25 オースティンへの報告
「はっはっは。それでずごずごとひきかえしてきたわけだ」
「もう師匠~。笑い事じゃないんですって。こっちの話をする暇なんでなかったんですから。あの事を伝えることもできなかったし」
遠慮なく笑い飛ばしてくるオースティンにソニアは口を尖らせた。
初入寮した次の休みのことだった。庶民的な喫茶店に入ったソニアは盛大に愚痴を漏らしたつもりだったが、オースティンに軽く笑われてしまった。
「なんかめんどくさいことになりそうっすね。えっと、ロベール王子に嫌われちゃったっぽいんですよね。大丈夫すか?」
「ロレーヌ王子だけじゃないよ! 多分だけど、バルセロナ辺境伯子息とスミュール侯爵子息もだよ! あと、ラヴァル伯爵令嬢とペロニド子爵子息もどんな印象を持たれたかわかんない!」
後になって調べたのだ。あの喫茶店で会った人が何者かを。正体はすぐに判明した。彼らのほとんどが、高位貴族だった。しかもトップは、第1王子。彼らに嫌われた可能性が高く、ソニアはお先真っ暗になってしまった。
「ルームメイトのあの女子生徒はソニア様と同じ男爵令嬢なんでしょう?」
「シャルロットが一番問題なんだよ! なんかしんないけど一番私を敵視しているんだ。机に座るたびに嫌味を言ってくるし、私がやってる日課のことも馬鹿にしてくる!」
ルームメイトのシャルロットとはかなり険悪な関係が続いていた。どうやら主人公のソニアを警戒しているらしく、ことあるごとに突っかかってくる。
「師匠・・・。やっちゃっていいですか? 命までは取らないまでも、二度とふざけたことができないようにしちゃったりもできますよ」
「ば、バカ! やめろ! それはシャレにならんだろう! そんなことしたら他の奴にまでお前のことがばれるじゃねえか!」
オースティンが慌てて止めたが、ソニアは不満を隠せない。
「えー。でもあいつ、口の割に弱いですよ。サーラの半分くらいの強さしかないんじゃないかな? 師匠はもとよりオデットだって楽勝だと思います。他の連中も似たり寄ったり」
「強いか弱いかの問題じゃねえだろ! 同じ学生を倒すことのやばさを言ってんだよ! つかお前、分かって言ってんだろ!」
おもわず叫び出したオースティンだった。サーラは他の客に謝りつつも、追加の注文をこなしていた。
「でも、けっこういるようですね。その、ニホンって国で暮らした経験のある転生者が」
「周期的にあるらしいんだよな。異世界で暮らした前世があるって主張するやつが、何人も現れることがよ。確か、100年ほど前にもそう言う奴らがいたらしいぜ。なんかでっかい内乱があって、そこで戦ってたってやつがよ」
日本で大きな内乱があったというと、ソニアに思い浮かぶのは戦国時代のことだった。その時代の記憶があるなら話してみたいと思ったが、100年も前のことならそれも難しそうだ。
「あんまり目立たないようにな。お前は資質のこともあるから印象に残らないことが重要なんだ。実はよ。昔世話した奴が学園の教師をやっているらしくてな。そいつらに言っておいてやるからおとなしくしてくれ」
「おお! 裏工作っすね! 私、そう言うの好きなんすよ」
大口を開けて笑い出すサーラ。オースティンはぼりぼりと頬を掻きながらソニアを宥めた。
「とにかく! 穏便にな? お前だって、『光の巫女』とか言われて傅かれるのは嫌だろう?」
ソニアが全力を出せない理由はそれだった。下手に白の資質が高いことが知られれば精霊教徒に『光の巫女』として担ぎ上げられる可能性があった。
大陸や周辺国に一大勢力を築いている精霊教。その最高権力者たる巫女は厳しい条件があるものの、巫女を輩出した国には多大な恩系があるという。
「お前さんは『光の巫女』になれる条件を余裕でクリアしている。絶対にバレるな。国を挙げて推挙されちまうぞ。何しろ『光の巫女』は『闇の巫女』に次ぐ高位な存在なんだからな」
「や、やだなぁ。分かっていますよ。私も巫女になって自由を縛られるなんて御免ですから。私はロルジュに戻って叔母さんみたいに武官になる予定なんですからね」
ごまかすように笑うソニアを、オースティンは胡散臭げに見てしまうのだった。
◆◆◆◆
ソニアが去った喫茶店で、残された2人はぐったりしていた。
「しっかし、ジョアンヴィル家の派閥だと思っていたバルセロナ辺境伯子息まで第1王子とつるんでいるとはな。計算違いだぜ」
オースティンは頭を悩ませていた。予想通りだが、ソニアの学生生活は無風とはいかないようだ。
「こっちもしっかり対策練らないとな。ロザリー嬢ちゃんは確か、王妹の別荘から学園に通っているんだよな? どうすっかな。マノンなら捕まえれそうだから、あいつに連絡してみるか。教師のほうにも連絡を取らないとな。ギャエルの奴なら何とかしてくれそうだが接点がなさそうなんだよな。あと2人と何とか会えればいいんだが」
「大変そうっすよね。私は王都に知り合いはいないからあんまりフォローできそうにないっすけど」
メモ帳を必死で見返すオースティンに対し、サーラはどこまでも他人事だった。
「しっかし、ソニアお嬢様はよく分かんないっすよね。ネガティブなのか楽観的なのか。ほら、ルームメイトや第1王子のこと、弱いと断じていたじゃないですか。お嬢様なら『ものすごく強いかも』くらいのことは言うかと思ったのに」
「直接見たからだろ。そいつらのことはよ」
オースティンは頭を掻きながらもこともなげに答えた。戸惑うサーラに、オースティンはさらに言葉を続けた。
「いいか。ソニア嬢ちゃんは確かにネガティブだが、あんまり間違ったことは言わねえ。魔術師として鍛えたお嬢ちゃんの目は信じるに足るもんだ。本人が隠蔽の達人でもあるからその辺は正確だ。だから、あのお嬢ちゃんが弱いと言ったならあんまり期待できねえって寸法なんだよ」
「えっと。あたしがうわさで聞いたところによると、あの男爵令嬢はともかく、第1王子やそのご友人は相当に強いらしいですが」
オースティンはやれやれと言った具合に首を振った。
「うわさってのはよ。参考になることもあるが大半は与太話ばかりよ。実際に見たやつのほうがずっと信じられる。ソニア嬢ちゃんが弱いと断じたんなら実際に弱いんだろう。何せ、嬢ちゃんの目の精度は俺と同じくらいなんだからよ」
今度こそ、サーラは押し黙った。
王都に来て、オースティンのそばにいて何度も目にした。いろんな人がオースティンに声を掛けてくるのだ。顔も知らなかった一般人もいれば、サーラでも知っているくらいの有名人もいた。
そんな高名な魔術師のオースティンが、自分と同じくらいの真贋を見極める目を持つと、ソニアを評したのだ。
「・・・。もしかして、ソニアお嬢様ってとんでもない人物だったり?」
「下手したら歴史に名を残すくらいのな。そんなのが、クラスが違うとは言え第1王子やその側近と同じ学園で過ごすんだぜ? 何にも起こらないわけはねえ。あ、公爵家の連中もいるんだったか? 聞くところによると、あの家は優秀な魔術師をかなり輩出しているらしいし。いやマジで、どうすっかな」
考え込むオースティンに、サーラはあっけにとられてしまうのだった。




