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【69】 ─演奏室 13時─
演奏の手を止めて、笑いながら走り寄ってくる姿に、私も軽く微笑む。
邪魔するつもりはなかったから、悪い事しちゃったかしら。
「ごめんね、せっかく楽しそうに弾いてたのに、演奏の手を止めてしまって」
「え、いいよ、別に。手慰みに弾いてただけだし」
「そうなの?」
曲からも楽しそうに演奏しているのが分かったから、なんとなく申し訳なく思ったのだけれど。
「それじゃ義姉さま。悪いと思ってるなら、一緒に演奏しない? 最近義姉さま忙しくてそれどころじゃなかったでしょ?」
ニコリと、やや不敵な笑みを浮かべながら、マティアスは隣のグランドピアノを指差す。
マティアスはバイオリン、わたくしはピアノで、前はよく一緒に演奏していたものね。お妃教育が始まってからは、家で楽しんで弾く、なんて時間はほとんどなくなってしまったけれど。
「今日は予定ないんでしょ? それともピアノの腕、なまっちゃった?」
「もう、そんな訳ないじゃない! お妃教育で時間取られたからと言っても、ピアノに触れる時間が全く無かった訳ではないのよ?」
「じゃ、いいじゃない。久し振りにさ。どう?」
口調は強気に聞こえるけれど、わたくしを見上げながら言うその言葉から、わたくしと演奏をしたいというのが伝わってきて。マティは、こうやって見上げながらのおねだりが上手いのよね。わたくしが弱いだけとも言うけれど。
でも、わたくしも一緒に演奏するのは嫌いじゃないし、むしろとても好き、それにマティとの演奏なんて随分久し振りだったし、その提案に乗る事にした。
「そうね、久し振りに何曲か、一緒に演奏しましょうか」
「うん、義姉さま!!」
そう言って、マティは嬉しそうにニパッとした笑みを浮かべてくれた。
そうして、わたくしはピアノを、マティはバイオリンでの二人で奏でる演奏をしばらく堪能した。
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【70】
「まさか起きたら、もう色々終わっているなんてわ思いもよらなかったわ……」
朝食の後、マティが昨日の事で報告あるよと言うから、東屋でお茶をしながら話を聞く事にしたのだけれど。
昨夜、わたくしが卒業パーティから帰宅して、事の経緯をお父様に報告してから眠りについたのだけど、お父様とマティは、改めて殿下が企んでいた、わたくしへの多数の冤罪の証拠、昨夜の殺されかけた証拠、それに暗殺者が依頼人は殿下と男爵令嬢だと簡単に口を割った事などを、諸々纏めると、そのまま王城へと向かい(一応先触れは出したみたい)、陛下に提出されたらしい。
お父様とマティは、かなり怒り心頭だったみたいで、その勢いのまま陛下に直訴をされたとの事。
学園内だけの事だけでなく、暗殺の件は流石に陛下も擁護はこれ以上出来なかったようで。
わたくしと殿下の婚約解消が、昨日の深夜のうちに行われたというから、さらに驚いた。
お父様、仕事が早すぎませんこと?
