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わたくしの胸と言うより、バラを見ている……のかしら?
そうしてバラを見た殿下は、ニンマリした笑みから一転、物凄い形相でわたくしを睨んできた。
ただそれは一瞬の事で、すぐに男爵令嬢の腰に手を回しながら、他の参加者達の所へ挨拶に行ってしまった。
「受付で貰ったバラが何だって言うのかしら」
まあ、ただ単にわたくしを見て気分が悪くなっただけとも考えられるけれど。
いつもいつも、会えば不機嫌そうに眉を顰めてガアガア騒いでいたものね。
……まあ、うるさいから、前世を思い出す前から、騒がれる時はサイレントの魔法使っていたんだけれど。
そうこうしてる内に、卒業パーティが開始され、皆それぞれ生徒同士で思い出を語り合ったり、先生方へ挨拶をしたりと、卒業をこれから先のそれぞれの進路について喜んだりしていた。
そうして、会場が盛り上がりを大きく迎えている時。
"それ"は始まった。
「皆の者!! この卒業パーティの場を借りて、私は皆に伝えたい事がある!」
広間の階段上から、殿下の声が大きく響き渡った。
ザワザワしていた空気が一瞬にして静かになる。談笑していた声も。楽団の演奏も。それまでの和やかだった会場が、一瞬にして硬い空気になり、皆の視線は殿下へと集中した。
会場内の視線が殿下に向かわれたのを確認すると、満足気に一つ頷いて。
「トルデリーゼ・ルントシュテット!! ここに来られよ!」
殿下はまたもや大きな声で、今度はわたくしを指名してきた。
周りの人達は何事だとザワザワとざわめき出す。それはそうだろう。急にパーティを遮断されたかの様になるかと思えば、殿下が婚約者をエスコートもせずに、目の前に来いなとど言えば、訝しむのは普通の反応だと思う。
相手が殿下なのもあり、卒業パーティと言う祝いの途中で、何事だなとど、突っ込む事も出来ないしね。
「トルデリーゼ・ルントシュテット! 私が呼んでいるのだ!! 早くここへ来ぬか!!」
しびれを切らし切らしたのか、殿下が再度わたくしの名前を呼ぶ。
先程名前を呼んでから、まだそんなに経ってないのに、相変わらず堪え性がない方です事。
近くにいる人達は、わたくしを伺い見てくる。
わたくしとしても、他の参加者の皆様方を困らせるつもりは無いし、ここが決戦の場と言うのも判っているため、一つ大きく(バレないように)深呼吸をすると、毅然とした態度のまま、殿下のいる方へを進み出た。(わたくしに気が付いた人達が、スッと道を空けてくれるから、なんだか花道のようだったわ……)
「トルデリーゼ・ルントシュテットでございます」
階段下の前まで来るとカーテシーをするが、その仕草を遮るかの様に、三度殿下がわたくしの名前を叫んだ。
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【34】
「……」
「どうしたの義姉さま? 急に静かになって」
「あぁ、そうね……今後についてどうしたものかと思って……」
ハァと一つ溜息をついて、チョコを一つ口に入れた。
殿下の婚約者だったから、本来ならわたくしら家を出て王妃として婚姻後は王城住まいとなる筈だった訳だけれども。
それが昨夜の騒動であっという間に婚約解消になってしまったため、自分の未来像のビジョンが浮かばなくなってしまい、わたくしはもう一度息を吐いた。
王妃として嫁ぐ事が無いということは、ここにいる事になるけれど、侯爵家の跡継ぎとしては、既にマティを養子として引き取って育てて来ている。
マティはお父様の期待以上に跡継ぎとして立派に育った。わたくしが後を継ぐと言う選択肢は無いだろう。
「どこかの後妻か、修道院か、かしら……」
前世を思い出すよりも前から、元々そこまで結婚したいとかなかったので(貴族としての政略結婚の覚悟はあったけれども)、それなら寄付金を多目に納めて、どこかの修道院で過ごすのがいいかしらね……。
侯爵家の資産に手を付けたくはないので、そうなるとわたくしの手持ちの資産に限られるけれども。正直働いたことの無い、小娘の資産だけでは寄付金を多めにと言っても限界はあるから、いくつか質の良い宝石等の装飾品やドレスを売ったりすれば行けるかしらね……。
「何だ、義姉さまは、この後の事について心配していたの? 大丈夫だよ、何の問題もないから」
「え、それどう言う事? まさかもうどこかの後妻への嫁ぎ先が決定しているとか?」
水面下で話が進んでいたのかしら?
