【56】【57】【58】
【56】
本を何冊か手にして戻ると、タイミングを見計らったかの様に、セバスが紅茶と菓子を用意してくれる所だった。
バタフライピーが静かにカップに注がれていく。その鮮やかな青色に、自然と笑みが浮かぶ。
「ふふ、この紅茶の色はいつみても綺麗よね」
「お嬢様は、この青色がお気に入りですね」
「えぇ、もともと青色は好きだけれど、この色は特に好きね。こう落ち着く色合いだと思わない? 見ていると穏やかになれるから好きよ。さっきもね、庭園でバラをみていたら、ミアも淹れてくれたのよ」
「ほぉ、ミアがですか」
「えぇ、セバスが随分と鍛えてくれたおかげで、本当に美味しく淹れてくれるようになったわ」
ミアはセバスの孫娘だ。
わたくしの専属侍女になりたいと昔から言ってたらしく、セバスがそれならとばかりに、容赦なく侍女としての教育をしてくれた。
おかげで毎日ミアの美味しい紅茶を飲める様になったのだから、嬉しい限りだわ。
「お嬢様に、失礼な紅茶を口にさせる訳にはいきませんからね。それにまだまだな点もございますので、鍛えないと」
「ほ、ほどほどにね……?」
あまり厳しすぎて、ミアがつぶれてしまったら、元も子もないもの。
「それはそうとお嬢様」
「何かしら?」
「青の色について、少々お伝えしたい事がございます」
伝えたい事? 何かしら?
わたくしはカップを静かにソーサーに戻すと、目線だけで続きを促した。
「はい、明日の卒業パーティーなのですが、旦那様が色々調べておられるのですが、気になる事がございまして。青色の物にご注意ください」
「え?」
「卒業パーティーで、用意される物は、会場内の手配は飲食からセッティングまで、昔から指定された所で準備してきておりますが、何にしようされるのかは分からないのですが、殿下が個人的に青色の液状のものを注文されているのが確認出来ました」
「殿下が……」
わたくしの事をこれでもかと毛嫌いしている、あの第一王子。
あっさりと、ヒロインである男爵令嬢に攻略されて、今では学園内でも堂々と二人っきりでいるのを、多数の生徒や教職員に目撃されている。
おそらく、殿下とのプリンセスエンドを狙っているのでしょうから、明日の卒業パーティーは、婚約破棄のイベントが待っているはず。
そこに加えて、ゲームでのイベント以外の事もしようとしてるって事かしら……。
しかも青い色は、わたくしが一番好きな色。何か細工をしようと言うなら、充分にあり得る話だわ。
「教えてくれてありがとう。明日のパーティーでは、気を付けるわ」
「はい、何とぞお気をつけを」
わたくしは頷くと、ぬるくなってしまった紅茶を飲み干した。
⇒【66】へ進む
ꕤ.。✼••⋅⋅⊱∘┈┈┈┈•>✾<•┈┈┈┈∘⊰⋅⋅••✼。.ꕤ
【57】
会場に入ると、わたくしが殿下のエスコートが無く、一人で入ってきた事に、流石に周囲からざわつきの声が上がる。
中には殿下と男爵令嬢の流した、根も葉もない噂を信じてる人達からは、ニヤニヤとした侮蔑の表情を向けてくる人もいたけれども、わたくしが意に介さず堂々としているのに圧されたのか、こちらに近寄っては来なかった。
それでも近寄ってくる馬鹿な人とか、少しはいる者だと思っていたので、これには正直拍子抜けした感があるわ。
ま、来たら来たで煩いコバエを追い払う位の事は出来るのだけれどね。
そんな風な事を考えつつ会場内を歩いていると、俄かにまた入口に方が騒がしくなってきた。
「何かしら……あら」
他の人の視線の先を見て、わたくしは思わずと言った様に声が出る。
喧騒は何のことはない、殿下と男爵令嬢が二人そろって入場しただけだ。……だけなのは間違いないのだけれど。
ざわつきの理由は、それ以外にもあるようで、何が原因かは、わたくしも見てすぐに納得をした。
ドレスやスーツがお揃いのデザインで、殿下と二人で互いの瞳や髪の色を、それぞれドレスやスーツのピアスやカフスなどの箇所に散りばめているのも、予想通りではあるんだけれども。
男爵令嬢……ヒロインのドレスが問題だった。
王家の人にしか使ってはいけないドレスのデザインや、腰のリボンのレースの装飾デザインはもちろんの事、頭上を飾るティアラは、結婚式の時に、王太子妃殿下が飾るはずの物。イヤリングと胸元のブローチは殿下の目の色である橙色、ドレスは結婚式でも上げるのかと言わんばかりの純白で、ブーケまで持ってるしそのブーケも殿下の髪と同じ金に花が染められている。
その姿だけでも、皆ドン引きだけれど、さらに殿下にしなだれ掛かる様にくっついて腕を絡めて胸を押し当てている……。うん、なんかもう凄くて言葉が無いわ。
ある意味、大変に、それはもう、皆様方の記憶に残る卒業パーティになりそうね……。
そんな周囲の状態に気が付かず、ご満悦な表情で入ってきて。
キョロキョロと辺りを見回して、わたくしの姿に気が付くと、意気揚々とこちらへと向かってきた。
え、もう断罪イベント開始するの?