まさか寝ている間にそこまで話を進められているとは、流石に思わなかったわ。
それだけかと思えば、ビックリな事に、殿下側の有責と言うのもあり、陛下は、殿下の王太子を取り消して、代わって第二王子であるシュテファン殿下が立太子をにすると決められたとの事。
また、キリル殿下は最低でも向こう五年は辺境で、一兵士として魔物と戦う事になるらしい。手柄を立てない限りは王都へ戻る事を許さないとか、あの軟弱ヘタレ殿下には、いい薬だろう。
お父様が言うには、現辺境伯は、陛下の学生時代からの親友らしく、殿下の横暴我儘三昧は通じないだろうとの事。
完全に放り出す訳でなく、親友の方のいる地に送る所は、陛下の親としての優しさなのかしら。
それと男爵令嬢だけれども。
冤罪を仕掛けたこと、上級貴族の暗殺を企んだ事、王配を狙った事などで、それはもう、彼女一人の罪では当然すまなくて。
お家は断絶。親類縁者は、全て平民落ち。
更に彼女は、片脚の腱を切らされた上で、戒律の厳しい極寒の北の地の修道院に行かされたらしいわ。
下手に国外に追放して、他国に迷惑掛ける可能性も無いとは言えなかったからと、それなら、簡単に逃げれない様に、片脚だけ腱を切って、修道院での奉仕活動をずっとさせる事になったそう。
確かに片足が上手く歩けないなら、脱走してもすぐに遠くには行けないし、見付かっても逃げ切るのは難しいものね。
両足だと、今度は労働させるのにも難しくなるし。
それと怪我をしても病気に罹っても、手当もされないらしい。 ……中々エグいと言うか、容赦が無いと言うか。
地味にキツい罰だわ。
頑張って生き抜いてねとしか、わたくしからは言えないけれども。
「義姉さまは甘いよ。義姉さまを殺そうとしたんだから、これくらいで済んだのは可愛い方じゃない」
二人の処罰についての報告を聞いていたマティはマティで、容赦の無い言葉を呟いた。
「貴方も大概容赦ないわねえ」
「じゃあ聞くけどさ」
口に残っていたクッキーを紅茶で飲み干すと、マティは言葉を続けた。
「逆に僕が同じ目に合ったとしたら、義姉さまはどうする?」
「……」
マティの言葉に、紅茶を飲もうとしていた手がピタリと止まる。
確かにマティが、わたくしの様に冤罪や婚約破棄を、衆人環視の中でされる可能性があったとしたら……。
そうね、同じ様に容赦ない報復をするでしょうね。それがマティでなく、お父様やお母様だったとしても。
わたくしの反応に満足したのか、にこーっと目尻を下げる迄の笑みを浮かべる。
「ね? だからあの二人への罰は、大袈裟でも何でも無いんだよ」
うんうんと頷き、マティは再び皿の上のクッキーを手に取り口にした。
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【71】
「……」
「どうしたの? 急に静かになって」
「あぁ、そうね……今後についてどうしたものかと思って……」
ハァと一つ溜息をついて、チョコを一つ口に入れた。
殿下の婚約者だったから、本来ならわたくしは家を出て王妃として、婚姻後は王城住まいとなる筈だった訳だけれども。
それが昨夜の騒動であっという間に婚約解消になってしまったため、自分の未来像のビジョンが浮かばなくなってしまい、わたくしはもう一度息を吐いた。
王妃として嫁ぐ事が無いということは、ここにいる事になるけれど、侯爵家の跡継ぎとしては、既にマティを養子として引き取って育てて来ている。
マティはお父様の期待以上に跡継ぎとして立派に育った。わたくしが後を継ぐと言う選択肢は無いだろう。
「どこかの後妻か、修道院か、かしら……」
前世を思い出すよりも前から、元々そこまで結婚したいとかなかったので(貴族としての政略結婚の覚悟はあったけれども)、それなら寄付金を多目に納めて、どこかの修道院で過ごすのがいいかしら……。
侯爵家の資産に手を付けたくはないので、そうなるとわたくしの手持ちの資産に限られるけれども。正直働いたことの無い、小娘の資産だけでは寄付金を多めにと言っても限界はあるから、いくつか質の良い宝石等の装飾品やドレスを売ったりすれば行けるかしら。
「何だ。義姉さまは、この後の事について心配していたの? 大丈夫だよ、何の問題もないから」
「え、それどう言う事? まさかもうどこかの後妻への嫁ぎ先が決定しているとか!?」
水面下で話が進んでいたのかしら!?
