26 教室での思わぬ援護
「春の花々が咲き乱れ、まるで私たちの新しい出発を祝ってくれているかのような今日の良き日に入学式を迎えることができてうれしく思う」
学園の体育館で、第1王子のロベールが挨拶をしていた。制服もなんだか豪華でいたるところから黄色い声が聞こえてくる。挨拶の言葉に違和感を感じつつも、ソニアは納得していた。第一王子の彼がこの式典であいさつを述べるのは当たり前のことかもしれない。
ちらりと前を見ると、シャルロットがどこか誇らしげに胸を張っていた。こちらは普通の制服だが妙に似合っていて、席につく前も男子生徒がちらちらと視線を送っていたくらいだ。
彼女とはあまりいい関係を作れていない。同じ部屋で暮らしていても距離を感じてしまう。それは心のことだけではなく、実際に部屋に線を引かれて「こっちから先は入ってくるな」と言われてしまうほどだった。
「そう言うわりにはあいつ自身は私の領地に入ってきている様子なんだよね。師匠にもらった魔道具とかをいろいろ触っているみたいだし。本格的に嫌われているみたい。まあ、大事なものは師匠に預けてあったりいつも身に着けているからいいんだけど」
心配事は他にもあった。ソニアのクラスでの扱いことだった。
視線を感じて目を向けると、クラスメイト達が慌ててそっぽを向いた。別のほうからくすくすと笑う声が聞こえたが、ソニアが振り返るとおさまってしまう。
「何でこうなるのかな。私、何かした?」
思わずつぶやくが、答えてくれるものは誰もいない。時折起こるくすくす笑いを聞きながしながら、ソニアは式典が早く終わることのみを祈るのだった。
◆◆◆◆
教室に戻ってからもソニアへの扱いは変わらなかった。あきらめにも似た気持ちで横を見ると、隣にいたクラスメイトに顔を反らされた。そしてどこからか聞こえてくるソニアを揶揄するような声。ソニアはうんざりしつつも無視することしかできない。
「あ、あの! ロルジュ男爵令嬢・・・」
「あれ? なんか独り言を言っている奴がいるぞ。そう言うの、第1王子はそう言うの、嫌いなんだけどよ」
話してくれそうな女子生徒がいたが、シャルロットに揶揄されて悔しそうに黙ってしまう。女子生徒の涙目がソニアを捕らえたが、慌てて首を振って微笑む。さすがに巻き込むのは申し訳なかった。
どうやらシャルロットはかなり好き勝手をしているようだ。第1王子の、ロベールの権威はかなり大きいらしい。後ろ盾のない下級貴族では、彼女に逆らうことはできないのかもしれない。
陰口や嫌がらせには耐えるしかない。ソニアが歯を食いしばっていると、教室の扉が開かれた。入ってきたのは背の高いスレンダーな女子生徒だった。
「失礼。少しお邪魔させてもらうよ」
「い、いえ! せ、先輩! ようこそお越しくださいました!」
入ってきた女子生徒とクラスメイトの会話が聞こえた。どうやら上級生らしい。制服のリボンから判断して2年生だろうか。受け答えたクラスメイトには隠し切れない喜びが混じっていた。
彼女は誰かを探すように周りを見渡すと、ソニアのところで目を止めた。
「ああ! こんなところにいたんだね!」
「え? いや、私は・・・」
口ごもるソニアを気にすることなく、その女性はずんずんと近づいてきた。そして上から下までソニアを見ると、にっと笑顔になった。
「うむ! そっくりだ! 髪や瞳の色こそ違えど、君は姉上によく似ているじゃないか! まさに姉妹!」
「へ? あの、ロザリー姉さんを知っているんですか?」
とっさに返事をすると、その上級生は目を輝かせた。
「あたりまえじゃないか! この学園でロザリー先輩の名前を知らないなんてもぐりだよ! なんたってあの人の成績はいつも学年トップ! すっごくきれいだし、教師からも生徒からも覚えもいい! 王妹のクレマンス殿下なんて自分の屋敷に住まわせているくらいなんだから! 大人気の素晴らしい人なんだよ! 私もたくさんお世話になった。こうしてあの人の妹に会えるなんて光栄だよ!」
鼻息荒く大声を出すその上級生は、さらに言葉を続けた。
「困ったことがあればこの私、アルベルティーヌ・アンジューに言いたまえ! たちどころに解決してみせよう!」
「待ちなさい!」
アルベルティーヌの言葉を遮ったのは、黒に近い灰色の髪を持つ令嬢だった。息を切らしているのを差し引いても、なぜか彼女には暗い印象があった。
