02 姉の背中と異世界転生
「わああああああああああ!」
ソニアは飛び起きた。全身汗だくで、息も荒い。額の汗をぬぐっていると、心配そうにソニアを見る青い目と目が合った。
少女が詰め寄ってきた。呆然とするソニアに抱き着くと、涙声になりながら話しかけてきた。
「ごめんねソニア。心配、したんだからね。目を覚まさないものだから!」
「う、うん・・・。なんか、ごめん」
反射的に声を掛けてきた少女の肩を叩きながら、ソニアは思い出した。茶髪の髪と青い目をしたこの少女は、姉のロザリーだった。
「安心しました。でも頭を打ったようだから、お医者様に見てもらいましょうね」
「う、うん・・・。ありがとう。マノンさんにも迷惑をかけちゃったみたいで」
恐縮して頭を下げるソニアに、その女戦士――マノンは笑顔で首を振った。姉の護衛である彼女は、姉ロザリーも一緒に守ってくれていて、いつも姉に世話をされているソニアとは気安く話せる関係なのだけど。
「まったく。ソニアはどんくさいよな。魔法を使えばあんなボールなんてちょちょいのちょいだろ」
「アレン。その前に謝罪が先でしょう。あなたたちのせいで、ソニアは頭を打ったんだから」
ロザリーが睨むと、さすがのアレンもバツが悪そうだった。
そういえば、とソニアは思い出した。今日は日課を終えた後、ロザリーとその護衛とで町の広場に出かけたのだ。広場ではアレンたち町の子が遊んでいた。そこにはロザリーの友人もいて、世間話を始めてしまった。ソニアはアレンや姉の友人は苦手だったので、離れた場所で時間をつぶしていたのだけど。
しばらくぼうっと景色を眺めていたら、ボールがぶつかってきて気を失ったのだ。
「話に夢中になってた私も悪いけど、ボールを投げたあなたも悪い! まずはソニアに謝罪なさい! 話はそれからでしょ! 先に遊んでいたのはあなたたちでもね!」
「わざとじゃねえって! それに、他の奴ならあのくらいのボールは避けられたはずだろ? 広場でボールが飛んでくるくらいよくあることさ。風魔法で軌道を変えちまえばいいんだからよ。貴族なのによけられないそいつが悪いんだよ!」
もごもごと言い訳をするアレンに、ロザリーが口を尖らせた。同じ町に住むアレンは、実家がそこそこ裕福で、3年後には学園にも通うことが決まっている。さすがに男爵位のあるソニアの家には敵わないが、それに次ぐほどの身分で、いつも友人たちと威張り散らしているのだ。
「わざとであろうがなかろうが、ぶつけたほうが悪いのは当たり前じゃない! 謝る気がないのなら下がりなさい! ソニア、大丈夫? すぐにお医者様に診てもらおうね?」
ロザリーはソニアを振り向くと、自然な動作でソニアを担ぎ出した。そのさりげなく自然な動作に護衛たちが手を出す暇もなかった。護衛たちはあきらめてロザリーを守るように立った。マノンが落ち込んだように頭を下げたのが印象的だった。
「くそっ。加護なしがどんくさいせいで、俺まで怒られちまったじゃねえか。ロザリーは来週にも私塾に行っちまうのによ」
苛立たし気につぶやくアレンの声が、ソニアの耳に残ったのだった。
◆◆◆◆
それにしても、とソニアは今さらながら恥ずかしくなった。さっき見た夢のことだ。3人のイケメンたちと、薄暗い城の中を冒険していた。まるでゲームのワンシーンのような光景は、まさに赤面者だった。
「ソニア。大丈夫? 屋敷に戻ったら一応お医者様に見てもらおうね。マノンたちが手配してくれたみたいだから」
「うん。お姉ちゃん。ありがとね?」
謝罪するソニアに、笑顔で首を振るロザリーだった。まだ12歳なのに、10歳のソニアを背負う姿は様になっていて揺れも少ない。おそらくは、土属性を使って身体強化をしているのだろう。こういうところに姉の優秀さが見えるような気がして、ソニアは落ち込んでしまう。
「でも、本当に大丈夫? なんかいつもより落ち込んでいる気がするよ?」
「う、うん。大丈夫だよ。実はさ。変な夢を見てね。それがおっかしいんだ。私がパーティーを組んでてね。それもイケメン3人と! そんで、なんか魔王城みたいなところを冒険してて。魔法なんか使えない私がおっかしいよね。アニメかゲームっかって思った・・・」
そこまで言って、気が付いた。この世界には、アニメやゲームなんてものは、なかったということに。
「ソニア? 大丈夫? 夢にかっこいい人が出てきても変なことじゃないよ? そう言う人が多いんだからね? ソニアは可愛い女の子だから」
いきなり言葉を止めたソニアを気にしたようで、ロザリーの声は心配そうだった。だけど、ソニアはパニックだった。自分が10年間を過ごしてきたこの世界が、日本ではないかもしれないことにようやく思い至った。
「お、お姉ちゃん。えっと、この世界は魔法があるのよね? で、私たちは貴族の生まれで、だからマノンさんたちが護衛してくれて。んで、我が家は男爵家のロルジュ家で、私はその世界に次女で」
「? そだよ? 大丈夫? 当たり前のことばっかり聞いて。その、やっぱり頭が痛いとかじゃない?」
心配そうに聞かれても、ソニアは頭がいっぱいで答えられなかった。
「異世界、転生してる?」
「大丈夫!? マノン! 急いで! すぐにでもお医者様に見せないと!」
ロザリーは駆け出すが、ソニアは顔を青ざめさせたままだった。自分が異世界転生したことが分かって。そして前世で聞き覚えがあった。ソニア・ロルジュという名前に!
「ソニア! すぐに屋敷までいくからね!」
「しかもソニア・ロルジュって、あの撲滅聖女の名前じゃない!!」
駆けだすロザリーの背中から、ソニアの絶叫が響いたのだった。