「あははは、まさか、違うよ。仮に父様がそんな話を進めていたとしても、僕が止めるし、それにそもそも、父様が義姉さまをどこかの後妻や修道院に出す事なんかしないよ」
「……じゃ、どうするの? どこかの家に侍女として出すとか?」
それなら仕事内容を覚えれば働けるし、家にお金を入れる事も出来るから、そう言う話があるなら、私も前向きに検討したいと思う。
と、思ったのだけれど、マティの眉間にシワがみるみるとよっていく。
「違うよ。侍女として働く義姉さまもきっと素敵とは思うけれど、働きに出なくても解決する方法あるでしょ?」
ニコニコと。
ニコニコと。
顔の前で手を組み、軽く首を傾けながら、嬉しそうに、それはもう楽しそうに。 マティはそう問うてきた。
「え……? え、な…にが、ある……かしら……」
本当に分からなくて、マティの笑みに圧を感じて。
わたくしは、軽く冷や汗を流しつつ尋ね返した。
「ふふ、そんな身構えなくてもだいしだよ。だって、ただ僕のお嫁さんになるってだけなんだから」
「っ」
……。
…………。
およめさん?
およめさん、って……なんだったかしら……?
およめさん……お嫁さん?
ああ、お嫁さんか!
なるほど、わたくしがマティの……、……。
「お嫁さん!?」
「うん」
「わたくしが!?」
「そう」
「マティの!?」
「そうだよ」
「だって、わたくしとマティは姉弟で家族じゃないの。家族は結婚出来ないじゃない」
「ははは、義姉さま。家族なのは確かだけど、僕は養子なんだよ」
「あ」
そうだったわ。
マティは侯爵家を継ぐ者として、遠縁の男の子をマティを養子として育てるために我が家に来てもらったんだわ。
頭では分かっていたけれど、姉弟として接してきていたから、もう家族の一員の意識が強かったし。
「義父さまにはね、先に伝えてたんだ。あの殿下と義姉さまがの婚約が解消する様な事があれば、僕が婚姻を結びたいって」
あなた、そんな話いつの間にお父様と進めていたの……。
「義父さまも、殿下と男爵令嬢の噂は当然耳にしていたしね。もしそうなる事があるなら、僕を一旦他の親類の養子にと手続きして、改めて僕が婿入りするって約束してくれてたんだ」
「……」
なんか、思ってた以上に話が水面下で進みすぎてて頭が追いつかないのだけれど……。
わたくしが固まってるのに気が付いたのか、マティが眉を軽く下げ、少し困った様に笑った。
「うん。義姉さまが、僕の事を義弟としか見てない事は分かってる」
「マティ……」
「だから今は、そのままの家族愛でいいよ」
「……いいの?」
「うん」
「だからゆっくり意識して行ってね? 僕も義姉さまが僕の事を意識して貰えるように、これからは行動していくから」
「え、行動?」
「うん」
「もう遠慮せずに義姉さまにアプローチ出来るんだもん! ガンガン行くからね? 覚悟しててね?」
「え、えええ……」
そういうが早いか、立ち上がると、マティはわたくしの頬にキスを落とした。
「!!!」
突然頬にキスをされて、そんな経験ろくすっぽ無かったわたくしは、あっという間に顔から火を吹いた位にまで真っ赤になる。
「ふふ、義姉さま可愛い」
「マティーー!!!」
アハハハと楽しそうに笑うマティとは対象的にわたくしは堪らす声を上げた。
わたくしを意識させるって言ってたけど、予想よりも行動的なそのアプローチに、わたくしは「これ、もしかしなくてもかなり早く捕まるんじゃ……」という予感がただただ脳裏をよぎるのだった。
そうして一年が経つ頃、マティから熱烈なキスと指輪を差し出してのプロポーズをされて。
改めてプロポーズされたわたくしは、もうその頃にはマティを強く意識していたので、頷いて受ける事になるのだけれど。
今は真っ赤になりながら、マティの行動に狼狽えて、マティに楽しそうに笑われるのであった──。
ルート②クリア
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