第7話 〝白馬の執事様〟
「——。そろそろきみも疲れたでしょ? あそこのベンチで少し休憩しようか」
「……はい。うぅ、見せ物になった気分だよ」
しばらく遊歩道で散歩という名の歩き宣伝を続けたあと、僕たちは少し外れた先にあったベンチで小休止することにした。
「何か飲み物でも買ってくるよ。確かあっちに出店があったよね。何がいい?」
「あ、僕が行ってきますよ。部長のせいで疲れているからといって、仮にも部長にパシリみたいなことさせられません」
「むー、なんか引っかかる言い方だなぁ。ま、でもいいからいいから。ここは部長のわたし——もといお姉ちゃんに任せたまえよっ」
そう言って爽やかな笑顔を浮かべると、部長は走り去っていった。
「……まったく」
台風一過のように訪れた静寂。
僕はベンチに座ってぼんやりと空を眺める。
散々な目にあった。
世の中のデートってみんなこんなものなのかな?
だとしたら尊敬するよ。
でも、本当にこんなことしてて青春小説が書けるようになるのかな……。
確かにデートに対しての認識は改められたけれど……。
なんかただ部長が僕と出かけたかっただけの気がするよ。
……まあ、僕だって部長と出かけるのが嫌なわけじゃないけれど。
「もう少し節度を持ってくれたら僕だって……ん? なんだろ?」
ふいに近くから騒がしい声が聞こえてくる。
見ると、男の人が女の子に付き纏うようにして声をかけていた。
「ねえねえいいじゃん。俺と遊ぼうよー」
「……」
「無視しないでよー。どうせつまんねえ男とのデートとかっしょ? 絶対俺と遊ぶ方が楽しいってー」
「……うざい。どっか行って」
……。あ、あれってナンパかな?
女の子とっても困ってるみたいだ。
た、助けたほうがいいのかな?
で、でも僕が出て行ったところできっとどうにもならないし……そ、そうだ! 警察! 警察に電話して——。
「なあ良いじゃねえか、俺と遊ぶの楽しいって女の子から評判なんだぜ? ほらほらこっち見てよ、ウェーイ」
「しつこい! あたしは知り合いを待ってるの! あんたなんかと遊んでる暇なんてないんだから!」
「ちっ……んだよ、ちょっとツラがいいからって調子乗りやがって。いいから来いって」
「きゃ——! な、なにすんのよ!」
や、やばいよっ!
は、早く警察に——。
「——いや、離して! 嫌! 誰か助けて!」
「うるせえな。ちょっと触っただけだろ」
け、警察に……。
「た、助けて! 誰かー!」
……。
…………。
………………ぐっ。
「——や、やめなよ!!」
「……。ああ? んだテメエ? もしかして俺に言ってんのか?」
ひゃあ何してるんだ僕は!
か、勝ち目なんてあるわけないのに!
「ってかなに? そのふざけた格好。コスプレってやつ?」
「あ、や、これは、その……」
「まあどうでもいいや。で? なんか俺に文句でもあんの?」
「あ、いや、文句っていうか……その……」
ごにょごにょ。
「ああん? 聞こえねえよ! はっきり喋れよ!」
「だ、だから、その……」
うぅ、こ、怖いよぉ。
で、でもここで逃げたらあの子が……。
いま勇気を出さないでいつ出すんだよっ僕!
「——い、嫌がってるじゃないですか、その人……!」
「ああん?」
ひゃあごめんなさいごめんなさい。
でもその子嫌がってるんだから離したほうがいいと思いますよなんて。
「あーなに? きみ、女の子にいいカッコみせたいわけ? ハンッ、いるいるこういうヒーロー気取りの馬鹿。俺のクラスとかにもいたわ。力もねえくせに首突っ込むの。俺さぁ、そんな馬鹿見るとよぉ——虫唾が走るんだよ!」
「ひ、ひいいい!!」
だ、ダメだ。
やっぱり僕なんかが出て行ったところで何にもできないんだ。
「あーあ、しらけちったわ。馬鹿な正義振りかざしやがって。おいテメェ、責任とってサンドバッグになれよ。憂さ晴らしさせろやァ!!」
あわわ、もうダメだ——。
こ、殺される——!!
「——。馬鹿はきみの方だよ」
「あん? ——ぐほっ!!」
突然、男の姿がブレる。
背後から勢いよくドロップキックで蹴られたのだと気付いたのは、地面に盛大に倒れた男の影から見知った顔が現れたから。
「——ぶ、部長?!」
ドリンク片手にサーフィンみたいに男の背に乗っている部長。
その姿をぽかんと呆気に取られながら見ていると、険しい顔をして飛び降りてきた部長が空いている方の手で僕の手を取って叫んだ。
「——なにボサっとしてるんだ! 今のうちに逃げるんだよ!」
「あ、は、はい!」
そうだ! 呆けている場合じゃない! 逃げないと!
僕はドロップキックの余波で倒れていた女の子に手を伸ばして、
「き、きみも行くよ! 立てる?!」
「——あ、う、うん!」
部長が僕を、僕が女の子を引っ張って三人で駆け出す。
「ちっ、くそ待てやこらぁ!!」
「ひやあ! 追ってきてる!! 追ってきてますよ部長!!!」
「まったく、しつこい男は嫌われるよ! これでも喰らえ!」
部長が男に向かって持っていたドリンクを投げつけた。
「ぐっ! くそっなんだこれ?! ってか、目が——目が痛えェ!」
「ふん、特製とうがらし入りジュースだ! 感涙に咽びながら味わうんだねっ!」
え、なんでそんなものが入ってるの!
僕のために買ってきてくれたジュースだよね?!
「常在戦場、出来る女は常に暴漢への対処法を仕込んで置くものだよ」
「かっこよく言ってるけどただ僕に飲ませようとしてただけだよね!?」
「碧くん! 今はツッコんでる暇があったら走るんだ! あいつ、まだ諦めてないみたいだよ!!」
た、確かにそうだ!
今はそんなこと言ってる場合じゃない!
部長がそれを言うのが納得いかないけど!
部長がそれを言うのが全然納得いかないけど!!!
僕は繋いだ手の先にいる女の子に振り返ると、
「だ、大丈夫? まだ走れる?」
「う、うん、なんとか」
「よし! じゃあもう少しだけ頑張ろう!」
「——っ!!」
ぎゅっと握る手に力を込めて僕たちはそのまま走り続けた。