「む。なんだい、オーギュスティーヌ。僕はロザリー先輩の妹君にご挨拶しているところなんだが」
「ロザリーお姉様のお役に立つのは私よ!!」
新たに入ってきたその令嬢――オーギュスティーヌはアルベルティーヌを一瞥すると、すぐにソニアに向きなおった。
「いい? お姉様の妹。あなたに手を出す人がいたなら私に言いなさい。必ず潰してあげるから」
「おいおい。妹君を守るのは私の仕事だよ。そんなおいしい役割、譲るわけがないじゃないか」
そして2人は言い合を始めた。仲良く喧嘩を始める2人をクラスメイト達は茫然と眺めている。
「はーい。席につけ。って、アンジュー伯爵令嬢とコンラディン伯爵令嬢じゃねえか。なんでお前らがこんなところに」
「いーえ。ロザリー先輩の妹さんにご挨拶をと思いまして」
「お姉様の妹をいじめる奴がいたら、呪い殺す」
担任のマルセルの注意にも2人は相変わらずだった。でもマルセルが促すと、あきらめたようにしぶしぶと教室の出口に向かっていく。
最後に、
「ロザリー先輩の妹君! 困ったことがあればこのアルベルティーヌ・アンジューにいつでも頼っていいからね! あ、あと、ついででいいから僕の名をロザリー先輩に伝えて・・・」
「それは私の役目。いい? お姉様の妹。私の名前を必ず伝えるのよ。私の名前はオーギュスティーヌ・コンラディン。覚えておきなさい」
と言い捨てながら、2人は仲良く教室を去っていくのだった。
担任のマルセルは溜息を吐くと、頭を掻いた。
「新入生ども。あの2人とは上手く付き合えよ。あいつらはあんなだが王妹や第2王子にも顔が利く。迂闊なことをするとお前らの首くらいすぐに飛ばせるんだからな。さて、注意事項を確認するぞー」
マルセルが説明し出すと、教室はいつも以上に静かになった。でもひそひそ声は聞こえてくる。これからのソニアの扱いをどうするか声を潜めて相談しているようだった。
ふと、ソニアは強い視線を感じた。静かに振り返ると、そこには憤怒の表情を浮かべたシャルロットが憎々し気にソニアを睨んでいた。
◆◆◆◆
担任の話が終わり、クラスメイトが帰り支度を始める中、ソニアは担任のマルセルを追いかけた。
「先生!」
「おうソニア。今日はもう終わりだぞ」
そう言って振り返るマルセルはいたずらっぽい顔を浮かべていた。
「今日はありがとうございます。アルベルティーヌ先輩とオーギュスティーヌ先輩が王妹殿下に顔が聞くって伝えてくれたの、わざとですよね?」
「へへっ。仮にも妹弟子の危機を見捨てたとあっては、オースティン先生に合わせる顔がないからな」
やはり、とソニアは思った。
不自然だと思ったのだ。マルセルが、2人の先輩の家名などを教えてくれたのが。オースティンは教師に知り合いがいると言っていたが、その一人がマルセルだった。
「えっと。私は」
「ああ、いい。お前、普段から魔力の流れを調整しているだろう? その流れは常人には絶対ありえないからな。色まで分からねえってどういう技術だよ。先生から言われて工夫してんだろ?」
この先生もオースティンの弟子でかなりの実力者らしい。一目見ただけでソニアが常に魔力を操作していることを見抜いてしまった。
「最初はよ。先生の言うことなんて無視するつもりだったんだ。だってそうだろう? 自分の勤め先の娘を優遇しろだなんてふざけんなと思ったよ。先生も落ちたもんだと思ってな。でも、違った。お前を見たら分かったよ。お前は勤め先の娘ってよりも先生の弟子の一人なんだな。妹弟子なら、助ける必要はあるってもんだ。厄介なのに目を付けられているみたいだしな」
「先生!!」
ソニアは熱くなった。マルセル先生はどこか不真面目そうな印象を受けるが、その実はかなりの熱血漢らしい。女だけど。
「だけど、な。これは忠告だ。この一年のうちに上位貴族につてを作ったほうがいい。お前の姉のロザリーは来年には学園を去っていく。件のアルベルティーヌとオーギュスティーヌもいるが、3年になってどこまでできるかは未知数だ。そのころには第1王子のロベールがもっと幅を利かせているだろうからな」
「は、はい」
うつむくソニアの肩を、マルセルは強くたたいた。
「ま、あんまり不安がることはねえよ。お前の姉がいるうちは何とかなる。それまでになんとかすりゃいいんだからよ。私も情報だけなら渡してやる。だから、あんまり落ち込むな」
慰められたが、ソニアは依然とした不安を感じたままだった。




