01 プロローグ
お城のような場所を、警戒しながら進んでいた。
多分ここは敵地で、ソニアたちは足を忍ばせながら進んでいるのだろう。
「ソニア。大丈夫か」
声をかけてきたのは、先頭を歩く青年だった。金髪で見目麗しく、まるで王子様のようなその青年は、心配そうにソニアを見ている。ソニアは何とか笑顔を取り繕いながら頷いた。
特別扱いはうれしくないこともないが、今はそんな状況ではない。思い出した。ソニアたち4人は、魔王を倒しに来ているのだから。
「大丈夫だよ。うん。私だって戦えるもん。こんなところで緊張している場合じゃないってね」
「でも気をつけてくださいね。あなたに怪我をさせたらと思うと気が気ではありませんから」
「そうだぜ。お前は俺たちパーティーの柱なんだから、こんなところでくたばるんじゃねえぞ」
先ほどの王子様のような青年に、眼鏡をかけた優等生、ワイルドな風貌をした筋肉質な体育会系の男と、イケメンがより取り見取りだった。
「妙だな。城に潜入したのに一向に敵が見当たらない」
「まだばれていない、にしては無警戒過ぎますよね。巡回の兵士すらもいない。まるで奥へと誘い込まれているような・・・」
「はっ! 何を言っていやがる! 誘われようがなんだろうが、行くしかないだろうが!」
王子のような青年と眼鏡の青年がいぶかしげに言うが、それを笑い飛ばすような筋肉質の青年だった。
一行に緩い空気が流れようとした、その時だった。
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
突如として現れた魔物の群れが立ちふさがった。
「くそっ! 奇襲か!」
「まったく兆候なんてなかったのに!」
襲い掛かってきた魔物に、青年たちは手いっぱいになった。足止めされ、ソニアに近づくことができない。
おろおろしてしまうソニアに、駆け寄る一体の男――。
フルプレートの黒い鎧を着たその男は、周りの魔物とは明らかに違っていた。オーラがあるのだ。まさに強者だけが持つオーラを漂わせ、その巨体を揺らしながらじわりじわりとソニアに歩み寄ってきた。
「くっ! ソニア! 逃げろ!」
「くそが! 邪魔をするな!」
青年たちは必死でソニアの元に駆け寄ろうとするが、魔物たちに阻まれて動くことができない。
「お前に恨みはないが、後衛から倒すのがセオリーなのでな。悪いが。死んでもらう」
そう言って、フルプレートの男は大剣を振り上げた。
ソニアは思わず防御の姿勢を取って目をきつくつむってしまう。あの大剣が振り下ろされたら、ソニアは人形のように倒れてしまうだろう。
だが、衝撃はなかなかやってこなかった。恐る恐る目を開けると、フルプレートが大剣を振り下ろす途中だった。
形相、格好、そして武器。どれをとっても恐ろしかった。それまで一学生だったソニアにとって、その景色は恐るべきものに映ったのだが・・・。
フルプレートの男の動きはまるでスローモーションのようにゆっくりとしていた。
戸惑ったソニアは、どうしていいかわからなくなった。周りを見回すとスローモーションだったのはフルプレートの男だけではなかった。あの王子様も、眼鏡をかけた優等生も、筋肉を見せびらかすようなマッチョも、全員の時間の流れが遅くなったようにちょっとずつしか動いていなかった。
「えっと・・・。あれ?」
思わずつぶやいたソニアだが、状況は変わらない。相変わらず大剣はゆっくりと近づいてきているし、3人の青年たちはソニアを焦ったように手を伸ばすが、それもスローモーションだった。
「えっと・・・。えい」
ソニアは持っていたメイスを軽く振るった。メイスの先は大剣に直撃し、その刃を容易く破壊していく。
不意に時間が戻った。なおも突進してくるフルプレートを、ソニアはひょいと避けた。フルプレートはそのまま壁にぶつかって壊してしまう。即座にソニアのほうを振り返るが、折れた大剣を見て絶句していた。
「貴様! 聖女! おのれ! 面妖な技を!」
「いや、あの、ちょっと」
戸惑いつつも声をかけたソニアだったが、フルプレートは懐からダガーを抜いて襲い掛かってきた。
また世界がスローモーションになった。フルプレートはやたらめったらにダガーを振りまわすが、動きが遅い。ソニアは楽勝で、すべての攻撃を躱してしまう。
「くそ! またか!」
「いやあの、なんかすみません」
ゆっくりとした声にも反射的に謝ってしまったソニアだが、フルプレートはますますむきになってしまう。ダガーの乱撃は、しかしいソニアには当たらない。最小限の動きですべてを裁いていた。
「くそっ! くそくそくそくそ!」
なんだか申し訳なくなってきたソニアだった。
「くっ! ソニア! くそ! 魔族なんかに!」
「今、行く! こいつらを倒して!」
「私の魔法でこいつらを!」
3人のイケメンたちは何とか魔物を振り切ろうとするが、なかなか降り切れないようだった。フルプレートの猛攻を躱しながら、ソニアは戸惑うばかりだった。
「なぜだ! なぜ当たらん! お前ごときに!」
「いや、なんかすみません」
反射的に謝るソニアだった。フルプレートの攻撃はまるで嵐のようだったが、ソニアの目には大きな子供が駄々をこねるように見えた。
「えっと・・・。一応、刃物を振り回すのは危ないので」
申し訳なさそうに振るったメイスはフルプレートのダガーを吹き飛ばす。それでも必死の形相で襲い掛かってくるフルプレートに、ソニアは反射的にメイスで殴りつけてしまった。
フルプレートの巨体が宙を舞う。メイスの一撃に吹き飛ばされ、無様に転がったフルプレートだった。
「ば、ばかな! こんな! こんなことが!」
フルプレートは素早く立ち上がり、再びソニアに襲い掛かった。
勢いも表情も、すさまじいものだった。見る者すべてを怯えさせる突進だったが、肝心のソニアは、もう恐ろしさを感じていない。
「くそ!」
「やあ」
「おのれ!」
「とお」
「あ、当たれ!」
「そりゃ」
フルプレートの攻撃に合わせるようにメイスを振るうソニア。メイスの攻撃は面白いように当たった。一撃ごとに鎧が変形し、盾が壊れ、そして握り締めた拳が、粉砕されていく。
「こ、こんな」
「あ」
反射的な攻撃だった。痛みをこらえるようなフルプレートの頬に、ソニアのメイスがめり込んでしまう。フルプレートは錐揉みしながら吹き飛んでいき、そのまま地面に倒れ伏した。
どうしていいかわからなくなったソニアが恐る恐る周りを見ると、青年たちが手を止めていた。あっけにとられたような顔でソニアを見つめている。彼らに対峙していたはずの魔物も、ドン引きしたような顔でソニアを見つめていた。
「いや、えっと、その」
「うわあああああああああああああ!」
ソニアが手を伸ばすと、魔物たちは叫び声を上げて逃げ出していく。そのまま3人の青年たちを見ると、皆怯えた目でソニアを見つめていた。
「あ、あの」
「ひ、ひい!!」
一歩近づいたソニアに、王子様のような青年が叫び声を上げた。そして3人のイケメンたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「えええええ・・・・」
後には、呆然とするソニアと、ぴくぴくと痙攣するフルプレートだったものだけが残されたのだった。