21 出発の日
3月も後半に差し掛かった、ある日のことだった。
顔に包帯を巻いた少女が、去り行く馬車をずっと見つめていた。
「オデット。体が冷えてしまうよ。そろそろ戻ろう」
「叔母様。もう少しだけ。もう少しだけ見守らせてください。寒いのは水術の修行で慣れていますから」
視線を外さずに言う姪に、コロンブは苦笑を漏らした。
「お前の気持ちもわかるがソニアなら大丈夫だ。私の部下でも選りすぐりな者を付けた。あの子ならちゃんとソニアを助けてくれるさ」
「でも、本人は相変わらずなんです。出発の前まで何度も荷物を確認するし、同級生たちとうまくやれるかぶつぶつ言っていたし。挙句、王都への道で魔物に襲われるかもとか言いだすんですよ。いつまでたってもネガティブというか」
馬車から視線を反らさずに姉への愚痴を漏らした。
それでもコロンブは知っている。オデットがぐちぐち言いながらも辛抱強くソニアに付き合っていたことを。トラブルに晒されつつも、いつも世話を焼いてくれていたソニアを心強く思っていたことを。
「ソニア、大丈夫かな? 魔法のこと、うまく隠し通せるかな。髪とか目のこと、ばれたりしないよね? あいつ、今一つ抜けているから心配なのよ」
「ソニアのやつもずいぶんと魔法の腕を上げている。お前ほどではないにしろな。それにオースティン殿も付いているんだ。簡単にばれるような真似はしないさ」
頷きつつも、オデットの視線は変わらないままだった。コロンブの言葉に返事をながら、馬車が見えなくなるまでソニアを見送り続けた。
◆◆◆◆
「しゃあああああああ!!」
ゴブリンが奇声を上げて突撃してきた。だけどソニアは、冷静にその姿を捕らえていた。
「見える!」
渾身の一撃を躱したソニアは、手持ちのメイスを振りかぶると、
「よっ! はっ! うりゃ!」
隙だらけのゴブリンに3連撃を叩き込んだ。
「これでえええええええええええ!」
止めとばかりに放った横薙ぎの一撃は、しかし空を切る。先の3発で、ゴブリンは倒れてしまったのだ。ソニアは首をかしげながらも魔物の死を確認していると、手を叩く音が聞えてきた。
「うし、いいぞ。ゴブリン程度なら敵じゃないな」
「へへ! やりました! 何とかゴブリンを倒せましたよ! また止めの前に倒しちゃったけど」
ほめてくれたオースティンに、ソニアは照れたように鼻をすすった。栗色の髪をかき上げながら茶色の目で照れたように笑っている。
そばにはゴブリンの死体が3体転がっている。すべて、ソニアが仕留めたものだ。就学年齢のソニアがこれだけの魔物を倒せたのはほめられたことかもしれないが――。
「お嬢様~。こっちも終わりましたよ~」
新たな護衛のサーラの言葉に、ソニアは押し黙ってしまう。
サーラの成果は段違いだった。オースティンの援護があったとはいえ、10匹近い死体が転がっている。そのすべてを倒したサーラは得意がることもなく報告してくれた。あのオースティンが「近接では俺も相手にならん使い手だ」と評していたが、図らずもそれを証明した形になる。
「おう。お前も見事だったぜ。しかしよ。街道を進んでいたのに、本当に魔物に襲撃されるとはな」
「え? へ、へへ。スケジュールを余分にとっておいてよかったでしょう? 時間を取られても入学式には間に合いそうですからね」
驚きつつも、ネガティブが役立ったことにソニアは胸を張っていた。
「それじゃあ、出発・・・」
「待て待て。街道に魔物が現れたんだ。すぐにギルドに報告しないと。死体だってかたずけてもらう必要があるからな」
張り切って言ったが待ったをかけられた。
「ここでギルドに報告するんですか!? 後で報告とかじゃなく?」
「いやいや、街道に魔物が出たのはちょっとした事件だからな? これから道を使うヤツが現れないとは限らないだろう。俺たちみたいに戦える奴ばかり揃っているわけじゃないんだからよ」
「そうっすよ。街道には魔物よけの木が植えられているのにそれを超えて襲ってきたんっすから。こういうのはすぐに報告しないといけないんっす」
そう言うとサーラは懐から弾を取り出し、勢いよく空にほうり投げた。その球はかなりの高さにいたると、赤い光を放ちながら輝きだした。
「あ、信号弾?」
「そうっす。これを見ればすぐにギルドから人が派遣されてくるっす。そこで事情を説明するって感じっすね。ま、こっちは貴族なんだから、あんまり拘束されることはないと思うっすよ」
感心して信号弾を見上げるソニアを、サーラは困ったように見つめるのだった。
◆◆◆◆
ギルドからの迎えを待つ間、ソニアは馬車の中で休んでいた。ちらりと馬車を見るサーラは、そっと溜息を吐いた。
「おう。ご苦労だったな。いきなりの襲撃にもきちんと対処してたじゃねえか」
「あ、オースティン様! これでもコロンブ様の親衛隊にも選ばれてるんすから、あの程度の魔物なんて楽勝っすよ。オースティン様の援護も的確でしたし」
そう言いながらもサーラの顔に不満がありありと浮かんでいた。
「サーラ? 何か気になることでもあったか?」
「いえ。先輩から聞いていたんですよ。ソニアお嬢様はすさまじい使い手だって。でも、さっきの戦いを見ると・・・。ゴブリン程度に苦戦しているみたいで」
もともとサーラはロルジュ家の最精鋭たる黒騎士隊に所属する予定だった。新進気鋭の新人で、しかもソニアと同い年とあって護衛に推薦されたが、ソニアの戦いぶりを見て不安になったようだ。
言うだけ言って、サーラは慌てた。オースティンが何かを考えこむような顔をしていたからだ。
「あ! いや、仕事はちゃんとやるっすよ! 領主一族の護衛なんて、名誉ある仕事っすから! コロンブ様の顔に泥を塗るわけにはいかないっすし」
「そこは疑ってねえよ。お前の仕事ぶりはコロンブ様から聞いてるからな。しかし、おまえさんほどの者がそういう意見なんだな」
おろおろしたサーラに、オースティンは突如として笑顔を見せた。
「オ、オースティン様? すみません! その、失礼なことを言ってしまって・・・」
「いや、俺はよ。お前のことは評価してるんだ。身体強化に限ればうちの領でもトップクラスだろう。そのお前が気づかないということはよ」
オースティンはサーラを覗き込んだ。
「お前はあらかじめ知っておいたほうがいいだろう。いいか。ソニアの奴はよ」
そう言って、彼女の事情を話し出したのだった。




