27 嫌な再会と予想外の援護
誰も話しかけてこない教室で、ソニアは授業の準備をしていた。この日の午後は選択受業になっていて、クラスや学年の関係なく専門的な授業を学ぶことができるのだ。
「俺はこの後経営学だけどお前は?」
「俺は外国語。ピレイル連邦の言語を学ぼうと思ってさ。戦闘学も取ってみたかったけどきつそうで」
クラスメイト達の会話が聞こえてきた。初めての授業にはしゃいでいるのか、楽しそうな声が聞こえてくる。
ちなみに、ソニアが選択したのは外国語と商学と戦闘学。選択授業は当人の技術によっては分かれることもある。この日は商学2という高レベルの授業で、高位クラスだけでなく上級生とも一緒に授業を受けることもあるらしかった。
「選択授業っていいよね! 高位クラスの生徒とも同じ授業を受けられるし! 私、楽しみなんだ! だって、経済学の授業にはスミュール侯爵子息も取ってるらしいじゃない!」
「私は断然ロベール殿下派よ! だってチャンスじゃない? うまくいけば、あのアルトワさんみたいに見初められるかもしれないじゃない?」
「しっ! 駄目よフェルシー! 本人がいないからって、誰が聞いているかは分かんないんだから!」
姦しく話すクラスメイト達の会話を聞き流しながら、ソニアは選択受業の教室に向かうのだった。
◆◆◆◆
「げっ」
商学2の授業を受けようとした時だった。そこに見知った顔を見つけてしまい、ソニアは思わず顔をしかめた。
「お前もこの授業を選択したのか。生意気な。領でハブられてたくせに、いきなり2の授業を受けられるなんてな。お貴族様は恵まれているな」
どうやら向こうもソニアに気づいたらしく、さっそく嫌味を言ってきた。
相手は、ロルジュ領にいたアレンだった。向こうはニース商会という材木を扱う商家出身で、しかもソニアより2歳年上の3年生。かち合う可能性は低いと思っていたが、まさか同じ授業を受ける羽目になるとは思わなかった。
「おい! 聞いてくれよ! こいつさぁ! 地元じゃろくに魔法も使えないってバカにされていたんだぜ? それなのに、貴族に生まれただけでこの学園に入学できてよぉ。でもこいつ、バカやったみたいで。なんとあのロベール殿下に喧嘩売ったらしくて。王家に睨まれたらしいんだよ!」
「え? まじ? 王家に睨まれてんの? 貴族のくせに? こりゃあ。俺らも可愛がってやんねえと!」
「そうだよな。これは王家の意に沿うことなんだ。へへ。ラッキーだな! 貴族のお嬢さんとよろしくできるなんてよ」
アレンは成長してもあいかわらずだった。体つきは大きくなっているのに仲間と一緒で強気になっているのだろう。またソニアに絡んできた。下卑た笑いを浮かべる上級生たちに、ソニアは顔をゆがめてしまう。
「ありえないな」
静かだけどよく通る声が響いたのは、そんな時だった。
「だ、誰だ!」
「本当に、ありえない。まさかこの学園で、貴族をまるで尊重しない生徒がいるとはね」
不機嫌そうに語るのは、一人の男子生徒だった。背筋を伸ばし、腕を組んで座るその姿に、ソニアは覚えがあった。彼はおそらく、ソニアのクラスメイトだ。
「な、なにを! お、俺たちは上級生だぞ! 1年坊主のくせに、俺たちに文句を言おうってのか!」
「そちらこそふざけるなよ。この授業は商学の2だぞ? 3年生のお前たちが受けていい授業ではないだろう? むしろ、1・2年生の間に何を学んできたんだ」
「というか、そっちの彼はニース商会の会長のお孫さんよね。え? 3年生なのに、商学2を受けるの? 商会会長のお身内なのに? 専門のはずの商人がまだ2なのはありえないでしょう? 商学3より難しい授業もあるのに。むしろ商人にとってこの授業は基礎のはずでしょう?」
他の赤い髪をした女子生徒にまで言われ、アレンたちは鼻白んだ。
「お、俺たちは!」
「もう授業が始まるぞ。席につけ」
上級生たちが反論しようとした矢先だった。担当の教師に席につくように言われてしまう。
「せ、先生! 1年生が、貴族だからって!」
「なんだ、アレンじゃないか。そういえばそうだったな。お前は、もう一年この授業を受けるんだった」
担当の教師に言われ、アレンは言葉を失った。
背が小さいわりに、筋肉質な体を持つ教師だった。黄色のもじゃもじゃ頭の教師で、顔には濃いひげが生えている。
彼の言うことが多々しいならば、アレンは去年もこの授業を受けて、惜しくも合格を漏らしたのだろう。
「このガキが! 貴族だからっていきなり2に選ばれて!」
「うん? コームは別に貴族だからこの授業を取るわけじゃないぞ? ジゼルもだ。ソニアだって、事前のテストで高評価を得たからこの授業から始めるんだ」
当たり前のように言うその教師はじっくりと生徒たちを見回した。
「いいか。生徒諸君。貴族だからと言って忖度する教師はいない。授業で優秀な成績を治めた者は、それだけの知識を持っているのだ。そして授業に落ちた生徒の知識はそれなりということになる」
そう言って、その教師はアレンたちをぎろりと睨んだ。
「そのことを胸に授業を聞き給え。学生生活は3年しかないのだ。少しでも高度なことが学べるよう、しっかりと授業を聞くのだぞ」
その話を皮切りに。選択授業が始まったのだった。
◆◆◆◆
「えっと、その・・・。ありがとう。かばってくれて」
受業が終わり、生徒たちが帰り支度をしている時だった。ソニアはクラスメイトの2人に思い切って頭を下げていた。
「いや、あの・・・。こっちこそ、ごめん。クラスではあんまりかばえなくて」
「本当にごめんね。やっぱり家のこととか考えると、おいそれとはシャルロットに逆らえなくて。あの子が第1王子殿下と親しいのは本当なのよ」
頭を下げ返す2人に、ソニアは首を振ってしまう。
確かに、そうなのだ。単純にソニアのためにシャルロットに逆らうのは難しい。軽率な行動が、家の衰退にかかわらないとは限らないのだから。
「王家だけでもまずいのに、婚約者はあのジョアンヴィル家のご令嬢でしょう? 私たち第2王子派としてもおいそれと逆らえなくて」
「少なくとも今は、耐える時期だと思うよ。耐えれば何とかなる。ジョアンヴィル家が、この状況をほおっておくはずがないから」
小声で言われ、ソニアはきょとんとしてしまう。
「えっと・・・。え?」
「ああ。君は知らないのか。うわさがあるんだ。第1王子殿下が、あのジョアンヴィル家のご令嬢を冷遇しているって。殿下らしいと言えばらしいけど、まさか婚約者の彼女に何のフォローもなくそういうことをしちゃうなんてね」
「コーム」
鋭く言われ、その青髪の男子生徒――コームは慌てて口を引き締めた。
「とにかく! いまはまだ、耐えなさい。そのうちにきっと、状況が動く。短慮なことは絶対にしてはダメだから」
そう言って去っていく2人に、ソニアは黙って頭を下げるのだった。




