を結ぶかもしれない。
「多分、これのことだよね? 胸の真ん中にあるこの器官が、魔力を属性に染めるための器官なんだ」
胸に手を当ててごくりとつばを飲むソニアだった。
集中して、魔力を動かしてみる。いつも通り、四方に引っかかりはない。魔力な四方に飛びやすいという特性があるけど、前も後ろも右も左も、引っ掛かりのようなものはない。これは、ソニアに四大属性の資質が全くないことを意味している。
「四大属性の資質がないことは分かり切ったことよね。問題は光・・・白の属性よ。位置は、確か上のほう。確かに上は調べたりはしなかったよね」
魔力を上に動かそうとするが、何かにぶつかってしまう。でも、ちょっと力を入れれば壊せそうだった。
「えっと・・・。これを突き破ればいいのかな? でもなんか、取り返しのつかないことの気がする。・・・。うん。一応、下も見てみようかな?」
確かゲームのソニアには闇の資質はなかったはずだ。器官の下には何の引っかかりもないはずだけど、ソニアはごまかすように下も調べることにした。
「あれ?」
でも、すぐに見つかった。上と同じように、器官の下にも何かに遮られてしまった。
「原作と違って、下のほう・・・。闇属性の資質もある? まさか!」
頭を悩ませるソニアだった。動きを遮る壁は、確かに固かった。でも、少し魔力を込めれば壊せそうだった。
「よ、よし。やってみよう」
決意を込めたソニアは、魔力の動きに集中するのだった。