19 ロルジュ家の後継
「オースティン殿。白の魔力とはここまでのものなのか? 初めて見たが、頼もしさよりも恐ろしさを感じた。こんなものが、聖なる力とでもいうのか」
ソニアを介抱するオースティンに当主が問いかけた。先ほど見せた魔力の渦を見ての感想だった。
否定されるようなことを言われ、ロザリーは顔を青ざめさせた。そんな彼女を気にすることもなく、オースティンは言葉を返していく。
「白の魔力は、恐ろしいほど自己保存にむいているとされています。自分に限っては回復も強化も思いのままです。信じられないかもしれませんが、先の戦いでソニア様はロザリー様以上の怪我を負ったはずですが、その傷は戦闘中に癒されてしまいました」
ぎょっとしたのはコロンプだった。確かにソニアが来ている服はボロボロで血にまみれている。もしこれが返り血などではなく、本人が受けたダメージだとしたら? ロザリー以上の怪我を負っていてもおかしくはなかった。
「かの魔法王国では白の資質は至高とされています。自己にしか使えないのが玉に瑕ですがね。しかし、術式に心当たりがあります。ソニア様の血縁者ならば、ロザリー様やオデット様の怪我を跡形もなく消すことも可能かもしれませぬ」
頭を下げるオースティンを、はっとしたように見つめたオデットだった。ロザリーも戸惑ったよな表情だ。
「なるほどな。幸いにしてソニアの血縁、というのはそう言うことだな。血縁者ならば白の魔力を回復に転用できるかもしれんのだな」
「ええ。私と友人の考えではありますが。自分にしか効果のない白の魔力を、術式を工夫することで一瞬だけ周りの人間にも効果を与えるようにする。それが、白による回復ではないかと。致命傷に近いダメージを癒した回復を、他人にも使えるようにする。まだ未知数ですが、これではという予想を友人と考えたことがあったのです。それが生きるとは、人生には何があるかはわかりませんなぁ」
オースティンの答えを聞き、当主は笑い出した。
「素晴らしいな! 白の資質に目覚めたソニアに加え、魔術の粋を極めたオースティン殿が我が領にいてくださるか! 改めて依頼しよう。ソニアに白の魔力の使い方をご教授願えるか?」
「私にとっても興味深い資質ではありますからね。これほど色の濃い白の持ち主に出会えることはまずありますまい。私からお願いしたいほどですよ」
笑い出す2人を、オデット亜呆然として見つめている。ロザリーは深刻な顔で左手の傷をいじっている。
「さて。では戻るとするかな。ロザリーとオデットが傷ついたのは残念だが、この一件で様々な収穫があった。特に、我が領を収めるにふさわしくないもの判明したのは不幸中の幸いというべきか」
「現状が見えていない者には厳しい結果になるでしょうね。ヒントはいくつもあったのにそれを見逃し、貴重な血族を失うところでしたから」
睨みながら笑う当主に、コロンプが追従した。特に叔母はなんだかうれしそうで、その表情に不吉なものを感じたロザリーだった。
「おじい様?」
「さて。そろそろ戻るぞ。魔族とオーガどもの死体はしっかり活用するのだぞ。魔王城から離れたこの地にも魔族が現れるようになった。臆病者どもの気を引き締めるのにこれ以上のものはあるまいて」
上機嫌になって歩き出した当主の背を、ロザリーはあっけにとられて見つめてしまう。オデットも何が起こるかわからない様子だった。
「あの、オースティン様?」
「論功行賞ってやつを行うんだろうさ。それに叱責と責任追及もな。残念なことに、今回大へまをやらかした奴がいる。そいつの責任を追及しようってのさ」
ロザリーははっとして、屋敷のあるほうを凝視した。
「ま、まさか!?」
「おそらくな。自分が未来のロルジュ家当主と思い込んでいる奴もいるようだが、そんな甘いもんじゃないわな。あんたが大怪我したってのは奴にとって朗報に思えたかもしれんが、そんなわけはねえってことさ。あいつの仕事はライバルを蹴落とすことじゃねえ。限られた戦力をいかに生かすかにあるのによ」
オースティンの言葉に、苦虫を噛んだような顔になったロザリーだった。オデットはわけがわからないようで、おろおろと2人の顔を見つめるしかできないのだった。
「うう・・・。また怒られる・・・」
悲しそうにつぶやいたソニアの寝言が、あたりに響いたのだった。
◆◆◆◆
「お、おじい様! いらしていたのですか!」
屋敷に戻った次期当主を、フランクが慌てたように出迎えた。カリーヌも心なしか青い顔をしている。オデットが顔に包帯を巻き、ロザリーも包帯で腕をつるしているのも血色をなくした要因かもしれない。
「ロザリー! あなた、怪我をしたの? まさか、お義父様たちにご迷惑をおかけしたんじゃないでしょうね!」
「ふん。何を見当はずれなことを。ロザリーは立派に役目を果たしたわ。わずか齢12の若輩者が、この地にはびこる魔族を屠ってみせたのだからな」
当主の言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。
「ま、魔族!? 前線から距離があるのに、魔族が現れたというのですか!?」
「疑うか。ワシはこの目で見たぞ。ふん。我が武を見せるチャンスであったがな。到着したときにはもう決着がついておったわ。教えてやろう。オデットは、魔族によって誘拐されたのだ。ロザリーがおらなんだらと思うと気が気ではないな」
当主の言葉に頬を引きつらせるフランクだった。
「も、申し訳ございません。まさか、この地にまで魔族が現れようとは」
「兆候はあったでしょう? ここ数年は魔族の動きが活発化しているというのがうわさだし、大侵攻で滅ぼされた街もある。町では魔族の目撃情報まであった。この地を治めようと考えるなら、警戒してしかるべき状態だったはずよ」
謝罪するフランクを、コロンプはバッサリと切り捨てた。
「お前は言ったそうだな。待っていればオデットは帰ってくると。だが結果はどうだ? お前の言うとおり待っていたらオデットは魔族に利用され、取り返しがつかないことになっていただろう」
「!!!」
絶句したフランクに、当主はさらに言葉を綴っていく。
「さて。事態を甘く見て、その結果がどうなるかはお前でも想像できるだろう。お前はその結果を見てライバルが減ったと喜ぶか。だがそれを見た者たちはどう思うだろうな。身内すらも見捨てる領主に、果たしてどれだけの者が着いてこようかな」
「も、申し訳ありません」
当主は溜息を吐くと、鋭い目をカリーヌに向けた。
「さて。孫たちの教育はお前の役目だったな。この事態をどう思う? お前の息子の浅慮で、オデットが死にかけたことをどう思うのだ。そればかりか、チャールズにとっても心に大きな傷ができたやもしれぬ」
「も、申し訳ございません!」
決して大きな声ではなかったのに、カリーヌは恐縮して頭を下げた。当主は眉をピクリと動かすと、そのまま背を向けた。
「フランクよ。今回の件で無様をさらしたな。貴様は父に次いでこの領地を収めるとうそぶいているようだが、今のままでは到底この領地を任せることはできぬ。我が孫はお前やロザリーだけでないことを思い出せ。学園の成績次第では放逐もあり得るから心して学ぶのだな。貴様の敵はロザリーではない。そのことに気づかんようでは呆れるわい」
そう言って去っていく当主に、誰も何も言えないのだった。