確か婚約破棄云々を叫びだすのって、卒業パーティか盛り上がった途中だったはずなんだけれど……。
わたくしが悪役令嬢な行動を取っていなくて、断罪のシナリオイベントに影響が出てきちゃったのかしら……。
内心焦りつつ、殿下の動向を見ているとは当然思ってない殿下達は、ニヤニヤしながらわたくしの前にまで来ると「はっ」と鼻で笑った。あぁ、わざわざ有り難うわたくしが一人なのを見に来ただけなのね……。
男爵令嬢は男爵令嬢で、「まぁ、トルデリーゼ様、エスコートを付けずにお一人でいらっしゃったのですか?」とか心配()そうな声かけなどされてくるが、ここはニコリと笑顔を返すだけに留める。
どうせ、何かいっても、「ひどい」「あんまりだわ」「どうして」とかの言いがかりを付けられるのがオチだもの。
わたくしが何も言い返さず笑みを浮かべてカーテシーをするだけなのが気に入らないのか、あからさまに殿下がチッと舌打ちするのが聞こえてきた。
わたくしがパーティに一人でいるだけではご不満なのかしらね。顔にありありと出ているわ。王族として、表情に露骨に出してくるのはどうかとも思うけれども。
忌々しげな表情の殿下だけれども、そのままチラリとわたくしの胸元へと目線を移動させてきた。
何を人の胸を見てるんだこの男。と思ったけれど、どうもわたくしが付けてるバラを見ている……?
わたくしの胸のバラと言えば……
青いバラを飾っている ⇒【24】へ進む
紫のバラを飾っている ⇒【44】へ進む
ꕤ.。✼••⋅⋅⊱∘┈┈┈┈•>✾<•┈┈┈┈∘⊰⋅⋅••✼。.ꕤ
【58】
演奏を終えると、マティがわたくしの服の裾をツンと引っ張ってきた。
どうしたのかしら。
「マティ、どうかしたの?」
「あ、のさ……」
「? うん」
珍しく言い淀んている姿に、思わず首を傾げる。どうしたのかしら。いつもはもっと何でもキビキビした口調なのに。
「その、あ、明日の事なんだけど」
「え、あ、あぁ……」
あーーーーーーーーーー。
そうよね、お父様に相談してるんだから、この子の耳にも入ってて当然よね。それでなくても感が鋭い子なのに。
勘がいいと言うか、周りを良く見ているのかもなんだけれど。
お父様に相談していなかったとしても、きっと殿下のわたくしへの態度については、気が付いているだろうし。……そうすると、明日の卒業パーティーなのに、未だに殿下からわたくしへドレスが届かない事も把握して……るんでしょうね。
あまり心配かけたくないし、どう声を掛けたものかしら。
「あ、あのねマ」
「明日さ、僕でどう?」
「え?」
言葉を被せる様にマティが言ってきた「僕でどう?」が何のことか分からず「どう、……とは?」と思ってしまった。
それが顔に出てしまったのだろう、マティがややムッとした顔つきになるものの、袖を掴んでいた手を、わたくしの手を包み込む様に握ってきて。
「だから、エスコートだよ。このままだと義姉さま、あのアホ殿下が迎えに来ないから、一人で会場に行くことになるでしょ」
「え…うん、そうなんだけれどね、あのねマティ、流石に殿下をそれ呼ばわりは……」
本人に聞かれる事がないとはいえ、不敬である事には違いない。
それ呼ばわりは同意でしかないけれど、せめてオブラートに包みましょう、マティ?
「なに、それ呼ばわりがダメなら、頭お花畑とか、空っぽの木の実とかのがいい?」
……どのみちダメでは?
いえ、今、話はそこじゃ無いわよね。
…………ん、ちょっと待って。
エスコート……?
「え? マティ、エスコートって?」
「だって義姉さま、このままだと明日、一人で会場にはいらないとならなくなるでしょ。父様は仕事で無理だし。だから僕をエスコートの相手にどう?って」
「そ、そうねぇ……」
殿下にエスコートされないなら、堂々と一人で会場入りしてやるわよ! と思っていたのでマティから、声を掛けてもらえるなんて思っていなかったわ。
エスコートがいない一人での参加は、確かに目立ちはするので、いてもらえるのは有難いけれど、でも明日は婚約破棄の断罪イベントが待っているのよね……。
そんな場に、マティを連れていっていいものかしら……。
どうしましょう……。
マティアスにエスコートをお願いする ⇒【3】へ進む
エスコートは断り、一人で参加する ⇒【50】へ進む
ꕤ.。✼••⋅⋅⊱∘┈┈┈┈•>✾<•┈┈┈┈∘⊰⋅⋅••✼。.ꕤ




