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第5話 〝初めてのデート〟

 その日は朝から心臓の音がうるさかった。


 目覚まし時計よりも早く起きた僕はベッドから出ると、クローゼットから服を引っ張り出してくる。


「な、なに着ていこうかな」


 デート。

 人生最大のイベントだ。


 たとえ相手がへん……部長だとしても。

 たとえ相手がおん……部長だとしても。


 僕にとって初めてのデートなのだ。


「へ、下手な格好では行けないよ……ね?」


 時間ギリギリまで悩んだ挙句、僕は結局無難な格好——ジーンズにお気に入りのパーカーを合わせた格好で待ち合わせ場所である駅に向かった。


 三十分後。

 改札から出てきた部長の姿を見つけた僕は声を掛けた。


「おや、わたしも早く来たつもりだったのだけれど、どうやら待たせたみたいだね」


「い、いえ、僕もいま来たところですから」


 部長はくすくすと口に手をやって微笑む。


 なんだろう?

 いつもよりも部長が大人びて見える。


 格好のせいかな?

 麦わら帽子に、爽やかな淡い水色のワンピース。

 なんと言うか、部長って本当に女の子だったんだな。


「む、きみは失礼なやつだな。わたしは歴とした女の子だぞ。きみの目にはわたしが男に映っているということかなっ!」


「ちちち違いますよ! これはあれです、あれ……そう! ほら部長っていつも毒舌で変態でオジサンみたいなえっちなことばっかり言うから! 中身がってことです!」


 あれ、いま僕なんて言った?!

 なんだかダメなことを口走った気がする!


「……。そうか。きみはわたしのことをそんなふうに思っていたんだね。くっくっく、実に面白いじゃないか」


 部長の目が怪しく光ってる。

 は、はやくなにか言い訳しないと!


「ち、違うんです! これは比喩的な表現で! 決して部長がイジワルで変態でガサツな男っぽい人なんて思ってるわけじゃないですから!」


 あ、もうダメかも。


「……。フフフ、これは——お仕置きが必要だなっ!」


「ひい!」


 やっぱりダメだった!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいお仕置きはやめてくださいお願いします!


「もう遅いよ。きみはわたしを怒らせたんだ——!」


「ひゃあ!! 許してー!!」


 しかし許されるはずもなく。

 嬉々とした表情を浮かべた部長の手によって僕は拉致された。



◯——◯——◯



「うえーん、どうしてこんな酷いことするの?!」


 涙目で抗議する僕に、部長は涼しげな顔をして言った。


「悪い子にはお仕置きをしないといけないんだ。これは有志始まって以来、人類のDNAに連綿と刻み込まれてきた鉄の掟だからね」


「だ、だからってこれはないですよ〜!!」


「ふふ、よく似合ってるよ。まるで本物の執事みたいだ」


「嬉しくないよっ!」


 部長に引き連れられてやってきたのはコスプレ喫茶だった。

 でもただのコスプレ喫茶じゃなくて、お金を払えばお客さんにも衣装を貸し出してくれて、コスプレ体験をさせてくれる店。


 ずらりと並んだ衣装の中から部長が選んだのは執事服。

 でもそれだけじゃ飽き足らず、部長は僕の頭に猫耳を着けてきたのだ。


「せ、せめて猫耳は許してくださいぃ!! 他のお客さんからの目が痛いです!!」


「分かってないなぁ。あれはみんなきみに見惚れているんだよ。きみはカッコいいからね」


 そんなわけないじゃん!


「ホントだってば。試しに手を振ってあげるといい。きっと何人かは卒倒するよ、賭けてもいい」


 それなんてマイ◯ル?!

 僕はいつから世界的なスターになったんですか!?


「それだけ〝きみ×執事服×猫耳〟というものには魔性の魅力があるんだ。犬耳だったらこうはならなかった」


「なんなのその偏見?! 犬耳だって可愛いじゃん!」


 僕はどっちかというと猫よりも犬の方が好きなんだよ!

 あっ! でもだからって犬耳を着けたいってわけじゃないからなっ!

 勘違いしないでよねっ!


「ほら、無駄にツンデレを発揮している場合じゃないよ。——もうひとつ、きみはやらないといけないことを忘れてるよね? きみはいま便宜上はここの店員で、わたしはお客さんだ。さあ、そんなときはなんて言うんだっけ?」


 うぅ、ほ、ホントに言わないとダメなの……?


「当たり前だろ? なんのためのお仕置きだと思ってるのかな? さあ早く」


 で、でも……。


「でもじゃない! さあ早く言うんだ!」


「う、うううう〜〜〜!!」


 キュッとジャケットの裾を掴んで、僕はポツリと囁いた。


「……お、お帰りなさい……お、お姉ちゃん」


「——っ〜〜〜!!!」


 やっぱり部長は変態さんだよ!!

 後輩にこんなこと言わせて喜ぶなんて!

 というか部長大丈夫なの?!

 なんか目が白目なんだけど?!


「……。——ハッ! いま、わたしは何分気絶していた? いやそんなことより……チッ! やっぱりか!」


「な、なに? なんなの?!」


 復活した部長は机に置いてあったスマホを操作するとなぜか悔しそうに唇を噛んだあと、キリッとした真剣な表情で僕のことを見つめ直してきて——。


「すまない。わたしとしたことが録音を忘れていてね。もう一度言ってくれないかな?」


「言うわけないでしょ! 馬鹿ー!!」


 もう嫌だこの人。

 ウソみたいでしょ? これでも文芸部の部長なんですよ?

 こんなの宇宙人っていうより団長じゃん!

 詐欺だよっ!


「……」


 で、でもさっき、部長だけじゃなくて周りの人たちの視線も熱を帯びている気がしたけれど、勘違いだよね?


 カメラのシャッター音とか聞こえた気がしたけれど、勘違いだよね?!


 ——勘違いだって言ってよ!? 誰でもいいからさ!!


「か、勘違いじゃ……ゴフッ……」


 ……。

 …………。

 僕は考えることをやめた。

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