最終話 〝僕は純文学作家になりたい〟
明けて月曜日。
きのうも部長に書いた話を送ってみたけれど、届いたのは辛辣な評価。
あいかわらずダメ出しを受け続ける毎日。
果たしてこんな日々を送っていて純文学作家になれるのだろうか。
「んーなんか方向性が間違ってるような気がするんだよね」
悩みは深まっていく。
それでも授業を受けないといけないのが義務教育の辛いところ。
朝のチャイムが鳴って、友達と話していた僕は自分の席に座ることにする。
僕の席は窓際いちばん後ろ。
いわゆる主人公席だ。
「よーお前ら、喜べ。今日は転校生がやってきたぞ」
がらりと乱暴に扉が開いて先生が入ってくる。
告げられた転校生という言葉に、きゃーという黄色い喝采がクラスメイトたちから上がった。もちろん僕も例外ではない。
転校生! 非日常の響き! 大好きな展開だよ!
「おーい、入ってきていいぞー」
「はい」
静々と入ってきた子はとっても綺麗で、優雅で、まるでどこかのお嬢様みたいだった。
……あれ? でもあの子、なんか見たことあるような……?
「ま、適当に自己紹介してくれ。私は適当に聞いてるから」
「わかりました」
転校生は黒板に綺麗な字で名前を書き終わると、くるりと僕たちに向かって微笑んで、
「——。おはようございます皆さん。花宮紅音と申します。家庭の事情による急な時期の転校となりましたが、仲良くしていただけると嬉しいです」
優雅に一礼。
綺麗な上に礼儀正しいだなんて、部長の上級職みたいな子だなぁ。
……。んーでもやっぱりあの子、どこかで会ったことあるような……?
頭を捻っていると、教室をゆっくりと見渡していた転校生と目があった。
夜のように綺麗な瞳が僕を射抜く。
同時に転校生——紅音ちゃんはギョッと目を見開いた。
「——あー! あなた!!」
突然の大声にびくりとする僕、及びクラスメイトたち。
でも僕がいちばん驚いたと思う。
だって紅音ちゃんは明らかに僕をみて叫んだのだから。
「え、え、え? 僕??」
「そう! あなたよ、あなた!」
僕なにかした?!
「あ、あなたもしかして、あたしのこと助けてくれた人じゃない?! ほら、土曜日に公園であたしが男の人に絡まれてたときに!」
その言葉で、ようやく僕は彼女のことを思い出した。
「——あ、ああー!! そうか! どこかで見たことあるなぁと思ってたけど、あの時の女の子だったんだ! 良かった、ちゃんと無事に帰れたんだね!」
「え、や、やっぱりそうなの?! え、でも待って! 待って待って! ちょっと今あたしすっごく混乱してる!」
椅子から立ち上がって笑顔を浮かべた僕に対して、なぜだか紅音ちゃんは信じられないものを見たというふうに口をぱくぱくとさせている。
「あ、あなた……!」
そのまま紅音ちゃんはぷるぷると震えた指を僕に突きつけてきて、
「——。あなた〝女の子〟だったの?!」
「? そ、そうだけど……?」
どうしてそんなこと訊くんだろう?
ここ女子校だし当たり前だと思うけど。
あ、でもそうか。
あの時の僕、なぜか執事の格好になってたから。
一人称も僕だし。
勘違いしてたのかも。
「あ、あたしのはつ……まさか、そんなっ……!」
紅音ちゃんが何かぶつぶつと呟いてるけど、あれ? じゃあもしかして、あの乱暴な男の人も僕が男だって勘違いしてたってこと?
だからあんな酷いことしてきたの?
あんな……。
「……ぐす」
「——ちょ、あなた! どうして泣いてるの?! も、もしかしてあたしのせい! あたしが男の子だって勘違いしたから?!」
首を振る。
「じゃ、じゃあどうしたの?」
「だ、だって、あの時のこと思い出しちゃって……ぐす」
怖かったんだ。すっごく。
でもなんとかしなきゃって思って……。
「——っ!! か、かわ——!! って、そんなこと思ってる場合じゃないな!」
バッと教壇から飛び降りた紅音ちゃん。
そのまま僕のそばまで駆け寄ってくれて、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「泣かないで。大丈夫、怖くないよ。ありがとね、助けてくれて」
「う、うう——うわあああん!!!」
その温もりが部長を思い出させてきて、また涙が止まらなかった。
きゃーと今度は別の意味でクラスメイトたちの色めき立った声が聞こえるけれど、涙が止められない僕はなすすべなく紅音ちゃんの胸の中に抱かれ続けた。
部長の百合の匂いとも違う、シトラスの良い匂いがした。
しばらく啜り泣いていたけれど、突然バンっと扉が開く音が教室に響いて、
「このっ——碧くんから離れろ!」
「え、ちょ! 何?! ——ぐへえ」
「きゃ——!」
紅音ちゃんが飛んでいった!
