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悩んだけれど、やっぱり殿下にすっぽかされた尻ぬぐいに近い様な事をさせるのは、気が引けるわね……。
勿論、通常であれば、エスコート相手が急遽参加出来ない時であれば、家族などの身内が代理を務める事はおかしくはないんだけれど、今回はそうじゃないもの。
会場に着けば間違いなく、殿下とヒロインである男爵令嬢からの婚約破棄イベントが始まるはず。そんな場所にマティを連れて行かせたくないわ。
うん、やっぱり断ろう。
「大丈夫。わたくし一人で行くわ」
「義姉さま!! でも……!」
断られると思っていなかったのか、声をやや荒げた口調になる。でも眉尻が下がってわたくしを見上げてて、心配からの口調なのが伝わってもくるわ。
「大丈夫よ。わたくしが一人で参加する事で奇異な目で見られたとしても、殿下から何か言われたとしても、気になんかしないもの」
「いや、そこはそうなんだろうけれど……」
おっと、そこは心配されていなかったかしら。
お父様から話を聞いていて、明日のパーティーで、殿下が何かしらわたくしに仕掛けてくるのを気にかけてくれてるんでしょうね。
「心配してくれてありがとう、マティ」
「…………。っあーー、もう分かったよ。義姉さまは一度そうするって決めたら、簡単に覆したりなんてしないし」
喉から絞り出す様な声をして、前髪をクシャクシャッと乱しながら、マティが不承不承ながらも頷いてくれた。
「じゃあさ、せめてこれだけでも身に付けていってよ」
そう言うとマティは首に掛けていたペンダントを外すと、スッとわたくしに差し出してきた。
それはお父様が、マティにマティの生い立ちを話した後に渡されたペンダント。
銀で家紋を彫り込まれていて、我が家の護りの石も飾られている、代々我が家の当主になる者に受け継がれている物だ。
お父様からそれを送られた意味をしっかりと理解したマティは、それからずっと身に付けている物なのに。
「駄目よ、マティ。それはお父様から送られた大切なものじゃない」
「だからだよ。義姉さま、一人で参加して周囲から悪意ある事を囁かれても蔑みの視線を向けられたとしても、気にせず跳ね返す位の胆力があるのは分かっているけれど」
否定はしないけれど、なんか複雑な気持ちにもなるわね。
「だけど、それでも誰か傍にいた方が心強いでしょ。そう思って付いていこうと思ったけど、無理そうだから、せめてそれだけでも身に付けていってよ。……な、なんとなくだけどさ、少しは一人じゃないって思えるでしょ」
「……マティ、ありがとう!」
「ね、ねねね義姉さま!?!?」
マティの優しに嬉しくなり、思わず抱きしめてしまうと、マティが珍しく焦った声を上げてて、ふふっと笑ってしまった。
うん、このペンダントがあるだけで、気持ちが十分落ち着くわ。婚約破棄のイベントだってきっと乗り切ってみせるわ!
「ね、義姉さま、苦しい……! この、む、胸……胸が……!!!」
「あら」
抱きしめてたら、ちょうどマティの頭が胸の中に納まってしまったわ。
わたくしは年齢からすると平均身長より高くて、マティは逆にやや低いので、胸の位置に頭が来ちゃうのよね。
本人はこれからが成長期だから、わたくしを追い越すって言ってるけれど。
「ぷはっ……!! もう2、3年もすれば成長期で、義姉さまの身長なんてすぐに追い越すんだから……!!」
私から離れたマティがお決まりの言葉を叫ぶ。ふふ、今回もやっぱり言うのね。
いつか本当に、わたくしの背を追い越す時が来るのかしら。楽しみだわ。
「ありがとう、マティ。明日の卒業パーティ、このペンダントを着けて頑張ってくるわ」
「!!っ……」
あら。
感謝の意を込めて、頬にキスをしたら、さっきよりも俊敏に、それこそシュババッと音がしそうな勢いで離れられてしまったわ。
マティが真っ赤なゆでだこの様だわ。
昔は、してほしいってねだられる位だったのに。寂しいわねぇ。
「と、とととにかく……! 明日は気を付けてよね!! あのアホ殿下が何仕掛けてくるか分からないんだから……!!」
マティは叫びながら、楽器をケースにしまうと、バタバタと足音を立てながら演奏ホールを後にした。
可愛い義弟の後ろ姿を見送ると、気持ちがホクホクとする。
明日の卒業パーティがパーティだけに、もっと緊張して肩に力が入る位だと思ったけど、マティのおかげでリラックスできているわね。ペンダントをもらえたのがやっぱり大きいのかしら。マティに感謝感謝だわ。
