10 白の強化
「あのメイスを使えるなんて、そんなのできるわけないじゃない! ソニアには、その、身体強化できるほど魔法は使えないんだから」
おそらくオデットはソニアを“加護なし”と罵りたかったのだろう。試用室に移動したとはいえ、店の人が聞いているかもしれない場所での言動は控えてくれたに違いない。
「む。そんなの、やってみなくちゃわかんないじゃん」
「やらなくてもわかるでしょう! 恥をかくだけよ! あんたの魔力で、メイスを動かせるかくらい!」
激高するオデットを睨んでいると、彼女の肩がポンと叩かれた。気づけばオースティンが近づいてきてソニアにメイスの柄を渡してきた。
「若いうちはいろいろ考えるよな。自分の常識だけで考えて、あれは無理だこれは無理だとあきらめることも多い。だけど、この世にはやってみなくちゃわからないことだってあるんだぜ」
「でも! ソニアの魔力でメイスを動かせるわけないじゃない! あれ、身体強化なしに扱える重さじゃなかった! それなのに魔力を全部弾いちゃうなんて、失敗作って言われるのも分かるわよ!」
オデットに思いっきり反論されてしまった。
確かにオデットの言うとおりだった。身体強化とは魔力を下着のように展開して外から体の動きを補助するものだ。そして、魔力の色が濃いほどその度合いは高い。特に体に付着しやすい水と土の資質は、高ければ高いほど強い身体強化ができると言われているが。
どちらの資質もないソニアには身体強化のレベルがかなり低いはずった。
「弾かれるのは全部の魔力じゃねえさ。お嬢ちゃんは黄色の魔力で強化しようとしてダメだった。俺は青い魔力だな。来る途中に試したが、赤も緑もだめだった。つまり、精錬された製鋼は、四大属性の魔力を全部弾く効果がある」
「? つまり、全部の魔力を弾いちゃうってことじゃない」
いきり立つオデットを、そっと宥めるオースティンだった。
「全部じゃねえな。7つのうち4つがだめだっただけだ」
「7つって・・・」
「魔法王国では6つの属性があるというのが主流ですね。でも、7つって」
さっきの女性店員が口をはさんできた。
このデジレという女性店員はこの店の店主でオースティンの知り合いの娘らしい。聖鋼の効果をぜひとも目にしたいと食い下がったため動向を許可されたのだ。オースティンの「秘密を守ることを名に誓えるか」との挑発にあっさり頷くくらいの入れ込みようだった。
最終的にはソニアが許可を出して、この結果を見ることになったのだけど。
「この国では人間の魔力が4つの属性に分かれているってのが主流だよな。土、水、火、風の四大属性だ。だけどこれ以外にも特性が違う魔力ってのはあるんだ。最初に言っちまうが、四大属性の色を限りなく薄めた無属性ってのがある。店主が知らないのはこれだな。これは他の属性にはない特徴がある」
思わず振り返ったオデットとソニアの目が合った。
加護なしと言われ、四大属性すべての資質がないソニアは、無属性の資質はあると言えるだろう。
でも、今は・・・。
「えっと。その」
「色のない魔力の身体強化は、水や土に劣る。他の2つにもな。度合いが少ねえんだ。外から体を強化しても動き回る風より低いなんぞ相当だろう。無属性魔法で身体強化するのはたかが知れてるのよ。特別な方法でも使わん限り、このメイスを扱うのは無理だな」
どこかほっとしたようにオデットは頷いた。
「闇も同じで身体強化には向かねえ。黒の魔力は、言ってみれば相手を下げることに特化している。まあ長ずればそれを使って魔物を改造することだってできるが、身体強化には向かねえな」
「そうですね。あの魔族も、闇の魔法で魔物を改造された存在だって話もありますし」
デジレが忌々しそうに吐き捨てた。彼女としても、この国を襲う魔族には思うところがあるようだった。
「問題は、白の魔力だ。白の魔力を使った身体強化は、それこそ桁が違う。土よりも水よりも効果が高い身体強化を行えるだ。俺たちの研究によると、白の魔力はそれ以外の魔力よりも体になじむ。それこそ外側だけでなく内側にも浸透するはずさ。まあ、浸透ってのは無属性の魔力の特徴ではあるがな。それに近い効果があるって寸法さ」
「白の魔力に、そんな適性が」
つぶやくソニアに、オースティンはもう一度メイスを見つめた。
「これに使われている素材は聖鋼だろ? 聖鋼の『聖』ってのは白の属性を表しているって言われている。もしかしたら、四大属性の魔力をはじくこの素材は、白の属性だけは受け入れてくれるかもしれねえんだ」
「なるのど。つまりソニア様は・・・」