炸裂したのはドロップキック。
繰り出したのはもちろん——。
「ぶ、部長!? どうして僕たちの教室に?!」
「ふっ、きみの……涙の落ちる音が聞こえてね。慌てて駆けつけてきたんだ」
サ◯ジくんみたいなこと言ってる!
じゃなくて!
「だ、大丈夫! 紅音ちゃん!」
「あっ! 何してるんだきみは! そいつから離れるんだよ! きみを泣かせたやつだろ!」
「ち、違いますよ部長! 彼女は悪くありません! 僕のせいなんです!!」
僕は慌てて事情を説明する。
その間に紅音ちゃんはロッカーに打ちつけた背中をさすりながら立ち上がって、
「いたたぁ……あ、あんたねえ……! いきなり上等かましてくるなんていい度胸じゃない……この学校じゃ大人しくしとこうと思ったけどやめたわ——表出なさいッこらぁ!!」
あ、紅音ちゃんがキレた! しかもヤンキーさんみたいな口調!
でも部長は我関せずといった様子で百合の花の如き笑みを綻ばせると、
「ふむ、なんだそういうことだったのか。わたしはまたてっきり正体がバレた名探偵ばりに碧くんに危害が及んだとばかり。うんうん、まあでも良かったじゃないか。——じゃあ、あとはきみに任せたよ——」
「ぶ、部長?! ま、まさか逃げるつもりじゃないですよねっ!」
「逃げる? わたしが? ふっ、まさか……これは戦略的撤退だよっ——!」
「それを世間では逃げるって言うんだよ?!」
ダッと教室後方の扉から廊下に走り去ろうとする部長。
教室をで出る直前、最後に部長は扉に手をかけながらとびっきりの笑顔で振り返ってくると、
「じゃあ頑張って。これも良い経験だよ!」
「こんな経験いらないよー!!!」
僕の夢は純文学作家になること。
そのためには、下地になるような経験を積んでいくのも大事だ。
でもなんだろう……?
これは違う気がする。
「待ちなさいよ!! このクソ女!!!」
「だから悪かったって言ってるだろ——ぐへっ!!」
「ごめんで済んだら警察はいらないのよ!!」
「な、なかなか良いタックルじゃないか……し、死ぬかと思った。ど、どうだい? わたしと一緒にアメフトで世界を取る気はないかい?」
「うるさい!! 死ね!!」
「いたた!! 容赦ないなー!」
廊下で揉み合う部長と紅音ちゃん。
ど、どうしたら……そうだ! 先生!
この状況を収められるのは先生しかいない!
僕は縋るように教卓にいる先生を見る。
「……。んじゃ花宮の紹介も終わったことだし、そろそろホームルーム始めるぞー」
「なにスルッと始めようとしてるの?! 部長たちを止めてくださいよ!?」
「……いいよ、めんどくせえ。どうせ痴話喧嘩だろ? 話聞いてた感じ、あいつらお前を取り合ってるだけなんだからお前が止めろよ」
「ホントに話聞いてた?! 教師のセリフとは思えないよ?!」
「……薄月給なめんな。なんでもかんでも頼ってきやがって。アニメの見過ぎかよ。いいか? 現実の教師ってのはな、日々いかに緩く適当に過ごせるか考えてるもんなんだよ。不祥事になんてかかずらってられるか」
「さすがに酷すぎる——?!」
全国の真っ当な先生たちに謝って! 今すぐ謝って!!
あーもうっ! でもこうなったら僕が止めるしかない!
「やめてください部長! 紅音ちゃんも! 喧嘩なんか意味ないよっ!」
「止めてくれるな、碧くん! これはもう喧嘩なんてそんなちっぽけな次元の話じゃないんだ!」
「そうよ! この闘いにはね、世界が懸かってるのよっ!!」
「ねえなに言ってるの?! 実はふたりとも仲良いんでしょ?! なんなの打ち合わせでもしてきたの?!」
……ああ、もう勝手にして。
僕はもう疲れたよ。
ぼんやりと廊下に出た僕はそこから窓の外を眺めた。
季節は春。
まだ一年は始まったばかり。
これからの一年。
こんなドタバタな毎日を送りながら、純文学作家を目指していたはずの僕はなぜかラブコメ作家としてデビューすることになるのだけれど、それはまた別のお話。
でもまだ諦めたわけじゃないからっ!
僕は絶対、ぜぇぇええったいに純文学作家になるんだからねっ!
<End>
ひとまず完結!
続きは気が向いたら。
小説投稿サイトに登録して同じクラスの匿名希望転校生からヨイショされたり、ボブ・デ◯ランに影響されて文化祭でバンドに挑戦したり、ラブコメ作家としてデビュー後に年下のツンデレ作画にコミカライズしてもらったりする予定。
では、またいつか!
※続きを書く場合はしれっと連載中に戻します。