「ありがとう、マティ」
マティを見送ってから時計見れば、15時になる所だった。私も、そろそろ他の所に行こうかしらね。
書斎へ本を読みに行く ⇒【15】へ進む
お父様の執務室へ行く ⇒【52】へ進む
庭園へ花を見に行く ⇒【42】へ進む
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【51】
「そう言えば、聞くタイミング逃してたのだけれど、あのペンダントは何だったの? 我が家に伝わる物だっていうのは、知っているのだけれど」
あの卒業パーティで、暗殺者に襲われかけた時、マティのペンダントが強く光って暗殺者の短剣を弾いた上に、マティが部屋に現れたのだから、何らかの魔術が施されているのは分かるけど。
「あぁ、あれ? 装着している人の身に危険が迫った時に、物理魔術どちらからも一度だけ攻撃を弾くカウンタースペルを仕込んであるんだ。で、それが発動されると僕の方に発動したのが伝わって、ペンダントのある場所まで転移する事が出来たわけ」
「そんな術を仕込んでたの……」
お陰で助かったけれど。
マティの魔術のスキルの高さには、言葉がないわね。
「義姉さまがエスコート断るんだもん。それ位の身の安全が出来るアイテム装備してないと心配だったからさ。実際役に立ったでしょ?」
パチリとマティがウインクを投げてくる。
「そうね、あの時はもう駄目だと思っていたから、本当に助かったわ。ありがとう」
殺されなかったと、助かったとなった時の安心感、マティの姿が目に入った時の、恐怖から解放されたと分かった時の、あの安堵感は今も覚えている。
「いい? 今度からはエスコートとかあったら、断らないでね!」
「ふふ、そうね。マティが隣にてくれいれば安心だものね」
殿下との婚約も無くなった事だし、マティにエスコートをお願いする事は何の問題もないものね。
……。
婚約……そうよね、殿下との婚約が無くなったのなら、わたくし、次の縁談を探さないといけないのよね。
けれども……。
「……」
「どうしたの義姉さま? 急に静かになって」
「あぁ、そうね……今後についてどうしたものかと思って……」
ハァと一つ溜息をついて、チョコを一つ口に入れた。
殿下の婚約者だったから、本来ならわたくしら家を出て王妃として婚姻後は王城住まいとなる筈だった訳だけれども。
それが昨夜の騒動であっという間に婚約解消になってしまったため、自分の未来像のビジョンが浮かばなくなってしまい、わたくしはもう一度息を吐いた。
王妃として嫁ぐ事が無いということは、ここにいる事になるけれど、侯爵家の跡継ぎとしては、既にマティを養子として引き取って育てて来ている。
マティはお父様の期待以上に跡継ぎとして立派に育った。わたくしが後を継ぐと言う選択肢は無いだろう。
「どこかの後妻か、修道院か、かしら……」
前世を思い出すよりも前から、元々そこまで結婚したいとかなかったので(貴族としての政略結婚の覚悟はあったけれども)、それなら寄付金を多目に納めて、どこかの修道院で過ごすのがいいかしらね……。
侯爵家の資産に手を付けたくはないので、そうなるとわたくしの手持ちの資産に限られるけれども。正直働いたことの無い、小娘の資産だけでは寄付金を多めにと言っても限界はあるから、いくつか質の良い宝石等の装飾品やドレスを売ったりすれば行けるかしらね……。
「何だ、義姉さまは、この後の事について心配していたの? 大丈夫だよ、何の問題もないから」
「え、それどう言う事? まさかもうどこかの後妻への嫁ぎ先が決定しているとか?」
水面下で話が進んでいたのかしら?
「あははは、まさか、違うよ。仮に父様がそんな話を進めていたとしても、僕が止めるし、それにそもそも、父様が義姉さまをどこかの後妻や修道院に出す事なんかしないよ」
「……じゃ、どうするの? どこかの家に侍女として出すとか?」
それなら仕事内容を覚えれば働けるし、家にお金を入れる事も出来るから、そう言う話があるなら、私も前向きに検討したいと思う。
と、思ったのだけれど、マティの眉間にシワがみるみるとよっていく。
「違うよ。侍女として働く義姉さまもきっと素敵とは思うけれど、働きに出なくても解決する方法あるでしょ?」
ニコニコと。
ニコニコと。
顔の前で手を組み、軽く首を傾けながら、嬉しそうに、それはもう楽しそうに。
マティはそう問うてきた。
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