納得したデジレは面白がるような目をソニアに向けてきた。まるで実験動物のように見られてソニアは思わずたじろいでしまう。
「ま、待って! どういうこと!? ソニアの資質が、なんかあるってこと?」
「小さいお嬢ちゃんも気づいているだろう? ソニア嬢ちゃんの髪と目の色が変わってきているってことを。目と髪の色は資質に大きく左右される。聞いたことがあるだろう? 闇に目覚めたやつの髪が、黒っぽくなったってことをよ。それと同じだ。ソニア嬢ちゃんの色が白くなっている。つまり、白の資質に目覚めたってことよ」
オデットは恐る恐るソニアを見ると、信じられないようにごくりとつばを飲んだ。
「まあ、今言ったことは推論に過ぎねえ。だから試してみようって話よ。ソニア嬢ちゃんが本当にそのメイスを使えるかはやってみるまでは分からん」
オースティンに促され、思わずメイスを見るソニアだった。
深呼吸をして、メイスを見つけた。これを運んだときに店員はよろよろしていたし、オデットも持ち上げられなかった。オースティンさえも持ち上げるのでやっとだった。
相当な重量があるはずのそれは、しかしソニアには大それたものには見えなかった。大変な代物なことは聞いたのに、なぜかもっと身近なもののように思えたのだ。
「これで持ち上げられなかったら恥ずかしいよね」
そう言って、ソニアは柄を両手で握りしめた。そしてもう一度深呼吸すると。
「ふおおおおお!」
気合とともに、身体に魔力をまとわりつかせたのだ。
「な、なに? これ、今までのソニアとは明らかに違う!」
「こ、これが、白の魔力! 初めて見た! しかも、色がすごく濃い! こんな魔力、見たことも聞いたこともないですよ!」
オデットとデジレの驚く声も耳に入らない。ソニアは集中して手に力を籠めると、思いっきりメイスを持ち上げた。
「う、うわっ!」
思わず声を上げたソニアだった。
あまりにあっさりと、メイスは持ちあがった。勢いあまって上げすぎてしまい、後ろに倒れ込むところだった。間一髪でオースティンが支えてくれたが、それがなければ頭を打っていたかもしれない。
「予想通りだな。まさかこの重量の武器を簡単に持ち上げちまうとはよ」
「え? え? あ、ほんとだ!」
オースティンから離れると、ソニアはメイスを軽く振ってみせた。とてもみんなが言うような重量があるとは言えない。振り回すことも上に投げることも簡単にできてしまった。
「これ、軽くないです?」
「それが白の魔力ってやつよ。お嬢ちゃんの身体が思った以上に強化されているってことさ。白の魔力もそのメイスになじんだようだな。へっ。予想通りだぜ」
オースティンが嬉しそうに鼻をすすった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 実験を! 本当にそんな強化ができるかをすぐに試してみましょう!」
慌てたように部屋を出ていくデジレを、ソニアは茫然として見送るのだった。
◆◆◆◆
あの後、店はにわかに騒がしくなった。
メイスを振り回せたソニアは、さっそく検証に狩り出された。メイスを使って鎧を攻撃するよう依頼されたのだ。
結果は恐ろしいものだった。試しに叩いた兜は一発でぺしゃんこになった。木人を使ったテストでは着せた鎧はえぐれ、盾は砕けてしまった。あのメイスは無双するかのように対象を破壊しつくしたのだけど。
「あれ・・・。急に、武器が重く?」
訓練の途中で、ソニアはメイスを取り落としてしまう。体がだるい。視界も、なんだか揺れている。それまでは調子に乗って武具を壊していたけど、急に力が入らなくなったのだ。
糸が切れたように倒れたソニアを、オースティンが慌てて介抱した。そしてソニアの様子を見ると、ほっとしたように額の汗を拭いた。
「魔力切れ、だな。やはり白の属性は消費が多い。この国の貴族じゃあよく持ったほうだと思うぜ」
「じゃあソニアは、さっきくらいの時間しか、身体強化はできないの?」
不安そうに尋ねたオデットに、オースティンはにやりと首を振った。
「いや。多分お嬢ちゃんは自分の身体を強化するのは初めてだったんだろうさ。魔力操作に比べて身体強化の技術は拙いもんだった。魔力をもっと効率的に使えば、持続時間を増やすことだって可能だ」
「そう・・・。ソニアがもっと強くなる可能性があるのね」
そう言ってソニアを見つめるオデット。その様子は心配するというよりも不安で不安でたまらないような印象があった。
「ソニアも、私を置いていくのね。あんたは、私と同じ側だと思ったのに」
そうつぶやくオデットの顔は、オースティンには泣きそうに見えたのだった。