「あははは、まさか、違うよ。仮に父様がそんな話を進めていたとしても、僕が止めるし、それにそもそも、父様が義姉さまをどこかの後妻や修道院に出す事なんかしないよ」
「……じゃ、どうするの? どこかの家に侍女として出すとか?」
それなら仕事内容を覚えれば働けるし、家にお金を入れる事も出来るから、そう言う話があるなら、私も前向きに検討したいと思う。
と、思ったのだけれど、マティの眉間にシワがみるみるとよって行き、唇も尖っていく。
「違うよ。侍女として働く義姉さまもきっと素敵とは思うけれど、働きに出なくても解決する方法あるでしょ?」
ニコニコと。
ニコニコと。
顔の前で手を組み、軽く首を傾けながら、嬉しそうに、それはもう楽しそうに。
マティはそう問うてきた。
「え……? え、な…にが、ある……かしら……」
本当に分からなくて、マティの笑みに圧を感じて。
わたくしは、軽く冷や汗を流しつつ尋ね返した。
「ふふ、そんな身構えなくても大丈夫だよ。だって、ただ僕のお嫁さんになるってだけなんだから」
「っ」
……。
…………。
およめさん?
およめさん、って……なんだったかしら……?
およめさん……お嫁さん?
ああ、お嫁さんか!
なるほど、わたくしがマティの……、……。
「お嫁さん!?」
「義父さまにはね、先に伝えてたんだ。あの殿下と義姉さまがの婚約が解消する様な事があれば、僕が婚姻を結びたいって」
あなた、そんな話いつの間にお父様と進めていたの……。
「義父さまも、殿下と男爵令嬢の、噂は当然耳にしていたしね。もしそうなる事があるなら、僕を一旦他の親類の養子にと手続きして、改めて僕が婿入りするって約束してくれてたんだ」
「……」
なんか、思ってた以上に話が水面下で進みすぎてて頭が追いつかないのだけれど……。
わたくしが固まってるのに気が付いたのか、マティが紅茶を一口飲んでから、楽しそうに笑みを浮かべる。
「義姉さまは、どこか抜けてて僕が見守ってないと安心出来ないんだし。僕に守られてなよ」
「わ、わたくしのどこが抜けてるのよ」
「昨日の殿下の婚約破棄を告げられた時、義姉さまってば、自分が何もしてないって言う証拠とか、全然用意して無かったじゃない」
「う」
元々、ヒロインに対して、嫌がらせをしていなかったから、それならば強気で行けば大丈夫かなとか思ったのは、確かに……うん。考えが甘かったかもだけど。
「だから、僕に守られてればいいよ。ね?」
そう言うが早いか、マティは席を立つと私の方に顔を近付けて、唇に近いギリギリの端の所にキスを落とした。
「マ、マティ!!」
わたくしの声が庭園に響き渡るけれども、マティは楽しそうに笑うだけだった。
そして、わたくしを守ると言う、マティのその言葉は嘘では無くて。
わたくしがトラブルにあったり、殿下がよりを戻そうと手紙を送ってきたりしては、わたくしが動くよりも早く対応をしてくれて。大袈裟ではと言うくらい過保護にされてしまった。
「ねぇマティ。わたくしは小さな子供ではないのよ……?」
「勿論、分かってるよ。でもさ、僕がしたいんだよ。だめ?」
わたくしは元々前世を思い出す前から、大人しめの人間では無かったから、過保護すぎると、むず痒くなってしまうのだけれど。
マティもそれは分かっているようで「そりゃ、義姉さまは、あまり守らせてくれるタイプじゃないけどさ。でも、僕だって男だし、好きな女性を守るくらいはしたいんだ」と、しゅんとなってる姿が、まるで大きな犬みたいで。
最初は強気に唇の端にキスしたりもしていたのに。
なんか今は垂れた耳と尻尾が、見えそうねと思ったのは秘密。
そして、その姿が可愛くて絆されそうになったのも。
「そうね、きっとそう遠くない内に…」
「え、義姉さま? 何?」
「ふふ、なんでもないわ」
マティと過ごす時間が穏やかで過ごしやすくて。
きっとそう遠くない内に、マティと一緒になるんだろうなと、予感した。
そして、夫婦の形として新たにスタートしていくのも悪くないわねと。そう思いながら、わたくしは今日もマティと過ごすのだった。
ルート➃クリア
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